第7話 後悔と幻灯写真

【7-1】

 ──むかし、むかし。

 ひとりの、若い村娘がおりました。村娘はたいそう愛らしく、その上やさしく、また働き者で、村のみんなから可愛がられておりました。

 愛を受けて育った村娘は、もっともっと、愛情にあふれた子に育ちました。

 村娘が、当時の成人年齢に達した頃でしたでしょうか。一人のお貴族様が、村へ訪れになったことがありました──……。



◇◇◇



『ある墓を、私の代わりに撮ってこい』


 早乙女さおとめにそんな依頼を受けてから、早一週間が経った。ジィと蝉が不気味な声で鳴き、地面が、空気が、それを反響させて地に立つ人間を取り囲む。「湿気」や「暑さ」といったものを感じない体だとしても、たったのこれだけで、夏の圧迫感を十二分に感じた。延々と鼓膜の奥で鳴り響く、呪いじみた鬱陶しい夏。

「ユウ……大丈夫?」

 そう声を掛けられて、幽霊の少女・ユウはハッと我に返った。

 自分より少し前を歩いていた青年がこちらを振り返っていた。彼と違って、自分は歩いてなどいないのだけれど。

 心配を滲ませた表情をする彼の、お腹の辺りでカメラが揺れた。青年……細波朝香さざなみあさかは、「目が見えない」にも関わらず「霊的なものが視える」という代行写真家だ。ユウは、彼が住んでいる「うぐいす写真館」という場所で彼らに出会い、行動を共にしている。

「大丈夫……ごめんなさい」

「……お前、この前からちょっとおかしいぞ」

 低く呟いたのは、朝香よりさらに前を歩く盲導犬のアカリだ。ゴールデンレトリーバーの姿を取る彼は、ユウと同じように「霊的なもの」であり、その正体は狛犬であるという。

 口調はぶっきらぼうだが、ユウのことを気に掛けているのは伝わってきた。長い茶髪を揺らして、ユウは笑う。顔の右側で結んだ、一房の三つ編みは、彷徨うように揺れた。

「ずっと考え事が頭から離れないみたい。でも大丈夫よ」

「『みたい』ってお前なぁ……だから休んどけっつってるのに」

「一人でいるともっと不安になるのよ。気にしないで」

 明の目がさらに厳しいものになる。「そんな調子でいられても迷惑だ」と言いたげだ。

 分かっているのだけれど。

(……早乙女さんの仕事を見てから、ずっと引っ掛かっているのよね)

 自分の記憶が無いこと。その状態で、この世に存在していること。

 ちゃんと理解していたはずのことが、まるで「問題」であるかのようにユウの前に立ちはだかっている。そんな気が、ずっとしている。いくら悩んだところでユウは何も思い出せないし、どうしようもないのだが。

 一度何か違和感を覚えたと言えば、そう、海を訪れた途端に涙が溢れたことくらいで。

「ユウ、アカリ。……僕は構わないよ」

 柔らかい声が響く。声の主である朝香は、いつもの通りに、優しく微笑んでいた。

「構わないから……ユウもあまり気にしないでね。早乙女さんは、ユウに何もしなかった。だから気にすることないよ」

 その言葉に、胸が詰まる。

 霊能者である早乙女。その気になれば、すぐに霊的なものを祓うことが出来る実力の持ち主。しかし彼は、確かにユウに何もしてはこなかった。力を向ける素振りも、「祓う」ことを滲ませる脅しすらも、何も。だから意図があってあの仕事を見せたのだとしても、「消えろ」と言っているわけではないのだと思う。

 ……ただ……まだ。それだけでは、「ここにいていい」という理由にはならない気もする。


 ここにいていいのか? そんな事は聞けないし、誰にも言ってはもらえない。


 巡り混ざる思考を全て飲み込んで、ユウはゆっくりと微笑んだ。

「……えぇ、ありがとう」

「うん。まぁ、早乙女さんが考えていることは僕にもよく分からないから」

 少しトーンを上げて、前を向く。ユウもその隣に並んだ。

 行く道は、車道も歩道も狭い一本道だった。三人は、早乙女から指定されている「墓」に向かっている。墓に向かうにつれ、段々と人も車も少なくなっていった。

 この先へ足を踏み入れる人数を限り、厳しく監視しているかのようだった。

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