舞台の上で道化は笑う
文月 いろは
舞台の上で道化は笑う
沢山のライトの中。
一人の道化が笑みを浮かべた。
沢山の『客』を前にして──
男は今日も客の前で踊る。
人はその男を『道化』と呼んだ。
『道化』
それは『ピエロ』や『クラウン』と呼ばれる滑稽な格好や言動で観客を楽しませる者のこと。
男もそうだ。
細長い風船を操り、可愛い犬を作り上げた。
客の子供は笑顔で受け取った。
子供と男は互いに向き合い笑い合う。
そこには笑顔が溢れていた。
子供は親に手を引かれその場を後にする。
バイバイ─と手を振った子供は誤って風船を割ってしまう。
泣き出した子供に男は
「もう一つ作ってあげようね」
と笑顔のまま答えた。
子供は泣き止み、もう一度犬を手にしてその場をさった。
その後、客がいなくなるまで男の顔から笑みが消えることはなかった。
数時間後──
控室に戻った男はメイクを落としていた。
消えていく偽りの笑顔と引き換えに、その男の顔には火傷を負ったような爛れた皮膚が露わになった。
男は生まれつき顔に傷があった。
学校では除け者にされ、親戚と会うと毎回罵倒を受けた。
卒業して親元を離れても働き口は見つからなかった。
そして一人の男に拾われた。
サーカスの運営をしていると言うとある富豪だった。
『醜いなら隠せばいい』と言われた男は、道化になることにした。
化粧を落とし、普段着に着替えた男は会場を去ろうとする。
その時
「おーい。ちょっと待った」
男を拾った富豪が声をかけた。
「明日お前非番だったよな?」
男は頷いた。
「ちょうどよかった。明日うちでクリスマスパーティーを開くんだ。ピエロとして出し物をしてくれないか?」
明日はクリスマスイブだった。
男は少しでも恩を返せるかも。
とその申し出を受けることにした。
富豪は時間と場所を書いたメモを男に渡し、去っていった。
『明日は頑張るぞ!』
男は気合を入れて帰路についた。
十二月二十四日──
男は富豪の家に到着した。
まるで西洋の城のような豪邸に男は驚いていた。
季節ももう冬。
外は凍えるほどに寒い。
男は豪邸に入り、富豪に会って、男は準備を始めた。
化粧はいつも以上に気合を入れて、ネタの準備もバッチリだった。
そして──道化の名前が呼ばれた。
「今夜のパーティーのサプライズゲストです!『道化のテニー』」
男は沢山のスポットライトの当たる舞台に出た。
化粧で染めた笑顔を崩さず。
一度客の顔を見てネタを始める。
とても順調だった。
適度なスキンシップも欠かさず、会場の観客は笑っていた。
いよいよ大詰め。
そんな時だ。
男の頭上から大量の水が降ってきた。
化粧は落ち、衣装もずぶ濡れだ。
男は困惑した。
一体誰がこんなことを。
答えはすぐにわかった。
「みんな見ろよ。これが道化の本当の顔だぞ!」
それは何度も聞いた声だった。
男を拾った恩人だった。
化粧の落ちた『道化のテニー』を指差しながら富豪は大きく笑った。
それに合わせるように男の前に座っている客も笑い始めた。
それはその日一番の笑い声だった。
男は思った。
『今日自分を呼んだのは客を楽しませるんじゃなくて、自分を笑い物にするためか』
数世紀前。
小人症や知的障害者を『奴隷』としてそばに置く習慣があり、これらを『愚者』としてペットのような感覚で『飼う』貴族がいた。
今の状況はまさにそれだ。
と言うことに男は気づいた。
男の中に沸々と湧き上がる感情。
怒り──
悲しみ──
憎しみ──
沢山の負の感情が男を包み込んだ。
男はもう──動いていた。
ネタで使った大きな剣を富豪の首元に三回、
胸元に一回、腕に二回。
計六回刺した。
パーティーの会場は阿鼻叫喚の嵐だった。
客は外に出る者、蹲る者さまざまだった。
男は一人も逃さずに全員刺した。
客が呼んだのだろうか警察が到着した。
到着した警察たちは驚愕した。
豪邸の玄関から一人の道化の下まで一面 『血の海』だった。
しかしそれ以上に警察が驚いたのはその道化の顔だった。
落ちかけた化粧の下にひっそりと浮かぶ。
その男の満面の笑みに。
その後数機のヘリコプターが到着し、一斉に男を照らした。
沢山の警官は照らされた男に銃を構える。
音を聞いてやってきた近隣住民の野次馬。
『動くな!』と声を荒げる警官たち。
『なんだなんだ?』とヤジを飛ばす住民達。
沢山の声が飛び交い、人一人の声は届かないような状況。
そんな中『男』の声は客の耳に鮮明に届いた。
「メリークリスマス」
血の海という舞台の上で、
笑顔で、
静かだが、ドスの効いたその声を聞いて客は気圧された。
沢山のライトの中。
一人の道化が笑みを浮かべた。
沢山の『客』を前にして。
舞台の上で道化は笑う 文月 いろは @Iroha_Fumituki
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