【4-4】
◇◇◇
結局、リクエストは夢乃のもの以外の、二十三個が集まった。
うぐいす写真館の中。あれから既に二日が経過し、朝香はリクエストのメモと下調べの紙を机に広げていた。分けられている種類は、前に彼が言ったように、三つ。施設系の場所、その子どもにとって身近な場所、それから自然。
「写真の納期は、いつまで?」
「うーん、いつまでとかは無いけど、子どもたちを待たせたくないから、早ければ早いほど良いかな。現像の作業も含めて、出来れば一週間以内。写真を撮るのは、三、四日くらいが望ましいかも」
「これ一人を、朝香が全て回るのかい? 私も手伝おうか」
横から声が掛かる。うぐいす写真館店主のおじいさんだった。同じ机を囲むように、彼も近くの椅子に座る。膝をさすって、それから。足元にいる明に気付き、何度か頭を撫でた。
朝香は首を横に振る。
「いえ、おじいさんは写真館の仕事があるでしょう。それにこれは、僕の仕事ですから」
ふむ、とおじいさんは頷く。話に興味があるのか、まだ席を立つことはなかった。
「お前の仕事でも、どうせオレぁ手伝うことになるんだけどな」
「それはごめんね」
「怒ってねぇけどよ」
「あとユウも、ごめんね」
「? 何で?」
ユウは首を傾げる。こちらは、朝香の仕事に勝手に着いて行っているだけなのだが。
人差し指を立てて、朝香が笑う。
「今回はユウにも手伝ってもらうから……かな」
「……え?」
一瞬。思考停止。
それは、手伝えるものなら手伝うけれど。
「私が幽霊ってこと忘れてないわよね?」
「忘れてないよ。……アカリ」
朝香は何の問題も無いという風に明を呼んだ。もう一度、首を傾げる。ユウには写真の技術がないどころか、カメラすら持てないのだが。
明は億劫そうに腰を上げる。おじいさんの足の隙間を縫って、朝香の足元まで近寄ると、「あいよ」と小さく口を開けた。傍から見れば、飼い主に餌を強請っている大型犬にしか見えないのだけれど。
「はい」
明にカメラを咥えさせる。
「んぐ」
受け取った明が、それをユウに差し出す。
「…………ん?」
ユウは戸惑うばかりだが、明が「んぐんぐ」と首を小さく上下に振った。早く受け取れ、と言われている。
受け取れないのに……と思いつつ、ユウは指先を伸ばす。
ちょん、と、あっけなくカメラが指先に触れた。
「えっ!?」
「あっちゃんと受け取れバカ!!」
ユウの方が驚いて手を引っ込めてしまった。
口からカメラを離していた明。カメラはかちゃっと音を立てて床に落ちる。高さは無かったので壊れてはいない。
思わず。カメラに触れた右手を、左手で擦る。いや、驚いて当然だ。何せこっちは、この世界に干渉したくても出来ない生活を何か月も送っている。突然銃を持たされた戦闘アニメ好きの子どもの気持ち、とでも言おうか。いくら憧れがあっても、いざ触ることが出来たら怖い。
「本当、ここに来てから驚くことばかりね……ありえないじゃない」
「お前の存在自体も例外じゃねぇけどな」
「まぁまぁ。……アカリは狛犬でしょ?」
「あぁ……」
「何で『忘れてた』みたいな顔してンだよ。噛むぞ」
「神社、っていう、人の世とそうじゃない世の境界で生きていたから、こうして架け橋になれるみたいなんだよね」
簡単に言って、「この世」と「あの世」を繋ぐことが出来る、ということだろうか。
もう一度恐る恐る、カメラに触れる。触ることが、出来る。ゆっくりと胸元まで持ち上げた。生物の温度などない無機質な感触だけれど、確かにこの手に、ある感触。
視線を感じる、と思ったらおじいさんに見られていた。
「カメラ、浮いてるな。そこにいるのか」
楽しそうに体を揺らして笑っている。そうだ。一般人にはカメラが浮いているようにしか見えない。
「騒ぎになってしまわないかしら? あと私、良い写真なんて撮れないわよ」
「僕が基礎を教えるから、大丈夫。あとは自分の感覚に任せて、気持ちを込めれば」
やけに精神論な話だ。けれどまぁ、視覚が無く、撮影をほぼ感覚に任せている朝香が言うと説得力が違う。
ユウが頷くのを確認すると、朝香は小さく手を叩いた。
「というわけで、今回は別行動だよ。リクエストが一番少なくて、人にも見られなさそうな自然の風景写真撮影を、ユウに」
「わ……分かったわ」
緊張した面持ちで了承する。不安しか無い……が、風景の写真なら、前回森に入った際、朝香が撮影している仕草を見ている。
「僕とアカリは、途中まで一緒に行動するけど、その後は別。施設系の場所は、アカリに任せるね。入場料とかは後で出すから」
「はぁ……わーったよ」
明があっさりと頷く。
(その姿でどうやって写真を……?)
そう思わずにはいられない。対して明も朝香も当然のように話を進めていた。何とかなる、のだろうか。
明は視線だけを上に移した。
「お前は? 一人で大丈夫か?」
「杖で行動する。それに、この子もいるから大丈夫だよ」
朝香の手が、机の上にあるカメラを優しく撫でた。そういえば、朝香のカメラには「何か」がいるんだったか。ユウは未だそれを見たことがない。
何はともあれ、話は決まったらしい。
「じゃあ、申し訳ないけど、よろしくね」
ちょうどそう言った瞬間に、写真館のドアベルがカラカラと音を立てた。おじいさんがぎこちない動作で立ち上がり、客を出迎えた。朝香も脇に立って、それを支える。必然的に明も、朝香の行く道を示すために立ち上がる。
どうやら、写真館自体の客のようで、代行には関係が無いようだ。
活気付いた館内をぼーっと見つめながら、カメラに視線を落とす。
(写真か……)
まさか、写真に写らない自分が写真を撮ることになるとは。窓から差す日の光に、白むカメラ。朝香がするように、ユウもカメラをそっと撫でる。
白。
ふと、夢乃という少女の存在を思い出した。
(……あの子は、本当にあれで、終わりで良かったのかしら)
夢乃からのリクエストはない。彼女がああいう姿勢なら、きっと会ってくれることもない。この件で関わることも、無い。白い部屋に白い姿。背後に一色、目に眩しいくらいのアクアマリン。
脳裏に焼き付いた、夢乃のいる景色。写真に収めるように、ユウは一度瞬きをした。
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