第21話 慎重さは全てをシリアルキラーにする

 しかしその違和感は、それほど曖昧なものでは無かった。

 言ってみればそれは“とっかかり”に過ぎなかったのだろう。

 この現象の「原因」を多歌一人に負わせると、何故それに広大が巻き込まれたのか?

 ――という疑問が発生する。

 となると広大もまた原因になるはず。

 ……なのだが、広大にはその自覚がない。

 少なくとも、世界が分裂するような怪しげな儀式を行ってはいない事は確かだ。

 ただあの時、多歌とすれ違っただけ。

「すれ違った、なぁ」

 ハンドルを握る二瓶は感慨深げに、広大の言葉を繰り返した。

 運転席に座る二瓶は、無論スウェット姿ではない。

 麻のジャケットに、チェック地のパンツ。

 柄物のシャツとなかなか押し出しが効いている。

 その出で立ちの二瓶を見た広大は、

「ヤンエグみたいだな。で、それの休日」

 と、評論する。二瓶は実に嫌そうな表情を浮かべてこう応じた。

「……何でそういう言葉覚えてるねん」

 と。

 そんな広大は、入学式以来袖を通していないジャケット。それにネクタイまで締めていた。

 ただボトムズだけは二瓶に借りたツイード地のパンツ。

 これもまた、ある程度の“階級”を匂わせる出で立ちだ。

 そういう格好を要求したのは二瓶であり「必要になる」と勧告されてのことだが、未だに広大はわけがわかっていない。

 ――この出で立ちになることを要求された理由だけは。


 遅めの朝食がお好み焼きという「世にも奇妙な出来事」の終了から、広大は再び黙り込んでしまった。

 それを覚悟していたのか二瓶はそのまま自室のベッドに倒れ込んで、いびきをかき始める。

 順調に生活リズムが乱れきっていた。

 広大は、その後も二瓶の部屋で考え続け午後二時。

 やおら目を覚ました二瓶は起き抜けに、

「結論出たか?」

 と尋ねてきた。

「情報不足」

 広大はタイムラグ無しにそう答える。

 もちろん、考えている間にも広大はニュースサイト等を覗いて情報収集も行ってはいた。

 それは昨晩、二瓶も行っていたので引き継いだ形になったが、目新しい情報は出ていないようだ。

 被害者である淵上ひとえの写真も、戸破多歌の写真も。

 まだ入手出来ていないのか、多歌の年齢とし年齢としだけに慎重になっているのか。

 それに多歌はまだ重要参考人のままであるらしいようだ。

 広大はそこに引っかかりを覚えていた。

「どうも警察の動きが一般的なものより遅い気がする。ヒバリさんが犯人なら」

「ああ、それは……で?」

「だから、何か他の情報が出てきてるんじゃ無いかと思うんだ」

「それが分割に関係あると?」

「今までの情報だけじゃ、それっぽい原因こたえが出てこない。こういう時、無理に考えると――」

「確実に間違える。常識やな」

 二瓶はベッドの上で眼鏡を掛けながらあぐらを組んだ。

「それで新しい情報が出回ってる可能性があると。何か見当が?」

「准教授だ。多分、警察もそれで動いてると思う」

「やけどな、広大」

 二瓶が目を細める。

「それやったら、お前の言うBではどうなってるねん? ちゅう話にならんか?」

「なる」

 広大は短く肯定した。

「そやったら――」

 何かを言いかけた二瓶が黙り込んだ。

 手元が動く。

「今何時や?」

「ああ、えっと大体二時かな?」

 スマホを見ながら、広大が答える。 

 すると二瓶は突然立ち上がった。

「情報屋と会わせる」

「何?」

「それで、お前も覚悟決めてくれ。まずもっとさっぱりした格好になってな。そういう服あるか?」

「いや、それは……」

「ついでに言うと、夕飯はそこそこの店に行くで。払いは俺に任せろ」

「…………」

 いきなりの二瓶の申し出に、広大は黙り込む。

 だが、すぐに“答え”にたどり着いた。

 だからこそ、広大は了解の意を伝えるためにこう確認した。

「その“情報屋”がお前のとっておきなんだな?」

「……そやな。とっておきうか、お前とは合わん気がしてな」

「そうか。それでも情報得るためには覚悟を決めろ、と」

「お前はホンマに物分かりが良すぎて、きしょい」

 渋面のまま二瓶がそう応じ、二人は一斉に動き出した。

 二瓶は身だしなみを整え、情報屋、それに各所へ連絡する。

 そして車を出して、一端広大の部屋に向かった。

 そこで改めて広大は身だしなみを整え、現在に至っているわけだ。

 もう少しで午後六時と言った時間帯。

 陽はまだ沈んではいない――


 やるべき事をやり切った二瓶は、さらなる車での移動の最中、広大が情報不足と断じた思考の過程を説明するように要求した。

 他にするべき事も無いので、広大も素直にそれに応じる。

 広大自身も整理が必要だと考えていたのだろう。

 そこで、まず確実だと思われる記憶の中での多歌との邂逅を説明してみたわけだが……

「まぁ、順番に行こうか。その時点で戸破さんが現場から引き上げとる最中の可能性は?」

「あるだろうな。ただ僕は記憶を確かめる前にヒバリさんがシリアルキラーの可能性を――」

「おい!」

 二瓶が慌ててブレーキを踏んだ。

 赤信号であるので交通法規には適っている。

 ギリギリではあったが。

「お前は何を考えとるねん! 本気でヤバいなお前は! ああ、でも今更やな。それで、それは無いわけやな?」

「ああ。ヒバリさんは何かを怖がっているみたいだし、それから逃れるために誰かを殺そうとは考えないんじゃないかとは思う」

「ややこしい言い方してるけど、それは『普通』言うんや」

「……それでも良い」

 信号が青に変わり、車が走り出す。

 どうやら私鉄沿いの道路を北上するようだ。

「やけど、確かにこのままじゃラチあかんな。改めて確認やが、やってしもうてから、お前に会うたパターンも考えたんやな」

「ああ。それはやっぱり無理がある。わざわざ“明月荘”の名前出す必要がない。普通に……」

 広大が黙り込む。

 親指をカクンと逆に曲げた。

「まぁ、とにかく、そこでわざわざ戸破さんに声を掛けるんは、お前らしくない。それも確実だと考えてもええと思うで」

 目的地が近いのだろう。

 二瓶が強引にまとめに入った。

「それは僕もそう思う。つまりBの世界の方がおかしいんだ」

「それ理屈は?」

「いや、これは感触」

 二瓶が左折のウィンカーを点ける。

「とりあえず、情報屋に話を聞こう。何が重要なんかは――」

「ああ、それはわかってるつもりだ」


 ――そして、二瓶の駆る車はレストラン側の駐車場に乗り入れた。

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