第45話 順番を間違えた謎解き

 二人の目の前にあるホールケーキを表現するのなら、乱雑と整頓。

 広大の前のホールケーキはボロボロと崩れ落ちそう。

 一方で、多歌の前のホールケーキは綺麗に切り分けられていた。

 頭の中は逆――いや、これはこれで二人の脳に沿っているのかも知れない。

「じゃあ、やっぱり推理とかじゃないの?」

「違う」

 モソモソとケーキを食べながら、広大は断言した。

「AとBで集めた情報を繋げ併せて、それっぽくなるような『デマカセ』をいくつか用意していたんだ」

「って事は、あの場所に行った時に色々確かめていたのは……」

「そう。『デマカセ』のどれが使えるのか確かめていたんだ」

 チョコケーキをフォークで切り分けながら、多歌は一瞬考え込む。

「それで――コーダイくんの仮定はいくつ見送ったの? 最初に考えてた通りにいったんじゃないの?」

 カチン、と硬質な音が響いた。

 広大のフォークが、空振りしたのだ。

 だが多歌はそれで手を緩めることはない。それ以上に視線を強めて、広大を睨む。

「…………最初の想定で最後まで行った」

「それって、推理って言うんじゃない? それも名推理」

「その呼び方には違和感があるな」

「何が気に入らないの?」

「隣の声が聞こえるかどうかは確認できなかったし――」

「待って。その前に准教授せんせいが隣にいるなんて事、どうやったら思いつくの?」

「それは、さっき説明したAの情報があるだろ?」

 誰がAの多歌を通報したのか? という疑問は確かに引っかかる部分だろう。

 それを聞いた多歌は、相変わらずAの「自分」を他人事のように処理して頷いた。

 それに頷きを確認した広大が続ける。

「でも、こんな当たり前の疑問、警察だって簡単に気付くと思うんだよ。それなのに現場に近いところにいるけど……ちょっと待って」

 突如チョコケーキをがっつく広大。

「ど、どうしたの?」

「AとBがごっちゃになってるから、説明しにくいんだよ」

「ああ……それはね~」

 多歌は補助線を引っ張ったが、

「何とかついていくから。気にしないで」

 妙案は出てこなかったらしい。

「……それしか無いか。まず、どうにかして城倉は淵上さんを除く必要があった」

 そんな多歌の言葉を受けて、広大は出し抜けに始めた。

「う、うん」

「でも、そんな事、安易にやったら警察にすぐ捕まる。少なくとも五日、じゃなくて四日は粘れるぐらいの小細工は行ったんだろうと思ったんだ。現実に沿わせるためにね。直接手にかけるのは当然無茶。遠隔でやるにしても――やれたとしても、電話なんか無理。内容はともかく通話記録は残ると思うし」

「それ……いいや。それで?」

 何かを言いかけた多歌がすぐに撤回する。

「そこから先は複雑な話じゃ無いよ。隣の部屋なら、出来るんじゃないか? 隣から覗ける――覗かせることが出来るんじゃないか? っていう僕の希望があって“城倉が隣にいる”という条件をAに持ってくると――」

「正体不明の通報者がいるっていう謎も解ける……のね」

 その結論に酸味を欲したのか、多歌はケーキに載っていた苺を咥えた。

 そして、奥歯ですり潰す。

「で、こっちではそもそも自殺……ああ、確かにこれ混乱するね。私でもこうだもん。コーダイくん、頑張って」

「説明を……」

「だから頑張って」

 その言葉を受けて、広大も苺を囓った。

「自殺で処理されてる状態なんだから、こっちではそもそも事件になってないんだ。情報屋が動いたから巻目さんがビビる可能性もあったのは間違いないけど、今日全部揃ってたのは……ラッキーなんだろうな」

「そうか。巻目さんがいないと、部屋には入れないもんね。間違いなくラッキーだよ」

 そこで多歌はフォークのクリームを舐めた。

「それに……ううん。あの梁の跡はラッキーでもなんでもなくて、コーダイくんの推理の正しさを証明してるじゃない。悪巧みが行われてないと、梁にあんな跡つかないでしょ?」

「それは……まぁ」

 渋々、それを認めた広大。

 そこで、一斉に多歌が攻めかかった。

「それに、コーダイくんが気にしていた『ブランコの詩』も、確かに意味があったってことよね? これも凄いじゃない」

「あれは、一番のでっち上げだ」

「でも、でっち上げる必要があったって事よね」

 多歌の鋭い指摘に、広大はコーティングされたチョコを砕くことで応じた。

「単純に自殺するように命令するだけでは、どう考えたって従わないと巻目さんだって思うだろ? いや、そういうことが出来るような関係だったかも知れないけど、それはさすがにわからないし」

 今度は多歌が黙り込んでしまった。

 広大は構わず続ける。

「あの詩が、淵上さんにとって大事なものっていう情報は、沢山出ていたからな。二人の関係が長期間続いているのなら、あの詩はずっと二人には意味があったと考えてもいい」

 そこで広大は親指をカクンと逆に曲げた。

「……あるいは、淵上さんが意味があると思い込もうとしていたとか。あの詩に執着していたって事は、逆に言うと意味が失われようとしていた、という可能性もある。だから彼女は抗った。“これは特別なんだ”って」

 広大はチョコが欠けるのもお構いなしでチョコケーキを切り崩すと、大きな欠片のまま口の中に頬張った。

 そんな広大を見つめながら、多歌は沈黙を守る。

 広大は仕方なく、ケーキをコーヒーで流し込むと、話を続けた。

「城倉はそれにへ……嫌気が差していたんじゃ無いのかな? だから、その詩を淵上さんの前で口にすることは、しばらく無かった状態が続いていたと仮定する。で、そういう“おあずけ”な状態で、あの詩を遺言代わりに心中しようというのは――」

 今度は白いクリームのケーキを押しつぶしてゆく広大。

「なかなかに文学的なんじゃないかな? 僕にはその辺りがよくわからないけど。何よりこれで、巻目さんは納得しそうな『デマカセ』が完成したことになるし、それはヒバリさんも賛成してくれた」

「ね、コーダイくん」

 据わった目で広大を見据えながら、多歌は呼びかける。

「やっぱり、この説明の仕方には無理があるよ。私も悪いんだけどね。知りたがる順番がおかしかった。これじゃ前提となる公式が証明されてないのに解を求めるようなものよ」

「証明出来るような物は、今だって一つもない」

「でも、思いついたことはあるんでしょ?」

 多歌はチョコでコーティングされたケーキの上に、フォークで補助線を引いた。


 ――「ねぇ。どうしてコーダイくんは二つの世界を行き来することになったと思ってるの?」

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