第2話 現在

「どう、うまくいった?」


「……よく、わからない」


 そう、とだけ言って私の隣に座る少女は雲一つない空を見上げた。


 私は武蔵野中央公園に来ていた。周囲から、滑り台やDNAのようにねじれた雲梯で遊ぶ子供たちの嬌声が聞こえてくる。至って平和な日曜の昼下がり。この子たちは恐らく知らないだろう。何十年も前にこの地で多くの人が亡くなった事実を。


 この地は元々、中島飛行機武蔵野製作所が建設されていた場所だ。飛行機はロマンに満ち溢れている。それこそ、遠い異国に旅立ってみたり、客室乗務員として流暢に外国語を操る自分を想像したり。大空は無限であり、人々の空想や未来に翼を与える存在が飛行機だ。

 でも、それは平和な時に限った話だ。互いの正義がぶつかり合うと、時にそれは兵器となり顔も知らない誰かの命を奪い、大切な人の命を守る剣にも変わる。ここは、兵器となった飛行機製造工場を焼き払うため大量の爆弾が投下されて、220名の尊い命と266名の負傷者を出す、悲劇の中心となった跡地だった。

 

 こうして呑気に女子高生をしている私には無縁の話だと思っていたが、争いが産む悲劇は今も世界各地で起きている。現実に接していないだけだ。そして、今の私は若さをもて余しただけの身勝手な存在だ。


 両親と喧嘩して、目も合わさずに外に出た。居心地の悪さに外の風に当たろうと、近所にあるこの公園に来ていた。喧嘩の理由は進路のことだ。あの時は妙にムキになってしまい私から突っかかってしまった。落ち着いて秋の風に吹かれていると、頭の熱は冷めて随分冷静になった。

 うん、私が悪い。自分の想いのみが先行してしまい、聞く耳を持っていなかっただけなのだ。帰って謝ろう。そう思い、腰掛けたベンチから立ち上がろうとした時に、今、私の隣に座る少女に声を掛けられた。

 第一印象は、やけにスカートが短いな。それに、色の無い瞳をしている。真っ赤な口紅が白い肌に目立ち、その存在に吸い込まれるような力強さを感じてしまった。

 少女は私を引き留めるように隣に座ると、透き通るような声でこの地で起きたことを静かに語りだした。

 最初は、早く帰りたいな、何でそんなこと私に言うんだろう、など頭の中を不思議な感覚が巡った。だけど、いつしかその柔らかな語り口調に引き込まれて聞き入ってしまった。少女は一通り喋り終わると、白く小さい手を私の目の前にかざした。 

 太陽の光が遮られて、視界が彼女の右手に覆われる。



「今から一緒に夢を見よう」



 その甘い吐息とともに私は気を失い、世界は白一色になった。


 気が付くと何十年も時を遡り、一人の少年と対峙していた。全てが朧気の中で、彼女という器の中に私が憑依して追体験をする。あのような調子で少年に迫る危機を伝えたのだが、果てして上手くいったのだろうか。あの少年は無事だったのだろうか。私は少年に『何か』を伝えられただろうか。

 少年のその後を見届けることなく、再び彼女と手を取り、時の回廊を走り抜ける。眩い光とともに、あらゆる歴史が目の前に映し出されては、一瞬のうちにこの胸を通り抜けて過去となっていく。

 目が覚めると先ほどまでいた武蔵野中央公園のベンチにいた。

 こうして現在に戻っても、私は強い焦燥感に駆られて、居ても立っても居られなくなった。そんな不安を掻き消すように、隣に座る彼女は微笑む。


「あの子はね、あなたのお祖父さんよ」


 その瞬間私は全てを理解した。誰かに何かを伝えたいという想いは大気を震わせて、光の粒となり、時間の流れさえも超越していくのかもしれない。そんな非現実な空想に心が酔ってしまう。

 少女はそっと私の手に触れた。


「これから先、あなたにだって試練は訪れるよ」


 その言葉を最後に彼女はふっと消えた。悠久の風が木々の葉を揺らし、彼女の声が聴こえてくる。



――でも、忘れないで。未来を描くことで今が始まるよ。



 全てが繋がる命の中で、私は夢見心地に目を閉じる。


 きっと私は大丈夫。

 

 なぜか、そんな確信めいた光が胸に宿った。


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無間少女と白昼夢 小林勤務 @kobayashikinmu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ