ライアー・ライアー

ぴいじい

ライアー・ライアー


 嘘つき。


 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。


 なんで?


 絶対って、約束したよね?


 またあの場所で一緒に花火見れるって、信じてたのに。信じてたのに。


 …… いや、「絶対」なんて言った私の方が馬鹿だった。


 神様はそんな物を、こんな私になんか与えてくれやしないんだ。




「私ね、アメリカ行くんだ」


「えっ」


 そう言われたのは、学校からのいつもの帰り道だった。


 唐突に親友の口から飛び出た告白で、私の足が突然動きを止める。驚きで自然と彼女の方へと体が向いた。


「留学、することにしたんだ」


 結華ゆいかは照れ臭そうに目線をやや下に向けながら、私にそう伝えた。


「1年くらいだから来年の夏休みには帰って来れるけど、それまでは会えなくなっちゃうな」


「……」


 私は呆然としたまま、夕日を背に立つ結華をただただ見つめていた。


 しばらくして、私の中で大きな悲しさと寂しさと、逆に親友が新たな一歩を踏み出すという嬉しさが少しずつ渦を巻いてこみ上げてきた。


 おめでとう、でも、行かないで。そんな思いが脳内を駆け巡る。


「…… そうなんだ、すごいね! 頑張ってね!」


 そう言うことしかできなかった。私の唯一の友人とも言えるべき人を、傷つけたくなんかなかったから。




「ずっと言ってたよね、海外に出たいって」


 複雑な思いが交錯しながらも、私は勇気を出して彼女に聞いてみた。


「うん、そのためにも、今のままじゃダメだって思った」


「大学入ってから留学、とかでもダメなの?」


「大学入ってからじゃ遅いの。現地でやる内容のレベル違い過ぎて、到底追いつけないって」


 いつものようにコンビニでお揃いで買ったいちごラテを吸いながら、結華が口を尖らせた。


 私と結華の間では、下校時には近くのコンビニでいちごラテを買うことがもはや日課となっていた。いちごラテを選ぶ理由は、そのコンビニでコーヒー以外の自社ドリンクの中では一番安いから。金のないただの高校生にとってはただそれだけだったが、甘めのミルクと酸味の効いたいちごの果肉が程よくマッチして美味しい。


「…… そっか」


 私はストローに唇をつけたまま、そう頷くだけにとどめた。不本意に自分の胸の内が口からこぼれそうになるが、なんとかその勢いを押し殺す。


「こら、待ちなさいよ」


 前から3歳ほどの子供が、小さい赤子を乗せたベビーカーを押す母親に先行してこちらに向かって走ってくる。楽しいのか、その子の顔には満面の笑みが浮かんでいた。


 ところが次の瞬間、足を自分で掛けてしまったのか、男の子は硬いアスファルトの上にバタンと音を立てて転んでしまった。母親が焦って近づくなか、男の子は大きく泣き喚く。


「あっ!」


 それを目撃した時、結華はなんの躊躇もなくその子に駆け寄り、声をかける。


「大丈夫? 痛かったね」


 心配そうな母親を横目に、結華は咄嗟に肩にかけていたスクールバッグからハンカチと水筒を取り出した。顔が真っ赤に染まった男の子の体をなんとか起こし、擦りむいた膝に水筒の中の水をかける。


 水が染みるようで、男の子の叫びはさらに強くなった。


「よしよし、いたくない、いたくない」


 結華は優しく宥めるように、落ち着いて水をかけ続けた。時々水をハンカチで拭き取って、傷から新たな血が出ないほどまでに治まった。


「本当に、ありがとうございます、本当に」


 母親にありったけの感謝を告げられたあと、私と結華はまだ痛くてぐずる男の子と別れた。


「さすがだね」


 小さな姿を見送る結華に、私が声をかける。


「そう言われても。人助け、好きだからさ」


 結華は明るくそう答えた。




 私はずっと母親が夜遅くまで仕事、父親はほとんど単身赴任だったせいで、小さい頃から家でも1人でいることが多かった。祖父母も遠くに住んでいて簡単には来ることもできず、暗いマンションの一室で私はひたすら孤独を感じていた。


 普段から誰とも話すことがないため、人と会話することも次第に怖くなる。だから私は、昔からいわゆる教室の隅っこにいるタイプで、友達と呼べる人もほぼ皆無だった。友達を作ろうと思ってもさほど頭が良かったわけでもなかったから、誰かに勉強を教えることでお互い仲良くなる、なんてことも絶対にない。


 休み時間は大抵一人で席に座って本を読んだり、窓の外を見てうつつを抜かしたり。活気に沸く昼休みでさえも、私は一人でいることが多かった。小中学校までは、そんな学校生活を毎日送っていた。


 しかし高校に入学して、そんな私の殻を破ってくれたのは結華だった。どこから来たかも知らない暗そうな人間に、結華は積極的に話しかけてきてくれた。


「ねえ、どこから来たの?」


「え、どこって……」


「出身中学。私は橘台。あなたは?」


 これまでそういう「別世界の住人」と話すことなんてほとんどなかったから、当初私は結華のポジティブさに目が眩んだ。この人とはうまくやっていけない。私の中ではそう割り切ってしまっていた。


 でも何か違う。これまでの人たちと何かが違う。こんなにポジティブなのに、なぜか、その裏に悲しそうなものを私はふと感じとった。


「私ね、両親、いないんだ」


 ある時ふと教えてくれた結華の生い立ち。


 結華の両親はまだ彼女が赤ん坊だった頃に事故死、母方の祖母に引き取られて育てられた。たくさん甘やかしてくれて、優しいおばあちゃんだった。


 しかしおばあちゃんも歳を取って、ある日突然骨折した。これが原因でおばあちゃんは寝たきりになってしまい、治療のために少し離れた都会の病院に入院することになった。結華の元から、近くで愛してくれる人がいなくなった。


 その寂しさを紛らわすために、結華はあえて明るく振る舞うようになった。楽しくしていれば日頃の寂しさなんて消える。そう信じていたものの、やはりずっとそばにいてくれる人がいないという大きな傷は残り続けていた。


 だからか。私はやっとそこで理解した。私と結華で共通する何かを。




 結華がアメリカへ旅立つ3日前、私たちは花火を見に行った。お互い少し気合の入った浴衣を着て、芝生のある土手に座る。


 川の向こう岸から勢いよく打ち上げられた花火玉は、火の尾をひいてヒュルルと音を立てながら舞い上がり、そして花開く。少し遅れて地を揺らすような轟音が鳴り響いた。


 目の前で広がるカラフルな大輪の輝きを、私たちはいつものいちごラテを飲みながら見つめていた。


「綺麗……」


 私の口から思わず感嘆が漏れる。


「…… たい」


 隣に座る結華が呟く。


「え?」


「このままアメリカに持っていきたい……!」


 その口調は明るくて楽しそうで、何気にどこか寂しそうだった。


「ならさ、撮ろうよ、写真」


 私はそう提案して、浴衣からスマホを取り出す。


「そしたら、アメリカまで持っていけるでしょ?」


 結華は大きく笑って頷き、自分のスマホでシャッターを切り始める。


 火の玉が空へと上がっていく瞬間。夜空に花が咲いた瞬間。そしてやがて枯れ落ちてゆく瞬間。どこを切り取っても、目の前の儚い美しさをそのまま鮮やかに映し出していた。


「ねえ、これ持とうよ」


 そう言うと、結華が左手で空になりかけたいちごラテのカップを高く掲げた。それに便乗して、私も同じカップを左手で突き出す。


「じゃあ、いい? せーのっ」


 そして同時にシャッターを切る。ちょうど花火が大きく開くのと重なって、ストローの先からいちごラテの花が咲いたかのように見えた。


「あのさ、」


 終盤に近づいた頃、私は少し恥ずかしくなりながらも結華に聞いた。


「来年もまたここで花火見ようよ。帰って来たら、一緒にさ」


 眩い光に照らされた結華の顔が明るくなった。


「うん、もちろん!」


「絶対だよ?」


「絶対ね!」




 出発当日、私はわざわざ空港にまで足を運んで結華を見送った。


「またすぐ帰ってくるからさ、そんな泣かないでよ」


 涙で視界が歪んでいた私を抱きながら、結華も顔が赤くなるのを堪えて私に優しい言葉をかけた。


「じゃ、行ってくるから」


 ガラスで仕切られた空間の向こうへと消えていく結華を、私はその指先が見えなくなるまで目で追いかけ続けた。




 夏が過ぎ、秋が来て、冬になった。結華がいなくても、私はなんとか昔のような孤独に耐えながら、何も変わっていない普通の日常を過ごすことができていた。1年も耐えればまた楽しくなるんだ、そう考えることが私に生きる意味を与えてくれていた。


 12月も終わりに近づき始めたある日、日付が変わった頃。ようやく課題を片付け終わった私は、いつものようにベッドに疲れ切った体を預けようとしていた。


 その時だった。


 ブーッ、ブーッ、ブーッ


 よく見ると、ブルブルと冬の寒さに凍えるように震えるスマホに、突然着信がきた。


 070-…… こんな真夜中に、見知らぬ番号からの電話。出るか出まいか、そううずうずと指を迷わせている間に、スマホは「早くー、早くー!」と私を急かすように震え続ける。


 一度大きく息を吸い込んで意を決し、青の受話器ボタンを恐る恐る押してスピーカーを耳に近づけた。


「もしもし……?」


 私の不安に満ちた声が、向こうに誰がいるかわからない空間に響き渡る。自分の心臓がバクバクと強烈に脈打つ音がよく聞こえる。


「も、もしもし、」


 辿々しい返事が返ってきて、私の中でさらにアドレナリンが


「結華ちゃんの、叔母にあたる者なんですけども……」


 途切れ途切れに言葉を紡ぎ出した結華の叔母と名乗る人物。どうやって連絡してきたのだろうか。しかもその声の向こうで、誰かが啜り泣いているような声が聞こえる。


「あの、実はーー」




 もう、何も考えたくなかった。


 誰の姿も見たくなかった。


 この世に、私が拠り所とする人間が、いなくなってしまった。


 留学していた高校で発生した銃撃。幼稚園や小中学校まで併設した学園で、親もたくさん集まるお迎え下校ラッシュを狙った残忍で悪質な犯行だった。


 耳をつん裂くように鳴り響く銃声。泣き叫び逃げ惑う小さな子供たち。その中でしゃがみ込んだまま何もできずに時を待つ親たち。結華もそれに紛れ込んで、最初は道にひれ伏せていた。


 しかし彼女のすぐ目の前には、自分の体を四方八方から飛んでくる銃弾に晒しながらただ泣き喚く小さな男の子。人助けの好きな結華は、この子を放っておくはずがなかった。


 勇気を出して咄嗟に体を起こし、結華は男の子を抱え込んで危険から守ろうとする。しかし男の子を庇ったその瞬間、「運悪く」マシンガンの弾が三発、彼女の背中を直撃した。


 幸い男の子に何も怪我はなかったものの、結華に撃ち込まれた三発のうち一発は心臓に大きな穴を開けてしまっていた。弾の雨が止んだ頃には、もう既に息はなかった、という。




 もう学校に行く意味がなくなってしまった私は、その日以来家に引きこもった。せっかくできた親友を失った激しい悲しみに襲われ、3日目にはもはや流す涙もなかった。


 なぜ結華が生贄になる必要があったのか、自分自身に問いかける。答えを知らないはずなのに、ずっとずっと、そのことだけを問い続けた。時には、自分の行いが悪かったのか、どこかで私が間違った判断をしたからこんなことになってしまったのかと、自身を恨む。時には、結華が庇ったせいで生き延びることができ、今でも元気に生きているであろう、果ての大地の知らない小さな男の子に強烈な憎悪を抱いた。


 でも何をとっても、私のこの深い傷は癒えなかった。


 やがて疲れて、何も思い出したくなくなる。少しでも**のことを思い出すと急に呼吸が激しくなるようになった。自分の「辛い」思い出と向き合わないために、私は親友なのにも関わらず**の葬式にも顔を出せなかった。




 2ヶ月ほど経って、私は親や先生の説得もあって、少しずつ学校には復帰し始めた。最初の頃は、ただ同じ学校の制服を着た人を見ただけでも寒気がした。いつも通っていたはずの光景を見るたびに**のことを思い出すのが怖くて、わざと遠回りすることも多くなった。


 信頼できる人がいなくなった学校は、私にとってもはや何でもなかった。学校には行くものの、何も楽しみを感じない。小中学校時代にそうだったように、私の高校生活は以前の孤独なものへと戻った。


 時々私を心配して話しかけてくれる人もいた。ただ私は、そんな善意までもそっけない返事で全てを泥沼に沈めていた。


「まだそんなに悲しいの?」


 何を言われようと黙って見過ごす。しかし、時に地雷を踏む輩も現れた。


「…… 忘れられない? **のこと……」


「もう黙って!!」


 ついカッとなって、机に手を強く叩きつけながら教室中に響く声で怒鳴りつけてしまう。部屋中が一瞬でシンと静まり返り、私の方に一斉に視線が浴びせられる。私は俯いたままそそくさと教室を出て、トイレに閉じこもった。身体中が痛かった。


 そんな優しい人たちもやがて私に話しかけるのを止めた。私には居場所と呼べるものはほとんどなくなってしまっていたが、学校に行くことは続けていた。また引きこもってあんな思いをする方が、私にはよっぽど辛かった。


 出席日数も足りて、なんとか3年生に進級できたものの、私の中では何も変わらなかった。いつも通り、いつも一人でいるうちに、1学期が過ぎ、夏が来た。




 7月の終わりに近い夜、突然外から家中に響く轟音を感じた。


 花火。


 そう認識した瞬間、何か黒い手のようなものが心の奥深くから伸びてくるような気がした。自分を飲み込んで、また苦しい思いをさせる魔の手。


 音を聞かないようにと私は即座にベッドに潜り両手で耳を力強く塞ぐ。しかしそんなバリアをも突っ切って、力強いあの音は私の鼓膜を少なからず揺らした。


 轟音が頭の中で響いた時、私は泉のように湧き上がってくる「怖いもの」を必死に否定しようとした。


 絶対だよ? 絶対ね!


 そんな言葉がどこからか聞こえてしまった時、私はベッドの中で大きく叫んだ。


 どうして? どうして私はこうなってしまったの? なんで私は、こんなにも苦しい思いをして生きていかなきゃいけないの?


 そう考えるうちに、こんな考えが思い浮かぶ。


 全ては…… 死んだからだ。そうだ、死ななけりゃ、私はこんな思いすることもなかったんだ。約束を守ってくれなかったから……


 嘘つき。


 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき。


 私はもういないはずの誰かを必死に呪った。




 夏休みも終わり、秋が過ぎて、冬が来た。


 もうあんなことで嫌な思いをすることも少なくなり、これまで通りの私を徐々に取り戻しつつあった。


 受験生ということもあって、どうにか自分の進路について考えなくてはいけなかったが、私には将来に望むものなんてなかった。適当に名前を聞いたことがあるくらいの大学を受験して、運よく合格した。


 そして、3月。


「はい、チーズ!」


 クラス全員で撮る最後の集合写真。みんながピースするなり肩組むなりする中で、何もせず棒立ちの私。クラスのグループチャットで送られてきた写真を見つめながら、写真に写る自分が情けなく見える。


 ふと、隣の髪の長い同級生が目に映り込んだ。長い髪、凛とした顔立ち。どこか似ている雰囲気を醸し出しているように見えてしまい、私は咄嗟にスマホから手を離して床に落とした。


「あっ」


 急いで落としたスマホを拾う。まだその写真は表示されたままだった。


 でもなぜか、それをもう少し見ていたいと思う自分がどこかにいた。




 同級生が抱き合いながら泣きじゃくるなか、私はその群れには加わらずにその場から立ち去った。早く帰ることになっても、惜しいものなど何もなかった。


 帰り、母親に晩御飯の材料を買ってくるように言われていたことを思い出し、学校近くのコンビニに立ち寄った。積み上げられたカゴを一つとり、スマホのメモを見ながら商品を探してはカゴに入れていく。


 あとは牛乳。冷蔵の棚の下の方に1リットル牛乳を見つけ、手を伸ばそうとしたその時だった。


 見たことのあるピンク色のカップ。


 いちごラテ。他のドリンクの中にひっそりと並ぶその姿が、目に入ってしまった。


 牛乳を取る手が固まる。怖い、そう最初は思った。


 でも違う。自分の素直な気持ちが欲している。いちごラテを。


 気がつけば、晩御飯の材料が詰まったレジ袋の中に一緒に紛れ込んでしまっていた。




 なんで、ここに来ているんだろう。


 川の土手。芝の生えた川岸を夕日が照らす中、私はそこに座っていた。


 さっきから私の心臓の鼓動は勢いを増すばかりだった。まるで誰も入ったことのない幽霊屋敷に一人で突撃するような、そんな恐怖が自分の中で渦めいていた。


 でも、知りたい。向き合わなきゃいけない。そんな思いの方が遥かに強かった。もう苦しむ自分でいたくなかった。


 食材の入ったレジ袋の口を開き、中身を確認する。コンビニの店員によって綺麗にサラダや牛乳が詰められているその一番上に、あのカップが横になって入っていた。


 意を決して、私は恐る恐る右手を伸ばす。いつ動き出すかわからないセミを捕まえる時のように、そうっと、そうっと、指を近づけた。


 ひゃっ


 人差し指の先が固いものに触れた瞬間、声にならない息詰まりのような音が喉から出る。反射的に右手を袋から抜いてしまった。


 呼吸が荒くなる。口から震えるように息が出る。3月なのに少し汗もかいた。


 怖くない、怖くない。今度は暗示をかけながら、再び触ろうとする。人差し指にまたあの感触が伝わったが、声を出したいのをなんとか堪えた。そこから一気に、カップを右手で鷲掴みにした。


 そのまま慎重に袋から引き抜いたカップを、震える左手で持ち変える。不安定な力の入り具合で太いストローを右手で押し出して引き伸ばし、アルミの蓋に強く差し込んだ。


 カップを斜めに向けると、ストローが私の方を向いた。その大きな穴が、私の魂を吸い取るかのように私の口に近づいてくる。


 逃げたい。その一心だった。唇がプルプル小刻みに震える。


 私は大きく息を吸い込んで吐いた。周囲の喧騒がパタリと聞こえなくなる。そして、ストローを口の中へと押し込み、思い切り吸い上げた。もうどうにでもなれ、そう思えた。




 いちごラテが舌に触れた瞬間、口の中に甘く、温かく包み込んでくれるような空気が充満した。それはこれまでの自分の、堅かった口の筋肉の緊張をほぐしてくれた。


 そしてそのあとから感じるミルクの甘みと、果肉の弾けるような酸味。


 ああ、そうだ。これだ。


 これまで溜まっていた涙が一斉に溢れ出した。


 息が続く限り吸い込んだあと、私は口からストローを抜いてプハッと荒く呼吸した。涙でぐちゃぐちゃになった顔を制服のスカートに埋めて、思う存分泣き叫んだ。


 話してきてくれたはじめての友人。夢かと思ってしまうほど楽しかったあの時間を、鮮やかに思い出す。アメリカに行くと言われたこと、花火を見に行ったこと、空港で交わした最後の会話……


 結華。それが、私の親友の名前だった。




 ポケットからスマホを取り出し、写真アプリで過去の写真を遡る。1年半前の、あの夏のひとときの写真だった。


 夜空に咲いた花に重ねるように、お互いのカップを高く持ち上げた写真。夕焼けと重ねるように、私はスマホを空にかざした。


 花火、やっぱり見たかったな、結華と。


 いや、結華じゃないか。


「嘘つき」と。

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ライアー・ライアー ぴいじい @peagea

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