【6-2】
◇◇◇
そうして一行がやって来たのは。
「……何でファミレス?」
思わず呟きを落としたユウの声に、重なる「ピロピロピロ~」という入店時の電子音。その後に続く「いらっしゃいませ、何名様ですか?」の挨拶。お昼時でそこそこ賑わっているファミレスだった。
禁煙の文字が掲げられた四人席には朝香とユウ、向かいに早乙女と灯という形で着席していた。勿論朝香の足元には明。異様な光景だ。人間二人と幽霊と狐と狛犬である。見た目は二人しかいないものだから、店員に二人席を案内されそうになった……のだが、早乙女が「四人だ」と言い張った事により(店員には終始変な目をされていた)こういう状況に陥っている。軽いカオスに遠い目をしたくなった。
ユウの呟きに、「む」と早乙女がメニュー表から顔を上げた。それはキッズプレートばかりが載ったメニュー表なのだが、わざとだろうか。
「もう一時だぞ。お腹が空いただろうが」
「……そうね……」
にしてもまさかファミレスとは。
まぁ店内は客の声で騒がしいし、霊的なものと会話していても目立つことは無いだろうけれど。
「細波朝香。注文は決まったか?」
「えぇまぁ……早乙女さんは?」
「決まっている。この間違い探しも終わってしまって飽き飽きしていた所だ」
子ども用のメニュー表を真剣に見ていたのはそういう事らしい。全く、変わった人間だ。
しかしやはり、「変わっている」だけの人間でないことはここに来るまでにも何度か感じる事があった。まず、早乙女は明の事を「狛犬」と呼ぶ。犬と呼んで揶揄う質だと思っていたが、彼は決してそう口に出さなかった。まるで明の立場をきちんと弁えているかのような。そして、何もかも先回りした行動を取る。このファミレスに入った時も、真っ先に点字のメニュー表を取って朝香に渡していた。小さい事だけれども、先の苦心を予測しているように思えてならないのだ。
早乙女は適当に注文を済ませると、机に肘をつき、手を組んだ。
「お前はこういう場面でいつも日替わりランチセットだな」
「これといって食べたいものも無いので……それを言ったら早乙女さんは、いつも和食セットでは無いですか?」
「和食しか勝たんからな。こういう洋物レストランにある和食がそれくらいしかないだけだ。全く、その受動的姿勢はいつか痛い目を見るぞ。あ、狛犬。お前はお腹が空いているか?」
「注文した後に言われてもな……いいや、別に空いてねーよ」
「ふむ、その辺は灯と同じか。幽霊は?」
「空いてないわ。食べられもしないし」
幽体は不思議だ。嗅覚はあるのだから美味しそうな匂いは分かるのだけれど、それが食欲に直結しない。
食事情について聞いたことは無いが、明もそんな感じなのだろうか。
「では、話でもしようか。改めて私は早乙女大地。霊能探偵だ」
早乙女は笑みを深める。
(霊能……探偵)
初めて聞いた名前だし、そんな存在も初めて知った。幽霊になってから初めて知るものばかりだ。霊能探偵について、彼は「人間でないものに困らされている人間から依頼が来て、それを祓うつまらん仕事だよ」と説明を添えた。
祓う、とは具体的に何なのか。ユウには分からない。ただ自分の力に、彼が自信を持っているんだろうということは分かった。
そしてそんな自信ありげな早乙女の横で、灯が冷めた温度を加える。
「神社出身で折角強い霊能力があるのに、本人がこんなだから巷では『残念探偵』と呼ばれている男よ」
「ふん、周りが俺に合わないだけだ」
「そして一回りくらい年下の子に突っかかる厄介な三十歳」
「この減らず口の女狐は灯。俺の実家の神社当主に代々使い魔という名目で伝わっている狐でな。もう数千年生きているだろう」
「あら、年齢の話かしら? 残念だけれど私年齢は気にしていなくてよ。それより『見た目は大人、頭脳は子ども』と陰で言われているダイの方が問題だと思うけれど」
「周りが俺に合わないのだと言っている!! 一回祓うぞこの狐!!」
「やってごらんなさいな」
「二人とも、そんなに店の中で騒いだら……」
「お客様、店内での大声はご遠慮ください」
ヒートアップした口論。店員からの注意により、鎮火。
人間に見えているのは早乙女だけだ。変な視線も冷めた視線も全部早乙女に向いている。少しだけ口を尖らせた三十歳が隣の灯を睨み付けた。「はいはいごめんなさい」と軽く言う灯。小学生男子と、それを見守るお姉さんのような構図だった。
店員の一瞬前に注意をしようとした朝香は苦笑いしている。いつもこんな感じなのだろう。
「……で? 結局、朝香と早乙女さんはどう出会ったの?」
「それは……あ、ありがとうございます」
言い掛けて、食事が運ばれてきた。
二人分、纏めて来て、和食と洋食の香りが混ざり合う。早乙女は「二時方向にスープで十時にサラダだ」と軽く言ってのける。さらりと親切をしているという自覚も無さそうなところには、感心してしまう。
きっと当たり前と思っているに違いない。
食事に手を付け始めた二人の側、灯が肩をすくめる。
「朝香くんって、霊的なものが視えるじゃない?」
「はい」
「それでもって優しいから」
「
「朝香が首を突っ込みがちなだけだがな。オレは止めてる」
「もう二人とも、少しは朝香くんの優しさを認めてあげたら良いのではなくて? ダイは食べながら喋らないで」
早乙女の頬には、パンパンに食べ物が詰め込まれていた。欲張りなハムスターが脳内に浮かび上がる。
「で、そう。朝香くん、写真家として訪れる先々にいる『人間でないモノ』の悩みを解決しちゃったりするでしょう?」
「あぁ……」
心当たりはあった。写真と人。人と人でないもの。結び付けて、繋げて、朝香は写真と関係ない所でも新しい視点や世界を見せる事がある。
実際、ユウ自身もそうなのではないかと思うことがある。
「同じ『霊的なもの』を相手とする仕事同士、何かダイは燃えているみたいで。それに、朝香くんとダイじゃ真逆でしょう? 朝香くんは先に救ってしまう、ダイは『手遅れ』になってしまったものを祓ってしまう」
手遅れ。
少しだけ、背筋が冷たくなる言葉だった。手遅れとはどういう状態を指すのだろう。怖くて聞くことは出来なかった。出来なかったが、祓う……「消す」ことしか、もう方法が無い状態のことであることは十分に察せる。どくん、と無いはずの心臓が跳ねた。
この、妙な焦燥の意味が分からずに、ただユウは息を飲む。
向かいにいる灯は、それを察しているのか……一瞬、目を細めた。吊り上がった妖艶な目元が、静かな熱を帯びる。
それから、またニッコリ笑って。
「そんなわけで、ダイは朝香くんをライバル視してるというわけ。ねぇ明さん?」
「出会ったのはほんの二年前くらいだったはずなんだがな。何度絡まれたことか」
明がため息をつく。なるほど、相当絡まれているらしい。
すると、口からししゃもの尾が飛び出したままの早乙女がもごもごと口を動かす。徐々に口の中へ消えていくししゃも。それが完全に消えた後、尋ねてきた。
「そんな事より、俺は貴様の方が気になっているが」
「私?」
「ダイ。貴様は失礼じゃなくて?」
「幽霊。貴様は前回細波朝香に会った時にはいなかったはずだ。何者だ? 地縛霊か?」
「えーと……地縛霊という括りなのかは分からないけれど。朝香と出会ったのはこの春よ。私がここにいるようになったのはつい最近」
早乙女は白米を噛み締めながら、考え込むような素振りを見せる。
「……死んだことは理解している。だがこの世に留まっている。なぜ?」
「それは、分からないわ。生前の記憶が全く無いの」
「……全く無い、ねぇ」
早乙女は、動かしていた手を一瞬止める。妙に、含みのある言い方だ。何かを疑っているのだろうか。聞いただけでは、真意を掴み切れない。
灯も何も言わなかった。
「それで? 貴様は記憶を、戻したいと思っているのか?」
「このままというわけには行かないもの。そうするつもりだけれど」
知らず知らずの内に、声が固さを帯びていく。何を聞き出したいのだろう。
見かねたのか、明が首を持ち上げる。
「……早乙女テメェ、こいつを脅しにでも来たのか?」
「そういうつもりではない。この幽霊がいることは、会うまで本当に知らなかったのだからな」
ふふん、と笑った顔に嘘はない。
ではどうして、と尋ねようとした途端……早乙女は目の前のお椀を持ち上げ、ガーーーッとその中身をかきこんだ。残っていたご飯、全部。
嫌な顔をした灯が隣を睨みつける。
「ちょっとダイ! お行儀が悪くてよ!」
「良いことを思いついた。行くぞお前たち!!」
「あの、まだ食べ終わっていないのですが」
「んなもん後で食え」
「「後でって何(だよ)??」」
明とユウの声が重なる。
早乙女は面倒くさそうに頭をかくと、「急いで食え」とだけ言い放った。いきなり何なのだろう。しかしそんな無茶ぶりにも慣れた様子で、朝香はご飯を食べ進めた(スピードが変わっているかは正直微妙なところである)。
無茶ぶりの当事者はふんぞり返って。
「この後二時半から、仕事の予定が入っていることを忘れていた」
「は?」
「それがどうかしたの?」
「お前らも連れて行ってやる!!」
数秒の間が空いて、「「え!?」」とまた声が揃った。きっと二人が霊的な者でなかったら、店員に怒られていただろう声量で。
灯だけが、やれやれと首を横に振っていた。
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