第8話 多歌は早くも慣れた模様

 二瓶の駆る車は「危険地帯」へと乗り込むこととなった――

 きっかけは広大のわがまま。

 そして多歌の腰の軽さが、それに現実味を与えた。


 量販店屋上の大型ガレージで突然広大は、こう主張したのだ。

「定食屋はやめて、サラダバーがあるファミレスに行きたい」

 と。

「何でや?」

 当然ツッコむ二瓶。

「僕がたまには野菜を食べるところを、ヒバリさんに見せつけておこうと思って」

「戸破さんになんか言われたんか? いきなり所帯じみてるが……」

 そこで言葉を濁す二瓶。

 広大が、これからも多歌に付き合うつもりがあるのだろうか? と訝しく思ったのだ。

 友人の性格をよく理解していると言うべきか。

 それとも調べさせた地域ニュースに関連があるのか。

 首を傾げながら、二瓶は運転席に潜り込む。

「これはお前の京都への感情に似ていると僕は思うんだ」

 続いて助手席に潜り込む広大。

「どういうことや?」

「どうしようも無いから諦めてるんだ。つきまとわれる気がする。どうしようもなく」

「…………」

「だから、うるさいのは先回りして潰しておきたい」

 確かにこう説明されると、実に広大らしい、と言う範疇に収まるわがままだった。

 かたや当事者であるはずの多歌が随分大人しい。

 スマホを片手に後部座席に乗り込みながら、

「この店が近いんじゃない?」

 と、前に座る二人にスマホを差し出した。

 モニターには地図が表示されている。

「サラダバー ファミレス」で検索していたらしい。

 優先順位の判断が正しい。

 ……あるいは、すでに二人の性質を見切ってしまったか。

「どう? ボクって尽くすタイプでしょ? で、“しょたい”って何? 染みるの? 液体?」

 見切った可能性はなさそうだ。

 そして当然のように多歌に訂正、あるいはツッコむかと思われた二人だったが……差し出されたスマホの画面を見つめフリーズしている。

「な、何?」

 さすがに多歌の腰が引けてしまった。

 スマホを胸に抱えて、身を固くしている。

 そんな多歌の様子を見て、広大がため息まじりに答えた。

「……ヒバリさん。その一番近いファミレス」

「何かマズかった? 評判が悪いとか?」

「問題はファミレスじゃなくて、場所だよ。何とも巡り合わせが悪い」

「……まさか?」

「二瓶の言う“危険地帯”なんだここは」

「そんな!」

 と、今にも雷鳴が轟きそうな声を上げる多歌。

 だがしかし――

「ま、それだけの話だな。このチェーン店、こっちにも出来たんだ。ここに決定だな。ヒバリさん。これには素直に礼を言おう」

「え? え? 良いの?」

「良いんだ。その近くに良い音響設備の映画館があるんだ。二瓶によく連れて行って貰ってる」

「あれ? 話がおかしくない?」

「二瓶の話はいつだっておかしい」

 広大がそう告げたことが、二瓶へのとどめになった。

 二瓶は無言でキーを回す。


 さて、こうして広大たちは無事に危険地帯に新しく出来たファミレスに乗り込むことになった。

 実際、かなり近い。

 意気揚々とスマホ片手にナビする多歌の存在も大きい。

 それでも今日が週末や祝祭日なら、席に着くまでかなり並ぶことになっただろう。

 現在午後七時前。あまりにも夕食に適した時間帯だからだ。

 だがそこは時間が有り余っている大学生。今日「九月一日」は立派に平日だった。

 すぐに席に通された三人は、それぞれメニューを注文。

 もちろん、広大はサラダバーもだ。他の二人はスープバーで十分らしい。

「……で、クルトンを要求すると」

「サラダバーにはマストでクルトンが欲しいよなぁ」

 二瓶にクルトンを分けて貰いながら、広大が呟いた。

 そこに多歌が割り込んでくる。

「それより何それ? レタスとキャベツしかないじゃない」

「スライス玉ねぎがないのは計算違いだった」

「嘘やん? ホンマにないの?」

「無い。あったらマストで載せるに決まってるだろ? 仕方ないのでキャベツにした」

「ええと、他に選べるものは無いわけ?」

「コーヒーゼリーはあったな」

「載せるの!?」

「何でだ。載せるのも混ぜるのも問題がある」

「うわぁ、それは信頼性があるな」

「何でサラダバーにコーヒーゼリーがあるねん」

 何ともやかましいが、さすがは危険地帯と言うべきか。

 他の席も似たようなものだ。

 もっともこれは危険地帯関係無く、この地方では大体こんな感じになる。

 それがまた二瓶に火を点けたのか、

「単純に大阪弁とうても、南はまた違う。俺が思うにあの方言は『上位大阪弁』」

「上位なんだ」

「対京都の最終兵器リーサル・ウェポンやな。もしかしたら京都に傷を付ける事が出来るかも知れへん」

 二瓶の妄言は止まらない。

(李勣の話は無くなるか。まぁ、当たり前だな)

 と、Aとの違いを噛みしめながら、広大は肉を噛みしめた。

 このファミレスチェーンでは、とにかく肉が売りらしい――と聞いた覚えが全員にあった。

 それで、それぞれ違ったメニュー、違ったソースで注文している。

 主導したのは二瓶だ。

 偵察の任を果たせ、と勝手に責任を押しつけてくるが、車を出してくれている恩義があるし、それほど不利になるわけではない。

 その内、二瓶の妄言は味の感想に移行し、三人が三人とも「美味い」と言うことで落ち着いた。

 さすが人気のチェーン店、ということになったわけだが……

「せや。こうやって危険地帯に来てしもうたんやけど」

「今度は映画の後とか、もしかしたら前の方かな? 良い店が見つかったね」

 時期を見計らっていた二瓶の切り出しだったが、多歌がもう慣れてしまったのだろう。

 あっさりとスルーしようとしていた。

 だが、これで挫ける二瓶では無い。

 それにここから先の情報は広大も確認したいところだ。

 Aの世界の事件によく似た、このBの世界の事件の情報を。

 不自然さを出来るだけ無くすために、今までも二瓶からまったく情報を聞いていないこともあって純粋に楽しみ……というのも不謹慎な気もするが、広大はそんな心境になっている。

 だからこそ、

「わざわざ危険地帯なんて単語まで持ちだして何の話がしたいんだ?」

 と、文句を言うように見せかけて、広大は二瓶をサポートする。

 すると我が意を得たりとばかりに、二瓶が広大に向けて語り始めた。

「危険地帯があるから無人地帯ノーマンズランドが出来る。その無人地帯ノーマンズランドな。お前が昨晩バイトに通ってた辺りに近い。ちょっと騒がしくなってる出来事があったみたいなんや」


 ――ようやく、本日のメインイベントが始まったようだ。

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