第9話「玉砕」
『××月 ××日 ××時 ××分
録音件数が四件です。
――――プー
あっちゃん、どうしよう、どうしよう。
ボク、今日死んじゃう。
なんでこんな時に出てくれないの……。
あっちゃんのばか! ばかばか!
――――。
……よくよく考えれば、昨日の晩が変だったんだ。
ごはんが出た。
どこかに隠していたんだろうけれど、ごはんが出た。
薄いおかゆが少し配られただけでも驚きだったのに、そのおかゆはボクたちが椀の中を空にする度に何回も配られた。
……今考えると、あれは飢えきった人間がいきなり満腹になった時に死んでしまうのを防ぐためだったんだろう。
お腹減らしきった人間がいきなりバクバク食べると死ぬんだって、怖いね。
少しずつ少しずつおかゆを食べ、そこそこ腹が満たされて――ボクたちは眠った。
部隊の全員が寝た。もう寝るしかなかった。
で、起きたら部隊長がいうんだ。
〈これから俺たちは死ぬまで戦う〉って。
死ぬまで戦うって、相手はあの機関銃と鉄条網でハリネズミみたいになった山相手だよ?
登山はただでもしんどいのに、鉄砲かついだ上に、弾をバリバリバリバリバリバリバリバリ撃ってくる敵に向かって上るんだ!
無理だって!
無理無理無理無理無理無理無理無理無理ィィィ――――!!
ってくらいに無理なんだ!
ああ、うん、確かに思いついたよ!
〈降伏したらいいんじゃないですか?〉って!
そうボクがいいだそうとしたら、先に後にいた奴が手を上げていったんだ。
〈降伏しましょう!〉って!
そいつ、部隊長に殴られた。ビンタじゃない、グーでだよ!
ボクも軍隊もう短くはないけど、グーでぶん殴ったのは初めて見たね!
〈お前は恥ずかしくないのか!〉って部隊長が喚いてた。
そりゃ恥ずかしいよ! でも死ぬよりいいじゃん!
でも、次の部隊長の言葉でみんな黙ったんだ。
〈俺たちが捕虜になったらどうなると思う! その日のうちに捕虜リストがネットに公開されて、故郷にいる全員がそれを知ることになる! そうしたら家族が叩かれるんだ! 卑怯者の家族と! 社会から爪弾きにされて、後ろめたい思いをしながら生きていかないといけない! お前ら、家族にそんな思いをさせられるのか! それに戦って死んだら全員が英霊だ! 手厚い恩給だって出る! 英霊の家族だからと周囲も持ち上げてくれる! 家族にとって、どっちがいい! わかったろ! 俺たちは戦って死ぬしかないんだ!〉
……部隊長のいったこと、わかるよ。ボクたちのクラスでも、兄貴が捕虜になった奴、いじめられたからなぁ。
そいつ、登校拒否になっちゃった。家に石まで投げ込まれてさ。
冬なのに、窓にガラス入ってないんだよ。
入れてもすぐ割られる……いや、窓ガラス屋に断られたんじゃないかな?
あんたみたいな家のガラスは入れられないって。
……白状する、ボクも石、投げ込んだんだ。
みんなが投げてるから、なんでお前は投げないんだっていわれるみたいで。
投げてないと怖かった。自分が今度は投げられるの、怖い。
投げたくなかったけど……石投げてるうちは、ボクも投げられない。だから……投げた。
だから、みんな降伏のことはいい出さなくなった。もう戦うしかないんだって全員で思ったんだろうね。
今思い返せばわかる。部隊長も声、震えてた。
部隊長も死にたくなかったんだろうな……三人目のお子さんが生まれたって二ヶ月前にいってた。
写真や動画でお子さんの顔は見れただろうけれど、自分の手で抱き上げられてない。
帰れてないんだもの。
自分の子供抱けずに、みんな一緒に死ぬ死ぬいうんだもんなぁ。
突撃の時、部隊長は先頭に立って走るんだ。そうしないと後がついてこないからね。
多分真っ先に死ぬし、間違いなく生き残れないよ。
なんて世の中なんだろう……。
いや、部隊長の心配してる場合じゃないや! 自分の心配しないと!
……あっちゃん、これが最後だからいっておくよ。
真面目に聞いてね。
ボク、その気がないようなフリしていたかも知れないけど、本当は君のこ――――。
あっ! 今から突撃するんだって! 呼ばれちゃった!
切るね! じゃあまた!
――ピ――
――録音された内容の再生が終わりました。残り録音件数、三件です』
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