運試し

@sakura_0

運試し

 楽しい楽しい誕生日パーティーだった、はずだ。こんなことになる前までは。

 目の前の大皿に盛られているのは、大量の、黄金色の塊――こんがりと揚げられまだ温かみの残る唐揚げの山。静寂が広がる部屋に響く、ごくりと生唾を飲む音は、そのおいしそうな様子によだれが出てきたからという理由では決してないだろう。いや、目の前のこれがもし、普通の唐揚げが積まれたものだったとしたら、あるいはそうだったかもしれないけれど。残念ながら、これは普通の唐揚げの山じゃない。

 この中に、たった一つ。激辛な唐揚げがあるのだ。

 なんでそんなことになったのかと言うと。今日、俺の誕生日パーティーに来てくれた大越という奴が、料理の大皿が置かれたテーブルの横の何もないところで派手にすっ転んだことがきっかけだった。コイツは大のいたずら好きで、冗談のつもりだったのだろう、コンビニの紙袋に包まれた唐揚げを、それはそれは丁寧に取り出して、俺らに見せてくれている途中だった。見た目こそこれは普通の唐揚げだけれど、これは実は、ただの唐揚げじゃない。料理人が全身全霊をかけて作った激辛唐揚げだそうなのだと、そう自慢しながら、俺も一個食ってみたから間違いない。思わず火を吹いたとのたまう大越に、なんでそんなところに命をかけるんだよと俺らもそのいたずらへの献身っぷりに呆れつつ。大越がその唐揚げをそっと机に置く一瞬前のことだった。

 すっ転んだ大越の手は、テーブルの上に置かれた唐揚げの山に突っ込んでいった。見た目は普通の激辛唐揚げとともに。唐揚げの乗った皿が大きかったのが幸いして、山が崩れても唐揚げは全部皿に受け止められたのが唯一の救い、だろうか。

 何はともあれ、先ほどまで大越の周りでガヤガヤと騒いでいた俺たちは、水を打ったように静かになって……現実を受け止めるのをやめたくなった。

 だって、大越はさっき、なんと言っていた?見た目は普通の激辛唐揚げを持ってきたと言っていた。自分も食べてみたから、間違いない、とも。ここで新情報、大越は別に辛いのが苦手なタイプじゃない、むしろ得意な方だと言えるだろう。少なくとも、前にカレーのチェーン店に行った時、コイツは十辛とやらの大盛りを平然と平らげていた。いや、大盛りを平らげたのは別に問題じゃない、部活終わりの中学生だ、それくらいペロリと食べてなんぼだろう……なんて、それはどうでもいい。問題は、それはもうめちゃくちゃな辛さだと噂されるほどの辛さを誇る十辛をあっさりとした顔で食べ切った大越ほどの奴の舌をいじめることができたほどの激辛唐揚げだ。なるほど激辛。本当に激辛なんだな。

 軽く現実逃避をしても、目の前の事実は変わらない。大越が買ってきた激辛唐揚げは、俺が準備した――今日の誕生日パーティーは、コイツらと家で遊ぶための口実に俺が親に交渉して、自分で準備する代わりに家を午後中明け渡してくれるという内容だったから、料理も俺が用意したものだ。さすがに親に金はもらって、近所のコンビニに走っただけだけれど――既製品の唐揚げに混ざって見分けがつかない。そして俺たちの中に、大越よりも辛さに強い奴はいない。じゃあ食べるのをやめるかと言っても、流石にもったいなさすぎる。唐揚げの山を、男子中学生の胃袋が一つの激辛唐揚げ怖さに見逃すか?答えは否だ。そんなことできる奴がいるわけもない。

 というわけで。選択肢は、たった一つに絞られた。

「……ロシアンルーレット。恨みっこなしな」

「当たった奴は大越に、次の遊びのときにでも奢ってもらえるものとする」

「賛成」

「おい、それはないだろ!?」

 わずかに申し訳なさを顔に浮かべる大越だけれど、流石にその条件はと反論の声を上げる。まあ奴をかばおうとする輩がいるわけもなく。そんな緊張感あふれる空気の中、誰かがごくりと唾を飲む音が部屋に響いて。

「それじゃあ……いただきます」

 先陣を切って爪楊枝を唐揚げにぶっ刺した一人に続いて、俺も他の奴らとともに、一つ唐揚げを手に取って、なるようになれとかぶりついた。

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