後日譚

「あら?生徒は屋上に来てはいけないよ」

「あっ……。先生」

 あの日の私と同じように屋上の縁に立ち、自殺しようとしていた少女がバツが悪そうにこちらを向く。

「自殺しようとしている子がそんな表情をするものじゃないわよ」

 全く。

 最近の子は自殺を軽々しく考えるから嫌になるわ。

「と、止めないんですか?」

「……私には止める権利がないしね」

「権利がない?」

「えぇ、そうよ。でもね。止める義務ができてしまったのよね。先生になったことでね。翔琉。お願いできるかしら?」

「りょーかいです!」

 上でふわふわ浮いて見ていた翔琉が手を伸ばす。

「え。え?え!な、なにこれ!きゃ!」

 勝手に動き出した自分の体を前に悲鳴を上げる。

 だが、体は動き続け柵を越え戻ってくる。

「ふぅー。屋上は私の居場所なのよ?勝手に入ってこないでくれるかしら?」

「いやいやいやいやいや!今のなんですか!?」

「……自殺した地縛霊がここにいるのよ」

「地縛霊!?」

 体をぶるりと震わせ、あたりをキョロキョロと見渡す。

『上だよー』

 突如頭に声が響く。

 翔琉の声だ。

 むぅ。

 少女はビクリと驚き、上を見上げる。

『やっぱ、目に映らないかー』

「え!?だ、誰ですか!」

 翔琉は少し残念そうな声を上げる。

 翔琉には私だけいればいいと言うのに。

 私は少女の顔を掴み、上を向かせないようにする。

「翔琉は私のものよ。あなたが翔琉の姿を見せることも。あなたが翔琉の声を聞くことも許さないわ」

『おや?僕は別に君だけのものになったつもりはないよ?僕は童貞を捨てたいただの地縛霊だからね。まぁ別に童貞だから現世に残っているというわけではないと思うけど』

「ふふ。別にいいと言ってるでしょ?童貞を貰ってあげても。あなたのその肉棒で私の膜を破ってくれるのを望んでいるって話さなかったかしら?」

『……実体化できるように頑張るわ』

「えぇ、頑張って頂戴」

「せ、先生には見えるんですか?」

「えぇ。私がここで自殺しようとしたときに見えたのよ」

「え!?先生も自殺しようと!?」

「そうよ。それを翔琉、地縛霊に止められたの」

『そうだよー。いやー、懐かしいね」

「話さないでくれるかしら?翔琉の全ては私だけのものなのだけど」

『別に僕が誰と話そうが僕の自由だと思うんだけどなぁ。でも、僕が一体何者なのか。話しておかないと思わない?』

「そうね。でも私が説明するわ。だから翔琉は話さないでくれるかしら?」

『はいはい』

「翔琉?」

『え!?返事すらだめなん?」

「翔琉?」

『え、あの』

「翔琉?」

『………』

「それでいいわ」

 全く翔琉が他の女と話していいわけがないじゃない。

「あなた。人間の魂って何か知っているかしら?」

「え?魂?……うーん」

 少女は難しい顔をして考え込む。

「別に考える必要はないわ。あなたの答えなんて求めていないから」

「え」

「人間の魂って電気らしいわ」

「電気?」

「そう。電気よ。翔琉が言うにはね。あなた。生体電流って知っているかしら?」

「生体電流?」

 少女は首をかしげる。

「その様子じゃ知らなそうね。生体電流はもともと私たちの体に流れている微弱な電気のことよ。休みなく機能している臓器、血流などカラダの機能全てを自動的、恒常的に動かしてくれている電気で、私たちが生きていくためになくてはならないものなのよ。覚えておきなさい」

「はい!」

 あら?真面目ないい子ね。

 関心だわ。

「それで話を戻るけどね。生体電流を出している電源。それが人間の魂だそうよ。そして、生まれたときから電源の形は決まっていて、成長することがない。簡単に言うと、電源に努力という電流がなかったとしたらそいつは努力をすることができないの。生まれたときからその人の成長限界は決まっているってことよ」

「そ、そんな」

「そして、死んだら電源が空気中に放電されることがあるらしくてね。それが幽霊なのよ」

「な、なるほど」

 少女はまだ飲み込めていなそうだ。

 まぁ、別にこの子は私が担当している生徒じゃないし適当でもいいわよね。

「それで幽霊は勝手に他の人の体に電流を流して他の人に干渉するの。幻覚や幻聴を見せたりね。さっきのは勝手に翔琉が君の体に動くように電気を流し指示した結果よ」

 あの日、私が感じた温かさも私の錯覚さったということよ。

 これを聞いたときはショックだったわ。

「な、なるほど」

 うん。

 半分くらいしかわかっていなそう。

 いや、理解を拒んでいるのかしらね?

『というわけなのさー』

「翔琉?」

『ほら、なんか僕だけ除け者にされているようで嫌じゃんか?』

「翔琉?」

『いや、ね』

「翔琉?」

『……』

「それでいいのよ」

 全く翔琉は浮気性なんだから。

「それで?君はなんで自殺なんか?一応先生をやっている身として聞いてあげるわ。安心して頂戴。すべてのことは翔琉がなんとかしてくれるわ」

 電流を操る幽霊は最強なのよね。

「実は……」

 少女はゆっくりと話し始めた。

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自殺願望少女とド変態さん リヒト @ninnjyasuraimu

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