9/4-A

第28話 コンポを組み立てる。 ※

 窓から差し込んでくる陽の光は、午後の愁いを帯びていた。

 雨になるのかも知れない。

 今、広大の部屋には誰もいなかった。

 ベッドの上には、丸められたシーツ。テーブルの上にはマグカップとペットボトル。

 片付けられているわけではないが、乱雑という程ではない。

 空調が唸る音が、静かに部屋に満ちる。

 やがて扉から解錠の音が響いてきた。

「……先に入ってくれ。いや僕から入るか。つきあってられない」

 広大の声だった。

 部屋の主が帰ってきたようだ。

 夏場の定番とも言える白地のTシャツにジーンズ姿。

「それはお前が寝ぼけた事言うからやろ? 何でもかんでも京都にすなや」

 応じた二瓶は、レモンイエローのポロシャツにチノパン。

 広大がぶら下げていた段ボールを受け取りながら、二瓶が相変わらずの妄言を垂れ流している。

 何についてやり合っているかというと、それはもちろん“情報屋”佐藤好恵についてだ。

「正直に言おう。区別がつかない」

 スニーカーを脱ぎ、今度は二瓶から段ボールを受け取る広大。

 すると、二瓶は小さな薄い段ボールをさらに二つ持ち込んだ。

「まぁなぁ。正直、京都だと見抜いただけ、東のモンとしてはたいしたもんやけども」

「褒められている気がまったくしない」

 今度はその小さな段ボールをまとめて受け取る広大。

 それで、ようやく二瓶が靴を脱ぐことが出来た。

「やっぱり涼しいなぁ。クーラー入れっぱなしでよかったんか?」

「せめてこれぐらいは。それに強烈にかけてるわけじゃ無いしな」

「安うつく、ちゅう話もある」

「確認しようにも、比較は無理だ」

「それでは、何故向こうの俺が犯罪者に優しい町(※注1)と言いだしたのかの説明をやな……」

「もう聞いた」

 車中で、散々に演説ぶたれていたのだ。

 だが、今は黙って付き合う必要も無い。

 他にやるべき事もある。

 そう。

 これからミニコンポのセッティングだ。


 広大と二瓶の定期連絡はあっさりと終わった。

 広大は二瓶の部屋に泊まったわけではなく、普通に多歌のいない自分の部屋で目を覚まして。

 つまり今はA。そして、


 9/4

 

 だ。

 今回は、特に寝坊することもなく普通に目覚めた。

 何もかもに法則性を見出そうとするのは間違いなのかも知れない。

 しかし、9/3-Bの記憶はしっかり残っていた広大は、二瓶に多歌についての情報を送る。

 直接、広大と好恵の間に連絡先の交換は行われなかったからだ。

 当然の処置だろう。

 広大と直接アプローチ出来るなら、好恵は多歌との繋がりを奪いに来る。

 それは二瓶の保証付きだ。

 もちろんそれが二瓶にとっては当たり前の偏見であったとしても、好恵が奪おうとしてどうにもならないだろう。

 Aにおいて、広大は多歌と接触していないだから。

 どんなに好恵が広大をつけ回しても、影すら見えないのだから。

 だからといって、それがきっかけとなって、好恵が広大が陥っている現象にたどり着けるとも思えないが……

 とにかくあいだに、二瓶を挟むことで好恵に連絡が行ったわけだ。


「やから、お前にとって肝心な所はスピーカーやろ?」

「う、うん」

「やったら、本体の場所なんかどうでもええねん。問題はスピーカーのセッティングや。そんなベッドの端っこに埋め込んでどないすんねん?」

「寝てるときに、ダイレクトに味わえるんじゃないかと……」

「だぁほ! しっかり音と正対せぇ。何を甘い夢みとんねん。俺の部屋がそんな事になっとったか?」

「してないです」

「俺がおらんかったら、スピーカー直接床に置くつもりやったわけやし、ほんまに」

「まさか専用の台が必要だったとは……」

「ええから。そこのコード繋いで――」

 そして、二瓶が広大の家に向かうことになったわけだが、途中でミニコンポを購入する流れになってしまった。

 二瓶が好恵に連絡を取った結果、今晩再び会うことになったわけだが、それまでどう待とうか? という問題が生じてしまい、広大がコンポを購入することを思いついたわけだ。

 コンポを買うとなれば、二瓶は自然と面倒を見ることになるし、そのついでにあれこれ報告したり、話し合うことも出来る。

 うってつけ、とも言えるだろう。

 最初はどうしてもセッティングにかかり切りになるが、一段落すれば、今度は調整だ。

 広くもない部屋で、なんとかベストポジションを探そうと四苦八苦。

 その合間に――

「随分、情報屋が乗り気でな」

「普段からそうじゃないのか?」

 スピーカー台の上のスピーカーを微妙に動かしながら、二人は本題とも言うべき問題に取りかかっていた。

 まずは、好恵の反応についてだ。

「普段は知らん。やけど、何やオルガナイザー!(※注2) ……みたいな印象あるやろ? あの女」

「ああ、それは確かに。あの店、そこまでドレスコードがキッチリしてるわけではないらしいな。それでも、それっぽい格好させたのは、そういう雰囲気を持っている佐藤さんに対抗するためなんだろ?」

「誰に訊いた? ああ、俺やな。Bの俺。さすが俺」

 正解ではあるが、迂闊に同意したくない広大。

 話を先に進めた。

「じゃあ、何故そこまでやる気になってるんだろう? 話したんだよな?」

「ああ。電話越しに聞こえてくる声がもうな。お前がBから持ってきた情報がよほどクリティカルやったんやろ」

「クリティカル……になるか?」

「そこはあの女の別の情報と絡むんちゃうか? とにかく、こっちにも情報寄こせとは言っておいた。実際、ソースはこれ以上無いほど完璧やし、情報提供者も乗り気や。これはもう一次資料越えてるで」

「なんて言うんだ?」

「それは……その……あれや」

 零次資料――などとはさすがの二瓶も口に出せなかったようだ。

 あまりに中二臭くて。

「と、とにかく、あの女との駆け引きにも使い放題ちゅうわけや」

「使い放題はともかく、確かに有利だとは思うけど……」

 広大は親指をカクンと逆に曲げる。

 二瓶はその広大の仕草に気付いたのか、スピーカーの位置を直しながら話題の転換に着手した。


「――それで、戸破さんはマジでそんなのか?」


 と。

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※注1)

解説あった方が良いですか? あまりに地域が限定されるので……(今更)


※注2)

この場合、誤用に近いが広大と二瓶は「黒幕」というような意味合いで使っている。

立派な中二病患者である。

銀河英雄伝説外伝4巻「螺旋迷宮」が元ネタだろう。

ところで、5巻と6巻はまだでしょうか?

「オーベルシュタインのオーディン日記」と噂される……(妄想である)

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