第7話 名前を呼んではいけない地域

 車中で「二瓶琢己ショー」が始まっていた。

 家電量販店に行く計画はAと同じだったので、二瓶による「無人地帯ノーマンズランド」発言は避けようがなかったからだ。

 Aと同じように。

 目指す家電量販店は“昨日”までの広大のバイト先に近い。

 それでも広大が同行者なら「無人地帯ノーマンズランド」などは、そのままスルーされる「使い古されたネタ」に過ぎないはずだった。

 だが、今回は多歌がいる。

 そもそも「無人地帯ノーマンズランド」なんて言葉が二瓶から飛び出したのは、二瓶がバスガイドのように、道すがらあれこれ説明を始めたことがきっかけだ。

 それでも広大は助手席に陣取り沈黙を選んでいる。

 二瓶のネタ中に、口を挟むつもりはないようだ。

 一方で後部座席の多歌は身を乗り出すように、二瓶に確認する。

「何で、隣の市が危険地帯になるの?」

「“名前を呼んではいけない地域”やからな」

「ハリー・ポッターみたいだね」

「こっちの方が圧倒的に歴史が古い。例えば、隣の市、一応名前はあるんやけど普通ならそれが駅名なるやろ?」

「え? あ、そうだね」

 この付近を網羅している私鉄の駅名は、大体その法則で名付けられている。

「やけど、その市には市の名前が付けられた駅はないねん」

「え!?」

 多歌はそれを聞いて大仰に驚き、そのままスマホで路線図を確認する。

「ホントだ!」

「あの地域がどれだけヤバいんか、こっそりと教えてくれてるわけや」

「その私鉄の始発駅……」

「お前は黙ってい!」

 さすがに広大がツッコもうとしたが、それを力尽くで二瓶が黙らせる。

「でも、そんな怖いところだったんだね」

「実はそれにも理由がある」

「どんな?」

「京都や。あいつらに対抗するためには、あえてそういった地域を抱えこまんとマズいんや」

「京都? 同じ関西でしょ?」

「……これやから素人は怖い」

 さらに転がる二瓶の妄言。

 まずこの地域の中学では「京都人は敵だ」と教わる。

 ――と、二瓶は主張する。

 もちろん広大もその妄想は聞かされているわけだが、どうやらこれには「真実」が含まれているらしい。

 二瓶が通っていた中学社会科の教師が突然主張したらしいのだ。

 学校全体で、反・京都教育が行われてはいないようだが、そのまま成長した二瓶は染まってしまった。

 それどころか、さらに深刻になっていた。

 例えばこんな具合だ。


「要するに、全世界が京都を敵と認識する。これが世界平和の道や」

「お前なぁ。付き合うのも馬鹿らしいが、そんなのすぐ終わるだろ。相手の全滅で」

「お前は知らん」

「知りたくもない」

「京都の人間が殺されたぐらいで死ぬような可愛い気あるんやったら、苦労せぇへんねん」

「…………」


 そして現在、ますます二瓶の病気は深刻化していた。

 「京都は全世界の敵」どころか「宇宙の敵」にまで設定が入れ替わっている。

 それを多歌は喜んで聞いているのだが、間違いなく二瓶のネタだと思っているに違いない。

 随分嬉しそうに二瓶の妄言を聞いていた。

 それどころか、

「それって日本海とか、北の人もそうなの?」

「ああ、そやったな。京都市と限定した方が良いのかも知れん」

 修正まで入れてしまっていた。

 二瓶との方が、よほど馬が合いそうに思える。

 そこで途中で口を挟むことを諦めていた広大は、暇に任せて自分が嫉妬しているのかを確認してみた。

 その結果は――


                  ◇


 Aと同じように、広大の住むマンション前に乗り付けた二瓶は、多歌の姿を確認して、とりあえずは驚いたようだ。

 だがそこから二瓶はごく普通に多歌と挨拶を交わす。

 やっかみもしないし、あれこれと多歌に尋ねることはなかった。

 友人の知人を紹介された。

 ただそれだけの出来事があっただけ。

 タイミングが合ったので、良い機会だから一緒にご飯でも、というスタンス。

 いたって普通で、社交的と言っても良いかも知れない。

 むしろ、あれこれと尋ねる多歌の方が鬱陶しい。

 それが多歌の本領発揮とも言えるわけだが。


「コーダイくんがバイトというのがねぇ。こんなに愛想が悪いのに……時間が経つほど信じられなくなる」

「その買い物に二瓶さんが付き合ってくれる約束なんだね」

「ボク? うん免許は持ってるけど持ち歩かないなぁ。車もないし」


 概ねこんな顛末。

 補助線を宙に描く多歌によって、広大の情報は丸裸にされてしまった。

 わずかに多歌の情報も漏れたわけだが、それが救いになるかどうか。

 とにかく、こんな多歌の質問攻めが、二瓶の妄言ショーが始まった元凶であることは間違いないところだろう。

 呉越同舟、あるいは、相討ち。

 仲良く会話を楽しんでいるように聞こえるのに、何故か広大の頭に浮かんでくるのは穏やかでは無い言葉ばかり。

 だがそれも仕方がない、と広大は諦めることにした。

 何より量販店への到着はもう間もなくだ。


 多歌が一人増えたところで……と軽めに考えていた広大だったが、それは間違っていたようだ。

 即決でミニコンポを選ぶと考えていた多歌。

 あるいはそれが普通の考え方。

 そしてやたらに押しが強い。

 だが、広大と二瓶は頑として即決を受け付けなかった。

 Aの世界では、二瓶は広大を惑わす担当だったが、Bでは擁護に回るようだ。

 広大は左手の親指をカクンと逆に曲げて、多歌をイレギュラーと再認識。

 そんな広大の再認識に応えるように多歌は、

「あれもこれも見てみたい。せっかくこんな店に来たんだし」

 と、訴え始めた。

 このリクエストについては二瓶も同じ想いがあったらしい。

 広大も別にそれが嫌では無かったのだが、やはり一人増えた状態というのは、二瓶と二人だけで回ったAとは比べも似にならない程、疲れてしまう。

 その上、広大には商品の説明や店員の売り口上などを知らないふりをしなければいけないという“縛り”まであった。Aでその辺りは経験済みだからだ。

 それでもなんとか一段落し、午後六時。

 そろそろ夕飯に行くか、といったタイミングで多歌は化粧直しのために広大と二瓶から離れ……

「……こんなもんでどうや?」

「上出来すぎてビックリする」

 二瓶からの突然の確認に、広大はあっさりと言葉を返した。

 続けてこう尋ねる。

「何かわかったんだな? 情報があったとか?」

「あった。で、これ戸破さんの前で言ってもえんか?」

 RINE経由で、その辺りのリクエストを広大は二瓶に送っている。

「うん。何か問題あるか?」

「いやただのゴシップ……にもなってへんな。ただの地元の事件やし。いや、事件でも無いな」

「そうか……」

 AとBに大きな違いが発生しているようだ。

 いやこれも「多歌」という相違点に付属する現象なのか。

 Aの世界と比べて考えると、この時間になればニュースサイトに報道がでているはずだが、広大が先程スマホで確認する限りそれはない。

 広大は、親指を逆に曲げた。

「とにかく、その調子でヒバリさんにニュースを伝えてくれると助かる」

「それはええけど……後で理由を教えてくれよ」

 二瓶のもっともな要求に、広大は頷いてみせる。

 だが、同時にある事を思い出した。

 それがまた一騒動になるのだが些末な話になってしまう。


 ――結果的には。

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