人生のプロローグ

譚織 蚕

プロローグ

「あんた何しとんの?」

「え? いやなんでも無いけど……」


 俺は持っていたスマホをサッと体の後ろに隠し、母に向かってそう言い訳をする。


「はー、またスマホかいね…… そんなに離れれんがやったら、お母さんが預かってあげようか?」

「いや、いいよ」


 このやり取りも今年に入ってからもう何回目だろう?

 本当は自分でも分かってる。もう逃げてていい時期は終わりだって。


「じゃあ朝ごはん食べてちゃっちゃと学校行きなさい! ずっとスマホ触ってモタモタしとったらまーた遅れるよ!!」


 朝起きて、顔洗って、トイレして。

 そしてスマホで昨日の"pv"を見て。そんな感じで俺の1日は始まる。


「ごちそーさま。んじゃ、行ってきます!」

「気を付けていってらっしゃい! 」


 朝は弱い方だから、朝ごはんを食べたらすぐに家を出なくちゃならない。

 そっからまた急いで駅までチャリを飛ばし、8時ちょうどに


「はぁ…… 間に合った!」


 息を切らしながら電車に乗る。

 周りでは俺と同じ制服を来た生徒達があちこちに座っていて、中には知り合いもちらほら。

 そんでそいつらはみんな参考書を開いている。

 

そう、今は高3の6月。


 部活動も終了し、受験シーズンに本格突入しようかという時期。

 そんな周りの雰囲気を尻目に、僕はまたスマホを開き文字をポチポチ。


「よっ、叶! 今日俺面談なんだけどさぁ~ お前志望校決めた?」

「おはよ海斗。一応決めたけど…… どうだろ。お前はどこにしたん?」

「おれ? 聞いて驚け東大だ!」

「え!? 行けんの? マジ!?」

「それは知らん! けど夢はでっかく。東大目指して勉強すれば、ダメでも選択肢広がるだろ?」

「あー、確かに。それは確かに」


 駅に着くなり、クラスメイトの海斗に話しかけられた。

 話題は志望校。一応決めたとか言ってみたけど、まだ未定。


「そんなこと考えてるのお前すげぇな?」

「そうだろ!!」


 そう言って笑う海斗の笑顔が眩しくて、ちょっと自分が恥ずかしくなってしまう。


「んで、東大行って何になるん?」

「え、ここで急に暴言!? 叶さんキツいっす!」

「いや、将来ね将来!」

「あー、そういうことね。あれだなあれ、しゃちょー!」

「……え、バカ?」

「今度こそ悪口だな!? まぁ真面目に言ってる。うち爺ちゃんが社長やってんのよ。んで小さい頃から~ ま、憧れ? 夢?ってやつ?」

「ほえー、初耳。頑張れよ!」

「んゃお前は?」

「俺は…… 弁護士、かな?」

「そっか! 優しいお前にぴったりな感じする! いいねいいね頑張れ!」

「ありがと」

「あっ、トイレ寄ってくわ! んじゃまた後で!」


 気付いたら学校に着いていたらしい。海斗と別れ、廊下を歩きながら今の会話について考える。


 あー、やっぱ決めてる奴は強いよなって。


『弁護士かな?』


 うん。確かにそれは僕の夢だ。

 今は確かにそこに向かって頑張ってる…… 体を装ってる。


 もう高3。安定できる仕事、学歴が大事なことはわかってる。まがりなりにも進学校に通ってる訳なんだし、親の為にもいい職に就きたい。

 その点、弁護士は俺の大きな夢である。

「でも……」


「おい! お前ら座れ! 朝礼するぞ朝の会だ! 北山挨拶!」

「はーい。 きりーっつ!」


  唐突に入ってきた先生によって思考は中断。あー、もうそんな時間か。委員長の言葉に合わせて立ちあがり、挨拶。


今日も俺の学校生活が始まる。


まぁ特筆すべきことも無く、そのまんま授業受けて飯食って、そして部活は無いからすぐさま放課後に。


教室掃除の連中が机を移動するのを廊下で見つつ、隣に寄ってきた海斗に軽く目を向け話を振る。


「今日一緒に帰らん?」

「んあ? あー、面談あるし、その後塾だから無理」

「あっそか…… んじゃ1人寂しく帰りますわ。塾がんば!」

「おう! てかお前も通わね? あっ、家庭環境とか知らんけども」

「あー、考えとく。そろそろヤバげだしなぁ……」

「んだんだ。一緒にやろうぜ! 」

「おけ。まぁとにかく今日は帰るわ。んじゃまた明日~」


話し終わったと同時に、ちょうど掃除も終わった。周りの連中にもまた明日~なんて言いつつ、リュックさっと担いで学校を出る。

 そうしてまた駅まで歩き、電車に乗ってスマホをポチポチ。


「おっ、今日は電車ん中で結構いいとこまで行けたな!」


 電車の中にも関わらず結構筆が進んで、ノルマの半分くらいを消費することができた。

 そしてまた最寄り朝乗ってきたチャリに乗り帰宅する。


「ただいま!」


 帰ってくる声は無い。それでも誰も居ないリビングに向かって帰宅の報告。

 そしてすぐさま自分の部屋に向かって、学習机に着席。


ここだけ見れば、完璧な受験生。

 でも開くのは参考書ではなくノートパソコンで。


「ふふふーん♪ はぁ、死にたい」


真反対の言葉が口を突いて出てくる。


 俺のもう1つの夢。


 小さい頃から抱いていたけど、どこかで無理だって思って諦めてたもの。


『小説家になりたい』

 

今年の新年に入ってすぐ、小さなきっかけでネット小説を書き始めた。


 最初の頃は

『どうせ人気も出ずに心折れて終わるわ~』

『まぁぱぱっと書けばすぐ終わるっしょ!』


 なんて楽観的に思ってたけど、それなりに読者様も付いちゃって、生活との兼ね合いで中々終われなくって。


 気づけばもう半年、6月だ。


 あの頃やってた部活はもう終わって、周りも受験モード。


 あぁ、俺もそろそろやらなくっちゃな。

 思ってるけどできない。自己嫌悪で死にそうになる。


 でも一方で、読んで貰えてる! って無邪気に喜んで、続き書いて、完結させる責任が~って言い訳してずるずる続けてる自分も。


 ほんっと嫌になる。


「はぁ…… 終わった。明日分のプロット書いて…… 疲れたなぁ」


 夢だから追いたい。夢だから叶えたいし、その為に全力を尽くしたい。

 でも、夢を追える身体にしてくれたのは誰だ?


 その人達の為に、そして将来夢を追い続ける為に今出来ることはなんだ?


 分かってるけど出来ない。

 そうして体力を使って、ワークを1ページだけして今日もまた終わる。



 7月


 ネットでこんな募集を見掛けた。

『高校生のキミにしか書けない"物語"を待ってます!』


 まだ俺はダラダラ物書きを続けている。

 週末には模試が増え、志望校を紙に書いて教師に提出、面談をすることも増えた。


 周りは夏休みを前にした本気モード。


 焦りが頭を支配する。


 だから俺も、そろそろ区切りを付けることにした。


「これに出したら、もう止める」


そう決意して筆をとる。


高校生の俺にしか書けない物語。そんなもの分からない。だからいっちばん身近な高校生のことを書くことにした。


 筆は中々進まないし、連載も書かなくちゃならない。

 塾も海斗と一緒に通い始めた。そこに居る間は、自習として勉強もした。自由な時間が減ってって、いいことなんだけど難しい。


 どんどんどんどん、締切が近付いてくる。でも書けないから、何1000文字もデータの海に沈めていく。


 夏休み、最も大事な時間は塾に篭った。連載も週一にした。コンテストに出したら投稿は終わる。だけどその前に勉強をしない理由は無かった。


 でもまだ周りには追いつけない。急な勉強時間の増加に体が耐えられない。



 8月が過ぎて、9月になって。


「終わったぁ……」


気付けばもう3ヶ月。結局連載もこれも書き続けてしまった。


もう締切の1日前…… いや、0時を回ってる。

めっちゃ悩んで、考えに考えてここまで来た。それで書けたのはたったの3000文字。


 でも……

 このたった3000文字を境に、俺は変わる。


 俺自身のこと、家族のこと、未来のこと今のこと、"夢"の事。色んな物を背負って、俺は頑張る場所を移動する。


桜の下でまた物語を紡げる様に。


 本にしたらたった10ページにもならないだろうけど、これが俺の人生のプロローグ。


残りのページはまだ真っ白で、だからこそ ――今から書き始めていく。


 受験生の俺のページを、大学生の俺のページも。

そして小説家・弁護士としての俺のページを。


 今はすべきことをしよう。半年後、またやりたいことをやろう。


大丈夫、時間はたっぷりある。


この物語人生のエピローグは、まだまだ先なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人生のプロローグ 譚織 蚕 @nununukitaroo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ