第47話 存在を賭けたレース
「まず最初に、世界は分裂した。城倉の“シュレディンガーの猫”のせいで。これだけだと、どちらでも戸破多歌は終わる。そういう風に計画されてるんだからな。でも、ここに“まぎれ”が割り込んだ。その“まぎれ”でヒバリさんが無事なままの世界が残った――いや出現した」
広大は話し続ける事自体が目的である様に、訥々と。
「それはラッキーだったとして、次はその状態がずっと続くものなのだろうか? ――という疑問が当然出てくる」
「…………」
多歌は無言でケーキを切り分けた。
広大は食べ終わりそうだが、多歌の前のケーキは半分ほど残っている。
限界なのだろう。
色々な意味で。
「そこで改めて、城倉こそが“観測者”であった場合。どの世界を実在のものと観測することになるのか……ここから先は全部賭けなんだ。それを僕は勝手に実行に移した」
「勝手……ではないよ。コーダイくんはもう限界なんだと思うし」
広大の自暴自棄とも思える発言に多歌は反応した。
それに笑みを見せる広大。やはり諦めたように。
「じゃあ……せめて説明だけは――城倉を決定的な状況に追いやれば、その世界を認識するのではないか? いや、そういう衝撃を与えるだけでも良いのかも知れない。この仮定に従えば――」
「悪巧みがバレる――『逮捕』だね」
多歌が広大の推測に先回りして言葉を添える。
「Aの私も、そういう状態になって、後悔だけを残して『虚数』になった。確かにその解決法は可能なのかも」
「実は、現実的でもあると思ってるんだ。Aの世界では警察の動きが鈍い。戸破多歌は実行犯としても、黒幕がいるんじゃないかと警察が考えている可能性があるんだ。このままだと、城倉はAで『逮捕』され、そこで世界は固定される」
「そっか……そういうことになるのね」
「現実的というのは、城倉のやった事は早かれ遅かれ警察にバレるだろうって事なんだ。Aではね。Bはそこまでの事件になってないから――」
「――ハッタリでも何でも良いから、巻目さんを警察に向かわせなければならなかった」
「そう。城倉を『逮捕』させるために。でも……」
広大は言い淀んだ。
「どうしたの?」
「巻目さんを追い込むために、Aの世界で情報屋と取引した。多分、これで城倉はAでも予想より早く追い詰められる可能性が高い」
「……コーダイくんは、何を取引に使ったの?」
「城倉が隣の部屋にいたかも知れないって」
「で、貰った情報は?」
「巻目さんの交友関係」
「ああ、それで……」
多歌は巻目の部屋でのやり取りを思い出した。
そして再検証する。
結果は検証するまでも無く、決まっていた。
他に方法は無い――巻目を脅すためには。
そしてそれは多歌を助けるためで……
「すまない、ヒバリさん」
突然、告げられた広大からの謝罪。
「僕は自己満足のためだけに、Bのヒバリさんを危険な目に遭わせている」
「自己満足って……おかしいよ、コーダイくん」
この時初めて――
多歌は、広大の明らかな異常を観測した。
「そうかな? 僕は良くない結果を怖がっているだけだ。ここでヒバリさんを見捨てるという悪行……悪いことをしたくなくて、それでヒバリさんを消してしまうかも知れない方法を選んでいる」
広大は親指をカクンと逆に曲げた。
「ただ、自分が悪者になりたくないって、そんな自己中心的な感情で」
「どうしてそんな風になるの!?」
たまらず多歌が声を上げた。
「コーダイくんは、私を助けてくれて、今も助けようとしてくれてるんだよ? そういう考え方で良いじゃない!」
「でも僕の考え方でも、理屈は通るはずだ」
あまりに冷徹な広大の判断。そして多歌もそれを否定することが出来ない。
「多歌」が「多歌」であるからこそ。
「それは……そうなんだけど」
「それに運任せは……というか良いことをして運をためておかないと、僕は眠れそうに……」
「――ちょっと落ち着こう」
広大の言葉にとりとめがなくなっていた。
バス停――いやもっと前からなのだろう。
おかしくならないはずはないのだ。
二つの世界を行き来するなんて生活は。
その上で、広大は懸命に動き続けていたのだ――多歌を救う。
ただ、それだけのために。
多歌はまず、それを強く想う。
そして、冷静さを心掛ける――いや思い出す。
「コーダイくん、ケーキいる?」
「え?」
「まだ食べたい? まだあるよ」
「いや、それはヒバリさんのだし……」
「と言うぐらいだから、食べたいのね。コーヒーもおかわり用意するから。一度仕切り直し。良いね?」
「あ、ああ……」
多歌は勢いよく立ち上がると、まず広大の前の皿と、マグカップをまとめる。
「あ、洗い物――」
「私がやるから。コーダイくんは座って、冷静さを取り戻して」
多歌は猛禽の眼差しで広大を見据えた。
「それで、自分のおかしさを理解して。部分部分は正しい理屈に見えるけど、トータルだとおかしくなってる」
「そう……なのか?」
「原因――あるんでしょ? 私が言うのもおかしな話だけど」
多歌の言葉に反応して、顔を上げる広大。
しかしすぐにふて腐れたように顔を背けて、譲られたチョコケーキを切り崩した。
多歌はため息をついて――広大の食欲に呆れただけではないだろう――流しの前に向かう。
時間を置くために、丁寧に皿とマグカップを洗い、すすいだ。
コーヒーは広大のものだけでも良かったが、それでは広大を萎縮させると考え直し、自分の分も用意する。
そしてこの時間の間に多歌もまた覚悟を決めた。
だが、これを今、宣言しては取引と思われるだろう。
多歌としてはそれを避けたい――いや、冷静さを取り戻してくれている広大なら……
広大の様子を窺ってみると、さすがに食べるペースが落ちてはいるが、まだ食べられるらしい。
冷静――なのかどうか。
多歌は、もう一度呼吸を整える。
そして両の手それぞれにマグカップを持って、広大の前に戻った。
「――ありがとう」
マグカップを差し出された広大が多歌に礼を言う。
当たり前とも言えるやり取り。
しかし、それだけで多歌の頬は不意を打たれたかのように赤く染まってしまった。
「……さすがに食べ過ぎな気もするよ」
「それは……まぁ、僕のせいだな」
誤魔化すように広大に注意する多歌に向けて、それでも広大は丁寧に応じた。
いつものように、諦めて。
それで多歌も覚悟が決まった。
マグカップを差し出し、広大の正面に座るといきなり始めた。
「――何かまだ心配事があるんだね? それは何か理屈があるの? それとも勘?」
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