第29話 多歌の奇妙な高校時代 ※

「でも、それである程度は説明出来るんだよ。一人称の問題も」

「それは問題ちゃう! 残念な話やなぁ」

 つまり、広大がBの世界で手に入れた情報とは多歌の過去というわけだ。

 いや、それは“手に入れた”と言うよりも、多歌から提供された、と言った方が正確なのだろう。

 それも含めて、多歌の話は色々とおかしな部分ばかりだった。


 多歌が提供した情報をまとめると、こんな感じになる――

 まず良い目安になるので「ボク以前、ボク以降」という区分が便利になるだろう。

 かつて推理小説ミステリーに使われた、

 「清張以前、清張以後」(※注1)

 というコピーよりは、区分がわかりやすいはずだ。

 では「ボク以前」がどうなるかというと、高校一年まで多歌は「わたし」であったらしい。

 ただその時点ですでに、多歌自身は自分の在り方に疑問を抱いていた。

 多歌は何もかも機械的に処理してしまう。

 決まったやり方があれば、それに従う。

 つまり誰かが決めた“やり方”にだ。

 そうなると、ふと立ち止まって考える事もあったらしい。

 「自分」はいったい何なのか? と。

 もちろん、衣服に凝るようなことも無く。

 むしろ無頓着であったらしい。髪も邪魔になれば切るぐらいで、ぼさぼさだったようだ。

 理科室にこもって白衣を着て、怪しげな発明をしている理系の女生徒――辺りが近似値。

 広大の尋問によると、どうもこの時の多歌は、いじめられていた、と言うよりは遠巻きにされていた、という状態だったらしい。

 真面目すぎる、と言うよりは躊躇いなく答えを突きつけるので、頼りにはなるが、友達にはなりたくない。

 ……恐らくは、こういった状況だったようだ。

 ただ、そういった多歌に声を掛けるものがいた。

 二年生になってからのクラスメイト。

 性別は女性。

 見た目は当時の多歌の真逆。

 色を抜きまくった髪に、意を凝らした複数のアクセサリーにネイル。

 もちろん制服にも手を入れ、化粧もしっかりと。

 ギャル、とまでは行かなくとも所謂「陽キャ」であることは確実だろう。

 高校二年生の多歌の前に現れたギャルは、多歌に「答え」を求めなかった。

 逆に、多歌に「答え」を突きつけた。

 多歌にとっては不条理としか思えない「答え」の数々を。

 それは概ね、お洒落、にカテゴライズされるものだったらしい。

 その中に「ボクっ」になるプロデュースもあったわけだ。

 多歌は今まで接触してくる者がいなかったせいもあって、ギャルの影響をもろに受けた。

 ぼさぼさだった髪をボブにまとめ、化粧も覚える。

 制服を無理に着崩すことはしなかったが、その反動か普段着はどんどん派手になる……というようなサイクルがあったらしい。

 と、ここまでは、普通の話だ。

 いや、ここから先も普通の話ではあるかも知れない。

 そのままギャルの交遊関係に組み込まれた多歌。

 その中には当然「男」たちも存在し、ギャルからは、その中の一人と恋人になりたいとの話を聞かされる。

 それを多歌は他人事のように聞いていたのだが、すぐに他人事では済まされなくなった。

 「男」が多歌に夢中になったからだ。

 その「男」は必然的に、と言うべきかギャルが狙っていた相手。

 多歌自身は、広大が話を聞く限り、その現象は理解したものの、何故そうなるのかが理解出来なかったようだ。

 広大としては、原因となる部分に目が向いてしまうのを抑えるのが大変だったわけだが、多歌は本当にわかって無いらしい。

 実に不思議そうに首を捻っていたのだから。

 多歌の理屈で考えれば、ギャルは自分が歩もうとしている道の先駆者であり、その後ろをついて回っている自分が何故好意の対象になるのかがさっぱりわからない、ということにある。

 好意の基準がギャル度しかないことがまずおかしいのだが、一種のインプリンティング状態だったのだろう。

 そして、多歌にとっての不条理はまだ終わらない。

 師匠と思っていたギャルが、多歌を突き放そうとしたのだ。

 これも理屈がわからない多歌。

 どうして無下に扱われる事になったのかが、多歌には理解出来ない。

 そのあとは、学校内でもかなり派手な修羅場になり――結局地元の大学では無く、関西にまでやって来ての進学を選んだ、という経緯らしい。

 このように申請されたか多歌の過去は、今の多歌の在り方をある程度は説明出来るし、多歌自身には嘘をつく発想もないことがよくわかる。

 ――なにしろ、もっとマシな作り話は出来るのだから。


「それはまぁ、わかりやすい友達やなぁ。友達ではないんやろうけど」

「僕もそう思ったけど、それは放置スルーすることにした」

「確かに今更言うてもなぁ」

 傍から聞いていれば、これほどわかりやすい話は無い。

 まずギャルが、自分の当て馬のために多歌を抱え込んだ。

 何しろ高校一年までの多歌は、実に野暮ったそうで、傍から見ていると孤立しているように見えたのだから。

 依存させてしまえば、ギャルの良いように扱うのも楽だったはずだ。

 それは今も継続中とも言える。

 何しろ、多歌が髪色に無頓着なことも、そういった“指導”が為されていない事が理由なのだから。

 ただ、多歌の容姿ルックスが群を抜いていたことが唯一のミス。

 そして最大のミス。

 その計算違いがギャルをさらに追い込んだのだろう。

 コンポのセッティングもケリを付けて、何となくまったりした時間を過ごす広大と二瓶は、そういう不穏当な結論に至っていた。

 だがそれも過去の話だ。

 その過去が今の問題に関与しているのかは、よくわからない。

 しかし、この情報で情報屋“佐藤好恵”が欣喜雀躍したという部分が――スマホ越しだが――どうにも広大には引っかかっていた。

「で、広大。これはこれで重要な情報やないか? 少なくとも戸破さんの為人はよくわかる」

「そうだな。実際かなり“変”だとは思った。けど今も混乱中とした方が良い部分もある」

 情報提供、と言えば聞こえは良いが、要は自分自身の切り売りだ。

 情報屋を満足させるために、多歌は自分で過去を提供した。

 そんな自身を突き放すような振る舞いは多歌の本質に関わる“変さ”であるのか。

 それとも混乱の最中であるのか。

 とりあえず二瓶は、「多歌は混乱している説」に与することに決めたらしい。

「……確かにな。その友達にプロデュースされた格好や『ボク』を続けようとしてる理由が、ようわからん」

「その辺は再現性を実地で検証しているらしい。ヒバリさんにとっては『ボク以降』の何もかもが理解出来ないわけだし。理系らしい……のかな?」

「んなアホな」

 情け容赦ない二瓶の評価に広大も頷いていた。

「僕もそう思うけど、それを否定してもやっぱり意味が無い。それに問題なのは、その検証の最中に事件が起きてるということになるからな」

「で、実際修羅場になった……変な具合に筋が通っとるな」

「Bではなってない」

「なりかけ、になっとるやないか。何がどうなってるのかわからんが、お前が連れて帰ったから修羅場にはならんかった。戸破さんがどういうつもりなのかはわからんが、これで事態の説明は出来るやろ?」

 その二瓶の指摘に広大は反駁する材料を持っていない。

 親指をカクンと逆に曲げる。

 そして、広大は二瓶に尋ねてみることにした。


「――ヒバリさんが言う、シュレディンガーについてはどう思う?」

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※注1)

松本清張氏の書く推理小説がすっかり推理小説の主流になってしまった事を指したコピー。

確かに、わからないでも無い。

この流れが変わるまでには「新・本格」の台頭を待たねばならないのだが、鮎川哲也氏もいたわけだし、やはり恣意的なものがあったと言えるだろう。

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