【5-2】

 探し出す? 首を傾げる。「昔」、「持っていた」、ということは……当然、紛失した、ということになる。今どこにあるかも分からないカメラを、探せということだろうか。

(代行写真家の仕事とは、少しズレているような気もするけれど……)

 最終的な目標は「写真を撮る」、だから良いのだろうか。

 と思うが、足元で明が「そいつぁ難しい話じゃねぇのかじーさん……」と呟いている。

「それは……構いませんが」

「構わねぇのかよ」

 ツッコむのは明。

「確かに、難しい依頼ですね。遂行出来るかどうか、保証の出来ないところです。それでも良いのですか?」

「良いよ。イレギュラーな依頼だ。無理はしなくていいし、期限も無い……夏休みの宿題のようなものだと思ってくれ。やっても、やらなくてもいい」

「おじいさん。夏休みの宿題はやるべきです」

「ははっ、真面目だな朝香は」

 朝香は暫し考え込む素振りを見せて、頷いた。

「分かりました。ゆっくり探してみます」

「うん。……近々私は、膝が悪くてな。もうあちこちは探し回れん。別にただのカメラ一つ、どうということは無いが……もう一度会えたら、嬉しいくらいの気持ちだ」

 頼んだよ、と微笑む。その左手は、膝小僧をさすっていた。



 品番と特徴を教えてもらい、尚且つカメラの見た目の写真を貰った。ユウと朝香と明、三人で写真を囲う。曰く、そのカメラを何故・何処で失くしたのかと問えば、「昔誰かにあげてしまったから」だと言う。

「じーさんもムチャぶりすんなぁ全く」

「誰かに一回あげたのに、もう一回取り戻そうとしてるのかしら」

「よく分かんねーな」

「まぁ……何か事情があることは確かだよね」

 誰にあげたのか? と問えば。

 知らない人にあげたから、分からないのだと言う。

 カメラについての謎は深まるばかりだ。目的の物さえ見つかってしまえば、この依頼はほぼ終わるようなものなのだけれど。

 ユウはカメラに詳しくない。カメラの写真を見たところで、黒い機体、立派なレンズ、シャッターボタン、しぼりのダイヤル……他のカメラとの違いが正直分からなかった。

「誰か、カメラに詳しい人にこの写真を見せて回ったら?」

 提案してみる。が、朝香は「うーん」と困ったように笑った。

「それでも辿り着ける……とは思う。これと同じカメラに。でも難しいのはその後だよね」

「後?」

「見つかったカメラが、『じーさんのだ』ってどう判別すんだって話だよ」

 あ、と声を上げる。

 言われてみれば、そうだ。同じカメラなら幾らでも見つかるだろう。だがおじいさんのものだと決定する基準は何だ? 指紋鑑定するわけにもいかないし。

「古いカメラのようだし、存在する全体の数は少なそう、っていうのが救いだけどね。でもおじいさんから『貰った』人が、カメラを処分していないとも限らない」

「カメラあげたのもう五十年くらい前っつったよな。下の世代がガラクタとして捨ててねーと良いけどよ」

 頭を抱えたくなる。問題が山積みだ。

 すると、ふと写真へと伸びる手があった。病的に思えるほど白く、そして細い。少女の手とも、少年の手とも判別が付かない、子どもの手だった。もちろん朝香の手ではない。

「……えっ!?」

 ユウは思わず叫んでしまった。なぜなら。


 写真を囲む三人に、いつの間にかもう一人混じっていたから。


 それはもう、音もなく、影もなく。

(いつの間に? っていうか、誰?)

 写真館の客だろうか。にしては気配が無さすぎる。写真を手に取り見ていたのは……容姿でも性別に判別の付かない子どもだった。

 白い肌に、正反対の真っ黒で艶のある髪。一房だけ入っている白いメッシュ。そして短くボーイッシュな後ろ髪に対して、長い前髪。右目の方に流して、右目はもはや隠れてしまっている。姿を見せるもう片方の左目は、髪と同色の黒。不思議な透明感を帯びて、じっと写真を見つめていた。……モノクロ写真で切り取られたかのようだ。そう思う。服も白黒だ。黒のタートルネックに、白のズボンを白のサスペンダーで留めている。

 端正な顔立ちは、少年にも少女にも見えた。

 驚いているのはユウだけで、朝香と明は当然のように彼(?)を受け入れていた。

「あぁレン。珍しいね、姿を見せるなんて」

「よー、元気してたか?」

 レン、という名には聞き覚えがある。

『カメラの不調ではないんだ。今日他のお客さんを撮った時はこんなこと無かったし、何よりレンもカメラに異常はないって言ってたから』

 確か……そう。出会って間もない頃、心霊写真がカメラの不調では無いのかと疑ったところ、朝香がそう言ったのだ。

(カメラの中にも「何か」がいるとは聞いていたけれど)

 彼が、そうなのだろうか。

 じっと見つめていると、レンの方からも視線が返ってくる。無表情のまま動かない顔、無機質な……まさにレンズのような瞳にどきりとした。

 やがて、ふわ、と髪を揺らしてレンは俯き、もう一度顔を上げた。黙礼されたのだと気付いて慌てて返す。

「え……っと、初めまして。何かずっと近くにいたのに、変だと思うけれど」

 レンはこくりと頷いた。

 何も言葉を発さない彼の代わりに、朝香が口を開く。

「そういえば、ユウは初めて会うんだったね。この子はレン。僕が『レンズ』からとって簡単にそう呼んでるだけだけど……カメラの、付喪神みたいなものだよ。あまり表に出てこないし、基本喋らない子だけど、仲良くしてあげてね」

「まだわけー奴だからこんな見た目だが、実際は朝香より年上だ」

「えっ」

 となると、ユウよりも年上か。まぁ自分の実年齢は知らないし、年上だからどうというわけでも無いけれど。

 レンは写真を暫く見つめていたが、肩をすくめる。

「お手上げ?」

「みたいだな。実物を見てみないことには、って感じらしい」

 そっか、と朝香は頷く。

「とりあえず……街にでも出てみようか」

 気分転換に、どうせ暇だし、と笑う。何となくだが、後者の理由の方が大きい気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る