第27話 秘密の暴露 ※

 ビストロ・ナルトに向かうために使った交通手段はバスだった。

 それほど交通の便が悪いわけではない。

 問題だったのは、多歌をどうやって連れ出すか、である。

 理屈で言えば、別に連れ出す必要は無かったのだろう。

 これから広大が計画していることは、単独で行えることでもある。

 ただその場合、仕事に出かける広大を家で待つ新妻の構図が完成してしまう。

 ……事を広大が嫌がったわけではなく。

 嫌なことも確かではあったが。

 目的としては、多歌の行動半径を広げる必要があったからだ。

「ヒバリさんが、何を考えてるのかはわからないけど、この状況をひっくり返すには、どこかで外に出ないとダメだろう?」

「ま、まぁ、そうなるよね」

「で、実際、以前も外に出てるわけだ。家電量販店に行った時はどうということは無かった、ということになるね」

「…………」

「会う相手がマズイって事なら、今回はその時に会った二瓶だ。これはもう手遅れってことだろう」

 広大はこれ以上無いほど丁寧に多歌を説得する。

「僕はヒバリさんの住んでいるところは知らないけど、多分その周りがマズいんだろう? 家に“帰れなくなった”わけだし。それはこの一帯でもマズイのかな? いきなり街中で会ってしまうとか」

 多歌を怖がらせているのは、恐らく准教授だ。

 確定と言っても良い。

 それを確認したいところではあるのだが、多歌がそれを口にしない。

 広大はもどかしさを感じてはいるが、それを強引に確定させることは控えている。

 なにより、こちらでは淵上ひとえは「自殺」なのだ。

 多歌の「予断」に巻き込まれる可能性もあるし、それを確定させることが、この現象の解消に繋がるのかは、やはりまだ不鮮明だ。

 となれば、協力者たかの機嫌は斜めにしない方が良いというのが広大の判断だった。

 実際、それ以外、については多歌は協力的だと言っても良い。

 積極的でさえある。

 ならば、Aとの連携を重視させるためにも、多歌の引き籠もりを改善するべき、となり結局同じ結論になってしまうのだ。

 それは多歌の考えでも、同じ事なのだろう。

 結局は首を縦に振った。

「わ、わかった。コーダイくんが側にいるなら……」

「抑止力にはなるだろうな」

「よ……もう一回お願い」

 というやり取りがあったのが、ピザが届く少し前。

 そこからはあらゆる事が同時進行だった。

 予定外だったのは――

『遅い』

 と、広大が連絡を取った途端に二瓶にダメ出しされたことだろう。

『俺はお前のわけのわからん指示に、十分に応えたはずや。それやのに、まったくのなしのつぶて』

 広大に言い訳するいとまを与えない。

 実際、広大は二瓶とのそういったやり取りを完全に忘れていたわけで、その点では唯々諾々と頭を下げ続けるしかないわけわけだが……広大は必死になって整理した。

「ま、待ってくれ。連絡遅れたのは悪かったけど、えっと……一昨日の話だよな。確か。間に一日しかは入ってないはずだ」

『お前は、何をいうとるんや?』

 間髪入れずにツッコんでくる二瓶。

 正しく、大阪の血だ。

『間に一日でも十分やろ。むしろ俺は自分で自分を褒めたい! お前らが乳繰りあってると思うて、我慢してたんや。やけど一日むさぼりおうたら、一回ぐらいこっちに連絡入れぇや。もう、午後ちゅうか夕方やんけ。それで、あのわけのわからん指示を説明してくれるんか? そもそもそこに戸破さんはおるんか?』

 かなり怒っている。

 広大は、Bの世界でも二瓶を煽りまくっていたことを、痛烈に思い出していた。

 しかし、今から二瓶に告げることは、ある意味では言い訳と代償を同時に果たすことになる。

 だからこそ、広大は謝罪から始めた。

「……すまない。確かに僕が悪かった」

『そやな』

 ここでまず、二瓶の勢いを削ぐ。

 その上で、こちらから提案する。

「で、これからまた会って欲しいんだ」

『なんやて?』

「場所はビストロ・ナルトでどうだ?」

『お前……ちょ、ちょっと待て』

 スマホ越しでも伝わって来る、二瓶の動揺。

 だが広大は、さらに追撃を繰り出した。

「お前の言う、情報屋に繋ぎを取って欲しい。結局情報は欲しくなるしな。佐藤好恵さんだったか?」

『待て。待て待て待て』

「お前の嫌いな京都――」

『あいつは京都やない!』

 ここに来て、新たな情報を提供した二瓶。

 それを自白と言い換えても変わらないが。

『京都と大阪の端境はざかいにおる、犯罪者に優しい町の出身や!』

 そして二瓶は相変わらず偏っている。

 二瓶の言うことが全部本当だとしたら、大阪はとんでもなく荒廃した地域になってしまう。

 少なくともそこまで怖い思いをしたことは無い広大ではあったが、ここで二瓶の偏りに修正を入れる優先順位はあまりにも低すぎた。

 それは二瓶にとっても同じこと――

『……全然わけがわからんのが、よくわかった』

「ソクラテスか(※注1)」

『俺はそれで自分を省みたりはせん。省みるのは、お前や広大』

「わかってるよ。でも説明の必要があるのはわかるだろ?」

『それは了解や。やけどあの店……』

「それは大丈夫だ、ということにしておく。ここから先、どっちにしても使うことにそうだからな」

『バイト代か』

 一瞬、黙り込む二瓶。

 だがすぐに気付いたのだろう。

 自分が何も説明されていないことに。

『それで予約は?』

「それは大丈夫。ただしメニューはよくわからないな。お前がコースを奢ってくれたから」

『ああ、もう!』

 二瓶が癇癪を起こした。

 むべなるかな、と言うべきだろう。

 実際、この時の広大は二瓶を散々煽っていたのだから。

『ナルトで説明してもうぞ。あそこア・ラ・カルトもやってくれるから、そこで俺の伝手を使えばええし』

「ああ、それは助かる」

『格好は……』

「とりあえず、ネクタイ締めていくよ。下はジーンズになるけど」

『それはしゃあないな。実際、そこまでしゃちほこばらんでもええ店やし』

 と言うことは、Aでの気遣いは“情報屋”佐藤好恵のパワードレッシングに対抗するためか、と広大は納得した。

 それよりも肝心な所は――

「ヒバリさんに、それほど高い服用意しなくても良さそうだ」

『せやな。結局脱がすわけやし』

 二瓶の反撃。

(この問題もあったか)

 と、一瞬暗澹たる気分になる広大。

 こちらを興味深げに覗き込んでいる多歌の眼差しも物理的に痛い。

 だがしかし、広大は心配することをやめた。


 ――物見高い性格の奴等には、その手の“下”の話題はそれほど魅力的ではないのだから。

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※注1)

古代ギリシアの哲学者「ソクラテス」のこと。

有名なのは「無知の知」という考え方。

自分が無知である事を知る事は大事、みたいな事らしい。

確か、日本人哲学者でこの考え方を否定する人がいた気がする。

ちなみにソクラテスの嫁さんは悪妻らしい。

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