ショートショート

@222_5

極限の二択

A氏には人に言えない悪癖があった。彼は一日中、現実的にはほぼ起こらない極限の二択を考えているのだ。昨日は、母親と恋人が死に瀕している状態でどちらかしか助けられないとしたらどちらを助けるかを考えていた。


「単純に残りの寿命で考えると、母親よりも恋人の方が短いから恋人を助けるのが合理的な気がするな。しかし、恋人を選ぶと親族に非難される可能性がある。だが、そうすると……」


このような妄想は本来中学生あたりで卒業するものだが、彼は大学を卒業してから何年も経つというのにそのようなことを考えていた。今日はどんな二択について考えようかと思案しながら勤めている会社への道を歩いていると、見知らぬ人に声をかけられた。


「すみません、街頭アンケートをしているのですがご協力いだけませんか?」


帽子をかぶっていて風貌はわからなかったが、中性的な声だった。A氏は特に急いでいるわけではなかったので、快く承諾した。


「ありがとうございます。では、1つ目の質問です。

あなたは勤めている会社でひどい扱いを受けており、精神的に疲弊しています。このような時、転職するあてが見つかるまで勤め続けますか?それともすぐに辞職しますか?」


A氏は一昨日、上司の指示で徹夜で作らされた資料が全く使わずに処分させられたことを思い出した。自分以外の同期は定時で帰り、翌日何食わぬ顔で出社していた。


「そうですね、私ならすぐに辞職しますね」


答えた後、彼はなぜ近所のスーパーに向かっているのにスーツを着ているのか不思議に思った。


「わかりました。では、2つ目の質問です。

あなたは無職なのにも関わらず、どうしても大金が必要になってしまいました。あなたは非合法な方法で確実に大金を得る方法を知っています。このような時、あなたは法を犯して大金を得ますか?それとも他の不確実な方法で大金を用意しますか?」


A氏は2つのことを思い出した。1つは都心の一軒家が建てられるほどの額の借金があること、もう1つは近所に住む老人はそれに匹敵する額のタンス貯金をしている噂があることだ。


「そうですね、私なら非合法でもいいので確実に大金を得る方法を選びます」


答えた後、A氏は自分がニュースで取り上げられている強盗殺人犯なのに、なぜ変装もせずに事件現場の近くを歩いているのか不思議に思った。


「わかりました。では、3つ目の質問です。

あなたは大きな事件を犯してしまいました。裁判になれば無期懲役は免れないでしょう。あなたは自分の趣味を活かすことでこの捜査から完全に逃れられる方法があることを知っています。このような時、あなたは捜査から逃れられる方法を使いますか?使いませんか?」


A氏は捜査から逃れられる方法に見当はつかなかったが、目の前の人をどこかで見たような気がした。


「そうですね、私ならその捜査から逃れられる方法を使います」


答えた後、A氏は自分が大通りで通行人に声をかける仕事をしていることを思い出した。彼の仕事は自分の考えた極限の2択を街頭アンケートと称して通行人に質問することだ。同じ質問をしてはいけない決まりなので、彼は一日中極限の二択を考えている。

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