第11話「殴打」


『××月 ××日 ××時 ××分

 録音件数が二件です。


 ――――プー


 ……すげぇ、10分経ってもまだ生きてる。

 あっちゃん、ボクはまだ生きてるよ。

 あとどれくらい生きられるかな……。


 もっとあっさり死ぬかと思ってたんだ。あっちゃんにひどいの聞かせてるな……。

 あっちゃん、怖かったら再生しないでいいからね。


 ……生きてる限り戦うぞ。もうなんのために戦うのかもわかんないけど。



 塹壕は制圧した。味方も……まだ結構生きてるな、すげぇ、しぶといもんだ。

 ……問題は、塹壕の向こうにまた塹壕があるんだ。

 そのまた向こうにまた塹壕があるんだけど……まあいいや、行けるだけ行こう。


 ボクの分隊もボク以外全滅した。もう一人で自由に動けるな。

 部下の面倒見るのは大変だったよ。一人が気楽でいい……。


 ……よし、行くぞ! 総員……って俺だけか!

 俺、進め!!


 ……タコツボで機関銃撃ってる奴がいるな!

 前に集中し過ぎて横の注意ががら空きだ……回り込んでやるぞ……。

 待ってろよ、こっちに気づいてくれるなよ。


 よし、側面に着いたぞ……タコツボには一人か! 飛び込んでやる!!


 こいつ! 大人しくしろ!

 ……死ね!

 死ね死ね! 死ね! 手間かけさせんじゃねぇよ!!

 抵抗しなけりゃ楽に死ねるんだ!

 って言葉通じないのか! くっそ……!


 ……はぁ、はぁ、はぁ……死……死んだか……。

 俺も何人も殺してきたけど、拳で殴り殺すなんて初めてだよ……うわ、手が痛い……。


 ……なんだこいつ、俺より若いじゃないか。下手すりゃ中学生に見えるぞ……あいつら、こんなガキまで戦場に連れてきてるのか。

 なんてこった……そりゃ俺でも勝てるはずだよ。痩せきってる俺とガタイ、いい勝負だぞ。


 タコツボの中はこいつと二人っきりか……ちょっと休憩しよう、一分かそこらだ。


 ……やっぱりこいつもスマホ持ってるな。もうみんな戦場にスマホ持ってきてるのか……。

 こいつ……なんだ、ロックかけてないじゃないか。まあそれが正解か……いつ死ぬかわからないからな。

 ……俺ももうすぐ死ぬしな。最後、いいこと一つしておこう。

 LINE立ち上げて……うわ、わからん文字だらけだ。いちばん多くメッセ送ってるのは……ダントツでこれだな。

 これが恋人か母親なのは間違いないんだ。みんなそんなもんだから。


 なんだ、カメラも塞いでないのか。写真撮れるな。

 一枚撮っておこう。


 日本語で書いとけば適当に翻訳してくれるだろう……。

 ……ええと、今あなたの大事な人が戦死しました。立派に戦っての戦死でした。

 殺したのは私です、ごめんなさい。写真送ります、見て下さい……。


 単純な文章にしたから向こうでもちゃんと翻訳できるだろ。

 いいことするのは気持ちいいな。少しでも天国に行ける可能性積んでおきたいし……。


 ……じゃあ、行くか。五十メートル先の敵塹壕。

 飛び込んで、死ぬぞ。



 …………くっそぉぉぉぉぉぉ!!

 弾になんか当たってたまるか!

 俺は〈不死身の青なりびょうたん〉なんだ!

 死ぬまでは死なねぇぞ!!


 塹壕に飛び込めた……前も後も敵ばっかりかよ! って当たり前か!!

 いでぇっ! 後から殴るとか卑怯……うわぁっ! 腹刺された!

 がぁぅっ!

 痛い、痛い、痛い!!

 やめて! お願いだからやめて!

 俺、好きな子とエッチもしてないんだ! 死にたくないよ!

 許して……死にたくない、ごめんなさい、ごめんなさい、もうしないから……本当だから……!!

 うぐっ……! ぐあぁっ……!

 やめて……やめて、やめ……



 た……助けて……

 あっちゃん、助けて…………

 あっちゃ…………



 ――ピ――

 ――録音時間の上限を超えました、録音を終了します。

 ――録音された内容の再生が終わりました。残り録音件数、一件です』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る