第48話 生まれる前から軽んじられる
その問い掛けに広大の動きは止まった。
フォークを置く。
そして多歌が用意してくれた珈琲に口をつけた。
「――勘だな」
「そう」
多歌は頷いた。
「まずそこから説明してくれる? これからどうなるのか? そういう勘なんだよね? だからコーダイくんは不安になってるってことで良いのよね?」
「……凄いな。お見通しだ」
「これだけ話してくれればね。それで――」
「このままAに行ってしまったら、戻って来れない気がするんだ」
広大は自分の勘を簡潔に説明した。
しかし、その勘が意味する事とは「Bの消失」であり、即ち「多歌の消失」になる。
では広大にとって世界が入れ替わるきっかけとは……
「……眠れないね」
「そう眠れない。眠いんだけど眠れない。お腹をいっぱいして……なんて理由は今、考えたんだけど、眠るタイミングは
「コーダイくんが、迷ってるのもわかる」
またあやふやになりかけた広大を多歌が強い口調で断定した。
さらに続ける。
「それで、良いことをしてるから、それで報われるように……Aに戻りませんように。そういう理屈だね」
「人からそう言われると……何をしてるんだ、って思うな」
やはり諦めたように、広大は独りごちた。
「――その辺りね」
再び、多歌が断言した。
「何が?」
広大としては、そう応じざるを得ないだろう。
「コーダイくん、何でもある一定のところに来ると突き放す……って言うより、自分の望みを捨てるよね。いや、後悔をしたくないという想いがあるのかな」
そんな情け容赦のない多歌の分析に、広大はただ淋しく笑うだけ。
肯定であるのか。
それとも――
「――僕はどうも両親の『不倫』という関係性で生まれてきたらしい」
不意に広大が告白した。
突然のことに、その告白を受け止めきれない多歌。
ただ、声だけは抑え込んだ。
「もちろん、そうと教えられたわけではない。でも苗字が変になっていたり、思い出せる傍証は沢山あるんだ。それを踏まえて記憶を探っていくと……やっぱりどこか変なんだよ。親戚の対応も。それに母親の様子も」
「それ……は……」
声を絞り出す多歌。だが、そこから先が続かない。
「最初はやけに慎重に。そういう期間が過ぎると、何だか下に見られてるんだよな。親戚の集まりとかで。わかりやすい例を挙げれば、気付けば僕の持ち物や本とか、そういうものが無くなっていたりするんだ。目の前で取られる事も。それを母親は『仕方ない』と言って諦めさせるんだ」
その告白で、多歌の脳裏に浮かび上がる、広大の言葉、仕草、それにこの部屋の様子さえも意味を持ち始めた。
広大は――自分の物を持ちたがらない。
窺える読書量だけでも、もの凄い数になるのに。
だけど、広大の部屋に本棚は無い。趣味らしき物も無い。
買おうとしていたコンポも、最初からミニコンポだ。
穿った見方をするなら、それからも「どうせ無くなるのだから」という諦めを感じとれるのではないか?
だが、広大は「欲」がないわけではない。
欲しいものがあり、それが奪われる経験が多かった――だから最初から諦める。
それでも、どうしても欲しいものがある時は、努力して、運を味方に出来るような行いを心掛けて……
「――こんなところが僕の思う『原因』だな。他に思いつかない」
多歌の混乱、あるいは迷いが収まるのを見計らって、広大が告げた。
恐らく原因はそうなのだろう、と多歌は心の内だけで頷きを返す。
「広大に何の責任も無い」と励ます――などという発想は多歌にはない。
それは効率的ではないからだ。
まず多歌は広大の目の前でわかりやすく補助線を引いた。
おかしくなっている広大はそのままで良い。
解が無いのが解――そんな式は時々現れるし、広大も
では、その状態を利用して他の解法を模索する。
城倉の情報を提出する。
今の広大の告白の代償ではなく、あくまで解法の一環として。
城倉という男がどんな人間であるか? ――それは広大も想定出来てはいないだろう。
ある意味では、広大の真逆の
再び多歌が補助線を引いて広大を再分割。
それに「運」の解釈――多歌はそれを念入りに分解していった。
つまり広大はどうなれば「運が良い」事になるのか定義していない。
だから、これほどおかしくなるのだ。
しかし逆に言えば、それが広大の「隙」だ。
その隙に付け込んで、多歌が望むこと。
それは――
「……ああ、わかった」
解に至り、多歌は思わずこぼした。
その声に誘われる様に多歌の瞳が真っ直ぐに広大を捉える。
「…………何が?」
その視線から逃れるように、身を縮込ませながら広大が辛うじて問い返す。
「その説明は後回し。とりあえずケーキやめよう」
「え? いやさっぱりわけが……」
「わけのわからないまま、私を引っ張り回したコーダイくんの文句は受け付けないことになってるから」
「いや、ケーキ……なんでもない」
恐らく、何故いきなりケーキを残す事から始めるのか?
その理由が広大には想像出来なかったのだろう。
もっともこれに関しては、多歌も「そういうものだろう」と“あたり”を付けているだけなのだが。
その“あたり”は、続いてこんな指示を広大に出すように多歌に告げた。
「次は、お風呂ね。シャワーじゃ無くて、ゆっくり温まって」
「あ、ああ。じゃあ、締めなんだな」
どこかホッとしたような表情を見せる広大。
もちろん、ここで多歌の企みは終わるはずは無いのだが、それを伝えて広大を緊張させては話がおかしくなる。
多歌は無表情を心掛けて、折角用意したコーヒーを一口含む。
苦い。
砂糖を入れ忘れている。
こういう事は、まったく自分向けじゃ無い――人を嵌めるなんてことは。
そう再確認した多歌だったが、ここで「やめる」という選択肢は選べ無いのだ。
そのあと二人は、順番にお風呂を使いながら、細々したことを片付ける。
広大はニュースや二瓶からの連絡を待っていたが、動きはない。
巻目が動いていたとしても、そこまで早急に結果が出るのか――それは見当もつかないのだ。
出来る事は確かにやり終えた。
……と広大は感じているが、それはやはり「勘」でしかない。
そんな風に焦れる広大に、風呂上がりでTシャツ姿の多歌が声を掛ける。
いや、そんな軽い調子で説明出来る雰囲気では無かった。
何しろ多歌はこう告げたのだから。
「――城倉
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