「寄り添い疾病のヤミー」

低迷アクション

第1話



 「ここもやられているな」


アストラウナ大陸軍団長である“サーシャム・ストゥ”は首に巻いた布を口元まで上げ、

装具から油断なく剣を抜き、後ろに続く部下達に警戒を示す。


長きに渡る“病の世紀”は未だ終息を見せておらず、現在も大陸全体を蝕んでいる。町全体を城壁で囲み、他所からの旅行者や通行人を拒絶した王都は、種々様々な疫病の苦難を免れていた。


だが、周辺の村や民達は孤立や物資の欠乏と、未だ苦しみ、疫病の脅威に晒されている。

サーシャム率いる“防疫騎士団(ぼうえききしだん)”は、疫病への警戒と蔓延が起きた

場合の早期終息のために行動していた。


「伝令鳥の足についた文によれば、村で病にかかっていない者は、中央にある集会所に

集まっているとの事でしたが…」


部下の1人が、騎士団が入口に立っているにも関わらず、何の反応もない集会所を見上げ、

報告する。


「団長、もう、手遅れですよ。村に入ってから、ここに来るまで、誰も外に出てきていません。皆、死んじまってます」


「そうだな。しかし、確認は重要だ。誰かいるか!」


サーシャムの上げた声に反応はない。もっとも、寝たきりで声を出せない者も

いる可能性があった。部下達の視線が決断を求めている。このまま帰るか?それとも…


団長である彼女が出した決断は…


「私が入ってみよう」


「しかし…」


サーシャムの声に全員が驚く。どんな疫病であれ、かかってしまえば、お終いだ。

現在の魔術、医学の分野で、出来る事は事前予防、煮沸消毒や、疫病憑き(感染者)の

隔離…


後は魔法使いや錬金術師が煎じた怪しい薬を飲む。王都では大流行だ。最も、飲んだ何人かは、未だにヒドイ後遺症に悩まされている。


そもそもどうやって病気がうつるか、わからない。わかっている事は疫病憑きに近づかない事…これだけだ。


サーシャム達が武装しているのは、誰かを助けるためではない。逃亡しようとする感染者は弓で打ち、剣は病に侵された家族とそうでない家族を引き離すためだ。


(でも、もうウンザリだ)


これまで何人を“予防”と称して殺してきただろう。騎士の剣は王国に住まう、全ての民を

守るため…しかし、その剣は、今や、自身の安寧を保たんとする王都と言う上級の者達の

ため、他を排斥するために使われている。敵と戦う刃を味方に向けるなど、言語道断、騎士の名折れ…


「皆はここで待て…」


短く伝え、動揺する部下達を外に残し、腐臭と黴臭さが跋扈する集会所の中に足を進める。

円形上の建物内部は、その空気だけで、最早、手遅れと言う事がわかった。


中心を空け、その周りに並べた布団には、死人の肌をした人々が寝かされている。既に

手遅れだった事を嘆きつつ、それでも尚、希望を見つけようと、サーシャムは集会所の中を

進む。


やがて、建物全体を周り、誰1人生きている者がいない事を確認したサーシャムは、

深い、とても深いため息をつく。


(全滅か…一体、いつまで、病の時代が続くのだ?我々に出来る事は何もないのか?)


自答する彼女の横で、不意に死体から何かが立ちあがる。生き返った?確かに死亡を確認した筈…いや、わからない。自分は、人々は病に対し、あまりに無知だ。


「大丈夫か?私は防疫騎士の…」


上げかけた声は、一気に警戒へと代わる。目の前に立つ半裸の少女の体には黒い紐のような

紋様がいくつも走っている。


これは…


「黒斑(くろまだら)病…君、落ち着いて。私は…」


自身の身分を紹介する前に、少女が飛びかかってくる。赤い目を爛々と光らせて…

知識はなくともわかる。これは自分の身が危ない事案だ。


躊躇いはなかった。抜いた剣で、彼女の胴を手早く一閃する。


綺麗に分離した2つの胴がサーシャムの前で塵になり、舞う。思わず後方に飛び退り、

安全を確保した。


「一体、これは?こんな症例は見た事が…っ!?…」


黒い塵が、まるで意思を持ったかのように、空中を蛇のような細い塊となって、サーシャムに向かってくる。


逃げる事は出来なかった。自身の近くまで来たそれは、一気に爆散し、彼女の全身を包む。


「くそっ…」


体を走る、戦慄と急激な寒気、そして…


「はあーい、取り憑き完了~♪今日からよろしくね~」


上げた罵声に小気味よい声がゆっくりと被さった…



 「つまり、お主はバモゥの村で、病をうつされ、ここまで帰って来たと…?えっ、何故…」


“帰ってきたの?”という言葉をどうにか口まで抑えたらしい、王国軍大将が目を剥いたまま、サーシャムを見つめる。


「ハイ、閣下。恐らく黒斑病、それも、伝承でのみしか、語られてない魔物

“病精(びょうせい)”の仕業と思われます」


大声の言葉終わりと同時に装衣を捲り、腕に走った紋様を見せる。遠巻きにサーシャムを囲んでいた兵士達が更に距離を上げ、ざわめく。大将に至っては、最初から兵隊達より、更に

遠く、遥か彼方という場所から話している始末…


疫病憑きになって初めてわかった。これが人の仕打ちだ。誰もがうつりたくないから、こうして、疾病持ちから、距離を置く。例外はない。例え、大臣だろうが王様だろうが、いや、

王様はちょっとわからないけど…


そして、信頼していた部下達の顔は口ほどにモノを言っている。


“馬鹿な奴だ”


“余計な事をした報い”


“俺、さっきまで、団長の傍を歩いていたな。大丈夫かな…”


“団長さえ、いなければ…いなければ…”


哀れみから一転、不穏な気配まで漂ってきている。


一刻も早い、ここからの退陣が必要なようだ。まだ無症状とは言え、生きて歩く事の出来る

疫病憑きに待っているのは、隔離か火あぶり…


碌な結果が待っていない。


集会所の中で話したあの声が、部下達に聞こえるか、コ・イ・ツの姿が皆に見えれば、少しは状況が違うのだが…


「無理、無理~かかってない人には見えませ~ん。サーシャンだけデース、私の声、姿見えるのは~」


能天気な声と肩越しから覗く、病精の“ヤミー(聞いてもいないのに、自分から名乗った)”


赤い目を楽しそうに瞬かせる。正直、どこまでが本当かはわからないが、

パニックになりながらも、どうにか王都まで戻る事が出来た道中、サーシャムの肩越しで語るヤミーに言わせると…


この世には“病使(びょうし)”と呼ばれる存在があり、流行り病の原因である。

そのほとんどが、人に取り憑き、蝕み、死を招くだけの存在だが、


稀に、ある特定の条件を満たしたヤミーのようなモノ“病精”が現れると言う。


彼等、彼女達は宿主となる人間と対話し、より上手に宿主と共生していく事を得意としている。


(できるだけ、自身のために、宿主を長く生きさせる事が病使の目的だが、通常は、会話や互いのコミュニケーションを取る事が出来ず、宿主の早期の死亡に繋がってしまうとの事だ)


問題なのは…


「その、これだけ会話が出来るって事は、取り憑く事も、離れる事も出来るって事か?」


「ハ~イ、それぐらいはラクーに~先程は頑張ってくれた宿主さんの寿命がとうにつきてしまって困っていました。何故かって~?


私達は、死んだ宿主から出て、しばらく外を漂い、次の相手を探せば、問題ないですけど、私のような特異体質、変異体は、長時間、人の体に入ってないと、今のように貴方との会話とか、色んな能力を失ってしまいます~。だから、ホントにグッドタイミング!

良い所に来てくれました~」


サーシャムの問いに、楽しそうに答えるヤミー、ここは隠し事とか、順序無し、お世辞無しで一気に…


「じゃぁ、私から離れる事も出来る訳だな?そ、それなら誰か他の宿主に移るとか…

ひゃうっ…」


不意に走った下腹部の痛痒さに膝をつく。行軍中の兵士達は、慌てたように、

サーシャムから充分に距離を取り、全員が遠巻きな心配を声に出して、伝えてくる。


それを片手で制するサーシャムの前に、ヤミーが立ち、冷たい目でこちらを見下す。


「いけませんね、騎士さんが他人を犠牲にしようとするなんて(確かに筋が通っている)

てゆーかぁ、どうして、そーゆう悲しい事言うんですかぁ~?せっかくこうしてお近づきになれたのに~?サーシャン(ヤミーが勝手に決めた呼び名)のような騎士さんくらいじゃないと、

病精の負荷に耐えて、移動する事は出来ないんですよ~?」


「移動?」


「ええっ、私が貴方に取り憑いたのはぁ~、連れてってほしい所が

あるんですぅ~。そうですね。私の願いを叶えてくれたら、貴方から離れて、解放してあげますよ~、でも、今みたいに、少しでも反抗したりするとー」


下腹部に加え、今度は肩や足にまで痺れが走る。思わずヤミーを見上げ、

懇願の表情を向けてしまう。


「お仕置きですよ?」


彼女の幼さに混じる一筋の残忍さが見え隠れする。それで全てが決まった。すぐにでも、

旅に出たがるヤミーをどうにか抑え、王都まで報告に上がったのは。家族や知人にしばしの

別れを告げるためだ…


しかし…


「ようくわかった。サーシャム、大儀であった…おい、衛兵っ!」


大将が深々と頷いた後、後方に控える兵士に合図する。進み出た兵士が、こちらに目配せし、

麻袋を1つ、サーシャムの眼前に放った。


「‥‥‥閣下、これは?」


「金貨200枚(アストラウナ大陸では、およそ3年は遊んで暮らせる金額)を用意した。

これで、今までの労をねぎらうといい。王も民もお前の功には、皆感謝しておる」


「あ、あの閣下…旅に出る準備とか色々、まずは家に…」


「ならぬ。お主も知っておろう。黒斑病の者は例え、何者であろうと、城内に入れる事は

まかり通らぬ。お主の苦労もわかる。だが、これは決まっている事だ」


「それは、追放と言う事ですか?」


「追放ではない。長い休暇と思えばいい。その体の紋様が消えれば、いつだって我等はお主を迎える。だから、今はその金を用い、静養に努めよ」


「・・・・・・」


「気持ちはわかるサーシャム、だが、こらえろ。障りを受けるのはお前だけではない。

お前の部下達も、ここ、ひと月は王都には入れん。


今は病の時代、仕方がない事だ。さぁ、行け。騎士の者よ。お主の道は、自身でのみ、

開かれる」


大将の言葉と同時に、部下や衛兵達が槍を掲げ、送り出しの列を作る。勿論、サーシャムから充分に距離をとってだ。


(こうなる事は防疫の長になってから覚悟はしていた。だが、いざとなると辛いものだな)


王都をゆっくりと離れるサーシャムの横に現れたヤミーが訳知り顔で囁く。


「まぁ、人なんてこんなモンですよ。最後は自分の命が大事っすからね。気にしない、

気にしない!楽しい旅の始まり、始まり~♪」


それは本気で言ってるのか?と問いたい気持ちをどうにか抑え(お仕置きがコワい)

サーシャムは黙って歩を進める。


「あれ、どうしました?元気ないない~!よーし、サーシャン、手ぇ出して、手!

早く出しなよ?(慌てて出す)ハイ、お手手、両手で包んで、お近づき~」


ヤミーの冷たい両手がサーシャムの手を包んで優しく揉みしだく。励ましてくれている

らしい。どう見ても、原因は彼女にあるが…目の前の病精に気づかれぬよう、サーシャムは、そっとため息をついた…



 「馬鹿な事をしてますね~、あの人達…」


訳知り顔で呟くヤミーにサーシャムも視線を動かす。


ひと月が経った。サーシャムとヤミーの旅は、彼女の言う目的地(王都より、だいぶ離れている)を目指し、いくつもの町や村を通過していた。体の紋様を隠すため、風よけ用の布を纏い、宿に泊まる事は出来ないので、夜は建物の陰か、野宿をする生活…


金貨のおかげで食べ物や必要物資には事欠かないが、大陸全体が疫病の脅威に晒されているため、どの町でも、外を歩く人は少ない。ゆるやかに進みつつある終焉と、ヤミーの病精の影響で、絶えず肩が凝ったり、頭痛がすると言った、半病人の状態の行程は気分が晴れない。


文字通りの暗い旅となっている。


今、ヤミーが言ったのは“クル病患者”蔓延を防ぐための予防策だろう。元は食堂だった

と思われる建物に、厳重な鉄格子が嵌められ、中には、子供達が悲しそうな表情で、何人も

収容されている


「仕方がない。あれは、子供が運ぶとされる熱病だ。疫病憑きがいなくなるまで、

ああやって、親元から離し、隔離するしかない」


「防疫騎士の団長さんでも、その解釈ですかぁ~?あれは、クル病の病使達が闊歩する

場所がちょうど、子供の背丈くらいという事で、子供達が病の運び屋になる可能性が

高いと言うだけです」


「ならば、子供達を収容する事は無意味と?」


「もう、熱病にかかっている者が出ているなら、関係ありません。病使達は、憑いてる人の傍で、お世話する人達にうつっていきますから。


後はその疫病憑きの方の部屋を清める事が大事です。そうですね。お酒です。純度の高い酒で部屋を清め、疫病憑きの方が着た衣類等は他の人と分けて洗濯して下さい。


この町の人達は共同洗濯場、同じ川で洗っていますね。恐らくアレが病を広げています。

もう一度言いますが、子供達は関係ありません。早く、解放し、親元に返してあげましょう」


最後の子供達の部分を強く強調するヤミーは、町の人々を、自分に説得しろと言う要求だろう。旅が長引けば、それだけ自分の負担が長引くが、元は防疫騎士の身…的確な解決策が

あるなら、惜しみなく、それを使うべきだろう。


少し考えたサーシャムはヤミーを見つめ、ある提案をする。自身の言葉に彼女は、白い歯を見せた…



 「この腕に走っている紋様は黒斑の跡だ。御覧の通り、薄くなっているし、私は歩く事が出来ている。つまり、完治したと言う事だ。疫病憑きは自身の体で経験している。だから、

聞いてくれ」


町の統制官達に引き出された

(守備隊の兵士達とひと悶着はあったが、サーシャムの剣の敵ではない)


サーシャムは肩越しに喋るヤミーの言葉をそのまま伝える。すぐに蔓延の流行が収まる訳ではなく、時間と予防の徹底が必要だと言う事を言うのも忘れない。


伸びきった髭をいじる老統制官が、しばらくの沈黙の後、細い目を開け、言葉を発した。


「確かに、熱が下がり、助かった者がいる中で、身内に同じ症例の疫病憑きが出ているのも事実…子供等を閉じ込めたにも関わらず…わかりました。旅の御方、王都から、何の支援もない私達にとっては、藁にも縋る思い…


貴方の言った事をやってみましょう。そして、出来ましたら、事態が収拾するまで、ワシ等の町に留まり、指導、監督される事をお願いしたい」


老統制官の提案に依存はなかった。早速、対策室に案内されたサーシャムは、役人や兵士、薬売りか魔術師のような、装いの者もいる。それら全員に、自分の経験とヤミーの考えを取り入れた指示を出していく。


「サーシャン、すいません、そろそろ…」


サーシャムより若干離れた所を浮遊するヤミーが、自身の体に戻りたがっている。長い時間の分離は自身の存在が消えてしまうと言う説明だった。こちらとしてはありがたいが、


それによって、只の病使、意思の無い存在になり、病を蔓延されても困る。


取り急ぎの用件を全て伝え、部屋を後にする。路地に出た直後に、抱きつくようにヤミーが

体に合わさり、と同時に凄まじいまでの倦怠感と嘔吐が自身を襲う。


「やはり、慣れないな、この感覚は…」


「慣れてください~!マスター(宿主)」


全身に、あまり見たくない、紋様が広がっていく。布を被り直す彼女に、ヤミーとは違う

間延びした声がかかった。


「あれ~、もしかして、それ病精飼ってる?きみぃ~??」…



 「アタシは薬売りの“モンジュ”よろしくねぇ~」


サーシャムよりはだいぶ、幼い見てくれではあるが、眠そうな目に時々交じる鋭い視線は、ヤミーの存在をいち早く察知しただけの事はある。


「病精の姿が見えるのか?」


「いえいえ~、ただ、薬売りの手前、知識はねぇ~、それに落ち着きのない感じがしたので、何かあるのかな~と思っただけ~、そもそも黒斑病が完治した人なんて、聞いた事ないし~?」


モンジュの柔らかな物腰だが、的を得た指摘に、隠す事はないと判断した。

ヤミーも依存は無いと言う顔なので、全てを明かす。


「成程~、それは面白い。あ、良かったら、これ飲みます?お試しに~」


自身の説明を聞き終えた彼女が懐から、丸薬のようなモノを出す。口にして、すぐに苦い味が咥内に広がったが、我慢して飲み下す。


「一体、これは?」


「私達、薬売りの煎じるモノは~?病の完治には、まだ程遠いけど、痛みや倦怠感を和らげる事は出来る~?結構、速攻性あるけど、どう~?」


確かにヤミーが肩に乗っかっていると言う状態だが、頭痛と関節の痛みが消えた。そして、キョトンとした病精の顔から察するに、彼女に対しても、影響は出ないようだ。


「これは助かる。いくらだ。まとめて買おう」


恐らく長く続く事が予想される旅には、もってこいの常備薬だろう。サーシャムの言葉に

モンジュの眠そうな目が一気に開かれた。不味い、これは…


「“お買い上げ!ありが”と言いたい所ですが、残念、これは、精製に時間をかけるものでして、大量生産の蓄えは生憎、ないんですよ~?ただ、材料は全部持ってますので、


旅の道中でお作りする事は出来ますよ~、あっ、どうでしょう?一回の服用につき、金貨

1枚~いやぁ~、こんなご時世、完治出来ない気休めの薬屋じゃぁ、あんまり儲からないので~」


こうして、旅の道連れが1人増えた…



 「今夜は、火を絶やさない方がいい。嫌な感じの谷だ」


クル病の蔓延防止を見届け、充分な感謝と、もてなしを受けたサーシャムの一行は

旅を続けている。今宵は、周りに明かりの見えない深い谷…人気はないが、散らばった骨や

衣類が危険を警告している。


「サーシャン(ヤミーからサーシャム本人を介し、この呼び名を覚えた)がいれば、問題ないでしょ?早くご飯にしましょ…」


能天気に鍋を荷物から引っ張り出すモンジュに鋭い投擲音と共に、何かが落ちる。安否を

気遣うサーシャムは、鍋をちゃっかり被り、明らか人工物である投擲石を防いだモンジュを

確認し、剣を抜く。


「誰だ?出てこい!」


返事の代わりに、谷のあちこちに空いた穴から、石が落とされる。中には、自身の頭くらいの大きさのモノもあり、投擲者が殺意を持っている事は間違いない。


「サーシャン、サーシャン!」


「どうした?ヤミー」


「ここの谷に広がる同族の匂い、それとチラホラ、小動物の骨、間違いない。

こう言って下さい」


耳元に冷たい息と小さな声が響く。委細承知とばかりに頷き、声を張り上げた。加えて、

前回の町でのヤミーと行った連携の指示を忘れない。


「我等に石を投げる者達よ。聞け!この谷に蔓延る黒斑病、私は治ったぞ?モンジュ、

火を!よく見ろ!この腕に残る跡を!戦う必要はない。長の者と話をさせろ」


モンジュが演出する火の照明効果に投擲が止む。緊張感漂う静寂の中…


槍を構え、獣の皮に身を包んだ一団が現れる。


「今の、その方の話、本当か?確かに、貴殿の腕に走るは確かに黒死病跡(ここでは、そう呼ばれているようだ)それが治ったのか?」


「そうだ。もう、病魔に侵されている者には、充分な栄養と清潔な環境を用意しろ。後は

本人の体次第だ。


そして、さらなる蔓延を防ぐため、病に侵された者の衣服、住居は酒で清め、

病を運ぶネズミは見つけ次第駆除し、その死体を全て焼け。


それが、この悪魔の病を追い払う術だ」


サーシャムの言葉に長と思われる男が顔を曇らす。


「難しい話だ。ワシ等にそれだけの酒や衣類を用意する金など…旅の者は知らないだろうが、ワシ等は、現在の王制に負け、都落ちした落人の身…周りを見てもわかるように、

この谷を通る者を殺め、金品や食料を奪ってきた。殺した者達の遺骸は、埋葬もせず、

晒しにしてな。その非道な行為が罰を受けたのだと考えておる」


それが、病使を温床させたのだろう。しかし…


「ならば、それで…そのままでいいのか?」


「何っ?」


「お前達の行った事を許すとは言ってない。ただ、それに巻き込まれた、家族の事を

考えろ!今は、建前や生き方を論じている場合ではない。


あらゆる力や能力、資源を駆使し、この病に勝つ術をとるべきだろう」


「そうですよ~、それに貴方達が着ている獣の皮

“ドルオークス(大型の牛に似た草食動物)”でしょ?寒季用衣類の原料として、


かなりの高額で取引されてます。流通と交渉はお任せを~私は少しの仲介料で満足ですので~」


サーシャムの説得と言うより、モンジュの提案に長達の顔に初めて、安堵が広がる。

自分達の会話を聞いていたのだろう。谷のあちこちから、声が上がり、やがて、それは

巨大な歓喜の咆哮へと変わっていく。


「スマンな、ヤミー、彼等との戦いを避けるとは言え、お前の同胞、黒斑の病使達を

始末する手助けをしてしまって…」


黒斑病に対する説明以降、ずっと黙っていたヤミーを気遣ったつもりだった。


「別に、あんなの…仲間とかじゃないですよ」


少し拗ねた口調で答えるヤミーの姿が、サーシャムには何故か気になった…



「あれが、目的の地か?」


サーシャムの問いに肩越しのヤミーがコクンと頷く。


谷の黒斑病での蔓延を止め、長い旅の果てに

(ここに至るまで、いくつもの町や村で病の防止を行ってきたが、それはまた別の話で…)


一行が辿り着いたのは、アストラウナ大陸最北端の地…荒涼とした土地に少数の集落が

点々と存在している。


「ん~?確かここは…黒斑病の最初の発祥地…?」


モンジュの呟きにサーシャムが応答する前に、ヤミーが肩をつつく。心なしか表情が硬い。


「とにかく行こう。ヤミー、あの、一番手前の村でいいんだな?」


「ハイ…」


乾き切った大地を進み、指定された村の入口に辿り着く。ヤミーがゆっくりと口を開く。


「モンジュの言う通り、この土地は初めに黒斑病が発生した大地です」


村内の建物からは料理用の煙が出ている。人が住んでいる証拠だ。だが、誰も外に出てこない。


「荒れた土地です。他所からの旅人も滅多に訪れない…そんな村で蔓延した疫病…

村人達は原始的な方法で、これから見を守ろうとした」


彼女の言葉に、おおよその察しがついてきた。彼女が自身の事を特定の条件、変異体と言ったのは…


「私が人柱として、埋められたのは6つの時でした。それで、彼等は病が終わると思ったのでしょう」


ヤミーが元は人間だったからだ。


「旅の目的は復讐か?この村に対して…」


サーシャムの問いに、珍しくモンジュが真剣な顔でこちらを、いや、肩越しのヤミーを見る。


「‥‥…その筈でした」


長い間を空け、ヤミーが答えた。肩から覗く顔は意外な程、澄んだ顔をしている。


「私が生きてた頃より、もっとしけてる村なんかにトドメをさす気はないですよ。


全くもう…ホント、身体がタフだからって、騎士の体に寄り添うモノじゃありませんね。

偽善と堅物の心に、私も影響受けすぎてしまいましたよ」


「違うな…」


「……?…」


「最初の町で、クル病の治癒をした時のお前の言葉、


あれには真実“誰かを助けたい”と言う気持ちが籠ってた。


私の影響じゃない。ヤミー、お前は清い病精、いや、人間なんだよ」


こちらの言葉に、ヤミーは顔を俯かせる。サーシャムのお腹が少し痛むのは、肩に寄り添う

病精が照れているのだろう。


「お二人さ~ん」


気が付けば、モンジュが建物の陰から、こちらへ手招きしている。


「どうした?」


彼女のいる方向に足を進め、指さす方向に視線を向ける。


「これは…ヤミー?…」


それは恐らく彼女がまだ人間だった頃の姿を模した像なのだろう。


村の中心部に立てられた鎮魂の碑には、まだ新しい花や変えたばかりの水が供えられている。


ふと、気配を感じて振り返れば、村のあちこちから、こちらを覗く人々の姿が見える。


ヤミーの目にも、同じ光景が見えている筈だ。


「全く…ホントに馬鹿な人達、昔から全然変わってない、ホント、馬鹿な人達です…」


肩越しに震える少女の頭に優しく手をのせる。顔は見ない。また腹痛にされてはたまらないから…


異変を感じたのは、全身にあった(最早、慣れたが)倦怠感が抜け始めた事だ。肩の少女を今度はしっかりと見る。


「ヤミー…」


「あれっ?アハハ、可笑しいな。体が何だか…変です。どうしたんだろう?…あっ!

そうか…願いが叶ったから、旅が終わっちゃったからですかね…待ってて、今、何か願うから…あっ、駄目だ。もうこれは…叶いそ…な…」


サーシャムの前に回ったヤミーの体はだいぶ透けている。目から流れているのは涙…それならば、以前よりずっと軽くなった少女を抱きしめ、耳元で囁く。


「ありがとう、素敵な旅の道連れ…ヤミー、私も楽しかった」


これ以上、彼女の負担になるような事はしたくない。


ヤミーに取り憑かれたから、一緒に旅できたからこそ、自分は騎士としての誇りを失わずに

すんだ。多くの民を救う事ができたのだ。


まぁ、腹痛と倦怠感はキツかったが、モンジュと言う仲間ができたし、高いが、よく効く

丸薬もあった。


サーシャムの言葉にヤミーは少し笑い、何か答えようと口を開いた刹那に、強く瞬き、そして…消えた。


「今のは、多分“私も”って言おうとしたんですよ。きっと」


モンジュにも、光が見えたのか、訳知り顔で隣に並ぶ。敢えて否定する気もない。サーシャムもそう思うからだ。彼女の消えた場所を見つめた後、空に視線を巡らし、ゆっくりと呟く。


「ああ、良い旅の共だった」…



 これ以上は、もう語る事があまりない。ヤミーがいた旅こそが、この物語の主であり、

残ったモノは後日譚でしかない。敢えて描くとすれば、旅が終わり、薬売りのモンジュは大陸一の薬の専門家として、名を馳せ、


町や村に必ず一つは疾病に対する診察施設を作った。これは旅の途中でヤミーから得た病使に対する知識を元にした結果だ。商売人の彼女だが、この診療施設では、金をとらず(もっとも、取る必要も無いほど、金持ちだが)身分や人種に関係なく、困っている人全てを救済する方針らしい。


騎士のサーシャムは王都に帰らなかった。彼女が旅の途中で行った功績は、大陸中に伝え渡り、是非の帰国も希求されていたが、サーシャム自身が、辺境の土地の整備や開拓に力を

入れ、帰国どころではなかったと言う事もある。


そして、病の世紀が終息を見せ、少しだけ世の中が落ち着いた頃、サーシャムは新興の町の

騎士団長としての要請があり、根負けした(いくつもの要請が殺到していた)彼女は、

これを受けた。


就任式の日、町の統制官の家に招かれ、統制官と面会したサーシャムは相手が

幼い少女と言う事に少なからず驚いた。彼女は赤い目を可愛く瞬かせ、


ゆっくりと落ち着いた動作で、サーシャムの前に立ち、暖かい両手でこちらの手を

優しく包みながら、口を開く。


「これから、よろしくお願いしますね♪」


その笑顔には、見覚えがあった…(終)

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