第26話 タイトル回収なるか?

「私、わかったことがあるの」

 多歌の口調がどうにも子供っぽいのは、元からであるらしい。

 それを見越した上で、プロデュースが行われていたのだろう。

「何?」

「コーダイくんって、好き嫌いが多いよね」

 コーダイくんという呼び名も天然の産物であるらしい。

 たしかに多歌は「天然」では無く「養殖」のようだが、完全養殖ではないようだ。

 一番近いのは……川魚の放流あたりだろうか。

 ――と今まで行われた推測の“すり合わせ”について広大は復習を行っていた。

 頭の中だけで。

 口に出すと、導き出される答えのとりとめの無さに、自己嫌悪に陥ってしまいそうだからだ。

 だからこそ広大は丁寧に多歌の質問に答える。

「僕は好き嫌いが無いなんて標榜したつもりはないよ」

「ヒョウボウ……ちょっと待って」

 スマホを活用し始める多歌。

 その間に、広大はピザを一囓り。

 結局、食料を仕入れる時間は無く、宅配ピザに頼らざるを得なかったわけだ。

 多歌の「好き嫌い」発言も、それに関係している。

 注文の際、広大がシーフードを頑として受け付けなかったのだ。

「ああ、わかった。そうだね。別に自慢してたわけじゃないけど、なさそうに見える」

「それは僕にはどうしようも無い」

「ところで、シーフードはなんでダメなの?」

「正確に言うと、ピザでシーフードがダメなんだ。最初に口にしたとき、何だか酷く臭いのを嗅いでしまって。他の料理に入ってる魚介類は概ね大丈夫」

「生でも?」

「ああ」

「私は生がダメなの」

「なるほど。そのパターンか」

 何となく情報収集してしまったが、他に聞くべき事は“ごまん”とあることは広大も理解していた。

 しかし理解しながらも、広大はそれを要求出来ない。

 その原因の一つには、間違いなく多歌の異常性にある。


 二瓶の時でさえ、AとBの世界がある事を告げるのには覚悟が必要だった。

 ましてやそれを多歌に告げるとなると、さらなる覚悟が必要になることは考えるまでもない。

 なにしろ「重要参考人・戸破多歌」なのだから。

 だが広大は、それをすぐに告げた。

 別に目算があってそうしたわけでは無い。

 そう告げることが、何かの代わりだと考えているように。

 いわば逃避だ。

 だが、それでも多歌は止まらなかった。

「なにそれ! 面白い! それで? ああ、それで准教授せんせいの話が出てきたのね!」

 すぐさま「AとBの世界」の理解にたどり着いた多歌は、喜びの声を上げる。

 「自分」の身の上については一切触れずに。

 その心の働きが、広大には理解出来なかった。

 恐がりだったはず――あるいは、まったくの絵空事と考えていて……しかし、これでは広大が城倉のことを知っていることが説明出来ない。

 しかも多歌はそのまま、広大の「お好み焼き」についての発言でAとBを接続して、この現象がどういうものかを掴んでしまった。

 さらにはこの“現象”に名前を付けてしまう。

「これは“シュレディンガーの猫”なのかも」

「シュレディンガー? 観測するまで確定しないというアレか」

「コーダイくん、文系でしょ?」

「むしろ、あれはもう文系の範疇な気もするな。それにしてもシュレディンガーか」

 広大は、親指をカクンと逆に曲げた。

「それだと観測者……というか確定してないのはキミということになりそうなんだけど」

「それは私だけじゃ無いと思う。コーダイくんもだよね」

「ああ……そうか」

 その指摘に頷く広大。

 いつの間にか、広大は自分を省いて考えていた事を「自分」すら観測の対象としていた多歌に指摘されたのだ。

 これは多歌が異常なのか。

 自分が普通なのか。

 やはり世界が異常なのか。

「そもそも、観測されてるのかな? この世界」

 多歌が、広大の思考の流れに添わせるように呟く。

 それで広大の思考も加速したようだ。

「観測者がいない? じゃあ、シュレディンガーの名前を持ち出すのはおかしくないか?」

「でも、世界はAとB。二者択一なんだよ。そんなに的外れではないと思う」

「問題は観測者の存在」

 いや「問題」提起をするなら、もっと前の段階から必要だろう、と広大は即座にそれを訂正する。

 胸の内だけで。

 この現象は何故起こったのか?

 そして、それを真剣に検討する多歌の存在。

 何もかもが疑わしく感じる広大。

「……この状態は向こうの二瓶さんも知ってるんだよね?」

「あ、ああ」

 多歌の突然の確認に、不意を突かれた広大が慌てて応じる。

「この状態について何か言ってない?」

「ああ~、いや。そこまで踏み込んだ――踏み込んでいるのか? とにかくもっと実務的なことが忙しくて」

「ジツム……」

「世界がどうなっているのか、考えてる暇がないんだよ」

「あ……えっと、ああそっか。そっちでは事件になってるんだね」

 その事件の重要参考人が、他人事であるが故の理解を示した。

 思わず目をつむり、現状を整理しなければ心が折れそうになるのを感じる広大。

 多歌はあまりにも、AとBを区別しすぎているように感じてしまうからだ。

「それで、その成果は?」

 無論、それに構うような多歌ではない。

 Aも含めた自分の身に――

 広大は、親指をカクンと逆に曲げる。

「――まだ、情報収集が始まったばかりだ。これが慰めになるのかわからないけど、というかそんな慰めは要らないかも知れないけど、どうもキミが犯人では無いのかも知れない」

「へ、へぇ」

「……という推論があって、その関係で調べている。世界がおかしくなっている事については、考えてる暇がない」

「それはわかった。確かに、こっちは平和なのかも」

「でも、結局こっちでも二瓶の力を借りないとダメだろうな。向こうの二瓶から、そうするように言われてるし」

「どういうこと?」

「つまり……」

 そこで、広大はAでの二瓶とのやり取りを披露する。

 多歌はそれにも理解を示し、それ以上に自分を投げ出すような情報を寄こしてきた。

 それに呆れる広大であったが、結局はそれを受け入れる。

 いや、押しつけられたと言うべきなのだろう。

 説教強盗の、説教だけをお届け。

 ――それだけだと、ただの親切な人のようだが、とにもかくにもBもまた「実務的」なフェーズに移行したのである。


 そして二人は、それぞれに身だしなみを整えて「ビストロ・ナルト」へ向かった。

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