呪い

@harusuisei

第1話

 僕は呪いをかけられた。一七才の時に。そして、今は一五歳、高校生をやっている。


 僕は顔がよかった。これは自分が思う自分ではなく、他人が思う、客観的評価による自分だった。そして、性格は普通。

 中学校には三〇〇人程度居た。僕の一般的な性格と比較的良い方の顔を持つ僕は、基本的に彼女に関して困ったことは無かった。一応、リア充の代表例として、男子の中で名前が挙がるとしたら基本的に僕の名前が挙がるくらいには知られていたし、付き合った人数も多かった。人数だけは。僕から告白したことは無い。恋愛経験値はゼロと言っても過言ではない。モブ的性格と主人公的な顔立ちを持つ僕は、あくまで置物としての価値があったから、受けが良かったのだ。そして僕は、誰に言われても基本的に断るということができない性格でもあった。

 そんなことを思っていた、一七歳のころ。特に面白くもない人生を歩んでいた僕は呪いをかけられた。正確に言うと、呪いにしか見えない何か、ではあるが、まあ近い物ではあると思う。自分が長所だと思った自分の何かが奪われたうえで、また中学生からやり直させられるのだ。多感な時期に。義務教育最後の教育機関の時に。

 

 冷たい空気が肌を切り刻んでいく。身を守るために、手袋をしながらポケットに手を突っ込んだ。

「はぁ」

 当然ながら、人生三週目だと、学校で得られるものはほとんどないといっていい。一週目ですらつらかった授業と言う物が、ここまでくると、拷問でしかない。

それにこれからどうしようか。自分のいい点を見つけないで生きるというのは予想以上にきつい。自分を好きでいられない。自分が嫌いでしかなくなってしまう。いや、嫌っていなくてはいけない。

間違いでも自分の何かを誇ってしまえば、もう一度この退屈な中学・高校生活を過ごさねばならず、永遠に大学に行けない、就職できない。ただ、ずうっと、宙ぶらりんなこの生活を続けなくてはならない。前までは漫然と過ごしていたが、ここまでくると、早く明日が、未来が来て欲しいと、思うようになっていた。

そんな憂鬱さを抱え込んでいると、腹に詰まっていた空気を吐き出してしまったのだ。

「どうしたの?辛いことでもあった?」

 現・彼女は生気で満ちた髪の毛を膨らませて振り向いた。

「いや、なんでもないよ」

 この現状を僕は説明できるとは思えない。こんな風に聞かれることは彼女が変わるたびに起こった。そして、それが原因で何度も別れた。もし、この話を聞いたうえで、僕の良い点を挙げられてしまう瞬間のことを考えると、この心の中をかけらでも漏らすわけにはいかなかった。

「でもー、何か悩みを抱えていそうだよ。」

 そこからは人格が少々変化なさった。

「私は楽しみに来てるの、ここに。日常の辛さを持ち込んでほしくないわけよ。もしずっとそのつまんなそうな顔してたら、わかるよね?さあ、話そうか」

 ニッコニコの顔で発せられる脅し文句は、控えめに言って怖かった。控えめに言わなければ、相当に怖かった。犯罪行為並みの事をしてきそうな闇の深い笑み。

「こわい、こわい。わかったから。話すよ」

「それでよろしい。じゃあ、そこ入って」

 指で示されたのはすぐそこの喫茶店。

 入ったら、入り口近くの適当な席に座った。

「飲み物買ってくるわ。何欲しいの?」

「お茶でいいよ」

 任せた、と言おうとしたところで、彼女が僕の、机の上に置いてある鞄をまさぐりだした。

「ちょ、ちょっと、なにやってんの?」

 ごそごそした結果取り出したのは、僕の財布。

「みてわからない?あなたの財布をとったの。はっ、もしかして、かわいい彼女におごらせる気だった?」

「そんなんじゃないわ!ただ、自分の財布を他人に持たれると何されるか……。割り勘じゃだめ?」

「……。何もしないわよ。ちょっと、あの豪華なパフェを買おうと思っただけよよ」

 その指さされた先のパネルを見ると、2から始まる四ケタの数字。高っ。提案は無視された。

「自分のは自分で買おうよ。最低でも二人で代金は半額ずつ払おうよ」

「いやよ、あれ食べたいけど、自分のお金をあそこまで使いたくないの」

 こちとら同じだっつーの。

 結果的に、僕も付いて行かざるをえなかった。まあ、付いて行くつもりではあったが、何を買うか常に意識する必要が出てきた。

 僕がお茶を自販機で買った後、パフェを僕との割り勘で買った彼女さんは、席に着くや否や、猛烈な勢いで食べ始めた。

 僕も、割り勘で支払った分を得ようとして、負けじと、スプーンでパフェの城に攻め込む。

 それなりにでかかったのに、ものの数分で完食した。


 たらふく食べた僕たちはというより、主に彼女が、悟りを開いたかのような落ち着き具合で、ゆったりと歩いていた。

 どうやら、僕の話を聞くという事は忘れてくれたらしい、という希望的観測はしかし、次の一瞬で打ち砕かれた。

「さて、と。さあ、話しなさい、悩みを、辛みを。ああー、彼女様~と崇めてもらって構わないわ」

 最後はどう考えても余計な一言だったと思うが。さて、どうごまかせばいいんだ。

「いや、本当にないんだって。日々の忙しさにいじめられていた感じ?だけだから」

 残っていた明るさパワーを全開放し、頑張ってごまかそうとする。しかし、ごまかしである。

「なるほど。つまり、私は悩みを相談できるほど信用できないと?こんな暗い顔してデートに来ている人間が、日々の疲れしかないなんておかしい筈じゃなくて?」

 一理あるかもしれない。

「相談するほどじゃないんだよ。これは信じて欲しい」

 首を振られた。

「信じられるわけないじゃない。それに、そんなこと言ってると、死期が近くなるかもしれないわよ」

 逃げることはできそうもない。そして、相談するまで帰らせてもらえないようだ。

 もう、反抗する気力は残ってなかった。心が弱くなってきているのかもしれない。何人もの人に隠し事を何が何でもし続けることは精神的につらい。それをここまで続けてきたのだが。

 ここが限界か。この瞬間を乗り切れる気がしない。

 最終的に僕は。

 全部話した。

 この呪いのことに関しては全部と言っていい。

そして、頼んだ。

頼むから慰めないでくれ。僕は慰めれれることでよい点を見つけてしまえばそれは僕のためにならないのだから。僕のことを思うのなら、頼むから、慰めないでくれ、と。

だが、感受性の高かった彼女は眉間を押さえるようにして、右手で顔を隠した。

「君には、優しさがあるじゃない!」

 幾分か経ったら、涙を流していたことを声に反映させずに話のブレードで切り込んできた。

 そうか、こうなると今度失うのは優しさなのか?まったくもって、そんな長所があるとは考えたことがなかった。

「僕は、頼むから慰めないでくれ、と言ったはず。それは僕のためにならないから」

「ごめんなさい。ただ、あなたにはあなたの良さを知って欲しかったの。私が惹かれた、あなたという存在を。それにあなたはいずれ感謝するかもしれないわよ」

 なぜ。どうして。

「なぜ?」

「今なら、あなたは数年戻るだけで済んでるのよ。あと数年後だと経なくてはならない年月が増えていくだけよ」

 芯を持った力強さを秘めた声だった。なるほどね。だが。

「だが、それを取り除いてしまえば君に僕は必要ないだろ」

「確かにそうかもしれない。ううん、きっとそう。でもね、その優しさが、今の私には確かに必要なもので、他の何物にも、何者にも、耐え難いの。少なくともここ最近の私には。いつかその優しさが私にとって辛くなるかもしれない。でも、それは今じゃない。そして、今、私がその優しさに救われているのだから、その優しさは、他の誰かを救えるはずなの。世界の誰か、もしかしたらすぐ近くの人が、あなたを必ず必要とするわ」

目の端に輝きをともしながら首を振っている弱々し気な彼女は、僕が必要であると、そう言ったのだ。そして、ロマンティストではなく、今の己を記述して。

「ありがとう。」

外見ではなく、中身がよいと言ってくれたことに、僕は嬉しかったのだ。そして、現実の延長的説明、理論による説明は僕にとってうれしいことだった。少なくとも、報われにくそうなロマンティシズムよりは。

 そこまで考えて、自分が横文字を使っていることに気が付いた。

ああ、今、自分は高揚している。

『心の変化を確認。直ちに修正作業に移ります。』

自分の足元には、毎度同じく、の魔法陣が赤く光りだした。彼女は目を見張った。

少し体が浮きあがたとき、彼女は一歩を前に進め、僕の浮き上がりつつある手を掴んだ。

 目の周囲を輝かせながら、鬼気迫る表情で僕をこの場に、地面に留めようとしてくれる。

 僕は踏ん張る気力をもう、前回で消失していた。対処方法が分からなかった。どうすれば発動しないようにすればいいか分からなかった。

 僕の体の周囲に明るい光が飛び始めた。そろそろ元に戻ってしまうらしい。

「ありがとう、嬉しかった」

 最後の気力を振り絞った笑顔を作った。感謝を伝えるにはこれしかないと思ったから。

「待って、なんで……」

 彼女の目の堤防はすでに決壊したらしい。それでも強く握りしめている手の力は抜けなかった。

「ごめん」

 僕はなにも伝えられなかった、このことに関して。本当に、ごm


 見知った天井があった。俺のよく知った天井だった。携帯電話を見る。日付は、今日が十三歳の誕生日の翌日であることを示していた。

キーン、という音が聞こえると同時に、なにかの視界が頭の中に流れ込んできた。俺の知り合いにすごく友好的に接している。弱々しいと思えるくらいに。何かを恐れるように。

 鏡をのぞくシーンがやってきた。やっとどんな奴の目かわかる。

その時、ベッドに横たわっている俺は目を力強く開いた。

これは俺じゃないか。間違えようのないこの顔は。

だが、俺はこんな性格じゃない。こんな弱々しく、吹けば飛びそうなやつじゃない。

 それは多分間違いじゃない。

 じゃあ、

 このひ弱そうな、俺に似たやつは、誰だ。

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