第6話 繰り返す九月一日の中で ※
>何? 今日ダメになった?
わざわざ打ち込む文章まで大阪弁にする必要は確かに無い。
だが、それに広大が違和感を覚えるのも仕方の無いところだ。
広大はスーパーを見遣り、そしてコインランドリーの中を見渡して、スマホを握りしめながら外に出た。
あれだけのメッセージだったが、大体の状況は掴めた気もする広大。
だがこれが好機であることは間違いない。
直接話せればRINEでやり取りするよりも話が早くなる。
そうすれば多歌に知られぬうちに、あれこれ細工も出来る。
広大はRINE通話を選択した。二瓶もそのつもりだったのだろう。すぐに応答があった。
勢い込んで、広大は話しかける。
「早起きで助かった。今日の約束三時で良いんだよな?」
『そや。うん? 遅れるとか?』
約束は同じ。
やはりこの反応だと二瓶は今の広大と同じ現象に巻き込まれていないらしい。
二瓶の認識でも約束は履行済み――というわけではなさそうだからだ。
改めて整理し直し、広大は先程思いついた企みを、二瓶に投げかける言葉に組み入れて行く。
まずはこれだ。
「いや、そこに変更はないんだけど、もう一人追加でいいか?」
『何や? 小島か? 羽多か?』
「それは内緒にさせてくれ。僕も何故こんな事になっているのか、わけがわかってない」
『それで今日一人増えるって? わけがわからん
「じゃあダメか?」
『いや、大歓迎や』
二瓶とはそういう男だ。
この辺りの性格は、AでもBでも同じらしい。
それが当たり前――なのだろうか?
一瞬、思考の迷路にさまよい込みそうになり沈黙する広大。
それにつれて、自分の思い付きに疑いを持ってしまう。
――きっかけは「亜州黄龍伝奇」(※注1)。
この作品の重要なコンセプトは「知らせないこと・気付かせないこと」。
ならば、今の事態を解決するためには「知らせて・気付かせる」事が重要なのでは、と広大は逆に考えたのだ。
しかしそれは危険を伴う可能性がある。
「亜州黄龍伝奇」では「気付かせれば世界は終わる」という洒落にならない危険が設定されていた。
だが、広大の現状がすでに危険そのものという可能性もある。
本当に「世界が危ない」のレベルで。
そんな“ゆらぎ”がどうしようも無く、広大を惑わせていた。
結果、広大の言葉は停止してしまい、その空白に二瓶が声音を変えてこう続ける。
『やけど広大、随分似合わない状態になっとるな。知らん奴を混ぜようなんてな』
似合わない。
確かに二瓶の言うとおりなのだろうと、その指摘で広大は諦めた。
いつものように。
それに内緒の企みがあるということは、すでに二瓶に告げてしまっている。
それが、広大に覚悟を決めさせた。
つまりもう手遅れ。今は後のカーニバルだ。
「……似合わない、か。それならついでに、もう一つお願いしてもいいか?」
『ええで。何や面白いことになってるみたいやし? 何ならこれから……ああ、それは無理なんや』
「こっちもやらなきゃならないことがある。三時で良いんだが――」
多歌が素直に誘いに応じるかどうかはまだ未知数だ。
『やが?』
「ええとだな。凄く曖昧な話なんだけど、近場で起こった事件とか、そういうの調べてみてくれないか? まだニュースになってなくて地元だけが知ってるみたいな」
『噂話か? ネットのローカルとか』
二瓶はなかなか顔が広い。
広大の希望としては、ネットに頼らないもっとディープな情報が欲しかったが……
「ああ、そんな感じだ。僕はネット……ええと」
『サーフィンやな。もう死語やと思うけど』
「多分それだ。僕はそれがあんまり上手くない」
『単に修行が足らないだけやけど、まぁ、ええわ。さほど手間が掛かるもんでも無いし』
当たり前に、二瓶の反応からは熱心さは感じられない。
だが広大はそれ以上言葉を重ねるのは止めておいた。
すでに「地元」という言葉を広大は口にしている。
二瓶のことだから、すぐに熱くなって何かしら集めてくれるだろう。ほんの少し聞こえただけの「地元」という言葉を手掛かりにして。
二瓶は言うだけのことはある男だ、と広大は二瓶を信頼していた。
「これはどういう状態なの?」
「牛皿、というか野菜炒め皿だな」
「勝手に商品化しないで良いから。それをラーメンの上に載せるの」
「だからそれはいやなんだってば」
「野菜摂らないと、身体に悪い」
「そういう噂がある事は知ってる」
「噂じゃ無くて。完璧な事実でしょ」
「さすが理系」
「理系も何も無いわ。……でもまぁ、バラバラでも食べるなら良いか」
インスタントラーメンを、何とか豪華にしようと多歌が企んだ成れの果てがこの状態だ。
広大がストックしていた袋麺。それぞれ好みのものを選び――多歌がインスタントラーメンすら知らない可能性を広大は危惧していたのだが――調理は多歌に任せた形だ。
だが、それを有り難がる広大では無いし、この段階でまた一つ代償を支払っていた。
「それで、二瓶さんだっけ? どうしていきなりボクと会わせようと思ったの?」
「今日は元々、二瓶と約束があったんだ。君が居座るようでは、状況が愉快になってしまう」
そう言われて、多歌は一瞬考え込んだ。
だがすぐに理解の色を浮かべる。
「なるほどね。最悪、ボクがここで『留守番する』なんて言い出す可能性もあったわけだ」
「そうだ。それなら一緒に連れて行って、どこかで捨てた方がマシ」
そう答えながら、広大はご飯のおかわりをよそいに行く。
元々、ラーメンライスという悪魔的な取り合わせであったのに、多歌が作った野菜炒めはなかなか味が濃かったせいだ。どうしても白米の援軍が必要になる。
ラーメンに載せるつもりで作ったモノだから、当たり前の現象とも言えた。
「不法投棄はんた~い、でもまぁ、ボクもそろそろ帰るつもりだったんだけど」
――帰る?
その言葉に、一瞬広大は驚いてしまった。
多歌はそういった選択が出来るという認識らしい。
やはりAとは違う――
「でも。約束だからね。ちゃんと二瓶さんには会うよ」
その約束を取り付けるために、広大は多歌が昼食を作ることを受け入れたわけだ。
だが、放っておいても多歌が帰るつもりがあったのなら、この約束には意味が無かった――と怒った方が自然なのか?
と、広大は対応に迷う。
本当の目的は二瓶に会わせることだったわけだが……
「それはともかく、コーダイくんの番号教えてよ」
広大が迷っているうちに、追加注文が出されてしまった。
「何故?」
「なぜも何も無いでしょ? お持ち帰りしたんだし」
「本当にお持ち帰りしたのなら、番号教えないんじゃないか? 一般的に」
「イッパンテキ! コーダイくんが一般的を語るんだ」
多歌による「よくわかるケンカの売り方」に対して、広大は親指をカクンと逆に曲げた。
――この後、戦争にならないはずはなく……
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※注1
狩野あざみ氏の「亜州黄龍伝奇」のこと。
ここからキッパリとネタバレですが、この世は中央に位置する黄龍の夢という設定。
で、夢の主が自分の夢に入り込んで~というSAOの茅場みたいな事をやってるという絡繰り。
この作品知ってたのでSAOの茅場の動機もわからないでもない、となりました。
で、黄龍が目を覚ますと全部夢になっちゃうので四神(玄武、青龍、朱雀、白虎)が大変苦労する、みたいなのがフォーマット。
5巻は外伝っぽいですが随唐の物語としては日本では嚆矢な気もします。
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