第11話 ふたりの着替え

 ヴァレリアは自分の服を着替えに行きながら、レクシシュに似合いそうな自分の古着を見繕って着せる事にした。レクシシュの背丈は丁度、ヴァレリアよりも頭ひとつ分ほど低く、彼女が着れなくなった昔の服が合うと思ったからである。自分の着替えを終えてから持ち出してきた上着トップス腰巻きスカートをレクシシュが着ようとするのを手伝いながら、ヴァレリアは彼女の身体を良く良く観ていた。

 ――――銀白色チタニウムホワイトの美しい毛並みの猫耳がなんとも可愛いわね、それとモフモフの尾っぽ、うふっ。たまんない……触りたいわ!

 ヴァレリアの眼がレクシシュの尻尾に釘付けになって、そんな風に思っているとは知るよしも無い獣耳娘レクシシュ、何気に隙があった。そんな隙を見逃すヴァレリアでは無かったようである。

「うむ、この腰巻きスカートと言うのはあちきの尾っぽが少し邪魔になるなんし。それとなんかこう上着トップス――胸の辺りが何となくでありんすが、スカスカするでござりんすぇ」

 レクシシュはそう牡鑰ぼやくと、自分の尻尾を右手で軽く引き上げながら、腰巻きスカートとの据わりの良いところを探していた。そうしながらも左手で自分の胸元を引っ張りつつも、我が身の襟ぐりネックラインとヴァレリアのそこをマジマジと見比べ、ボソッと呟くように呪怨声エッジボイスを吐き出していた。

 そのぼやき声にヴァレリアの瞳がまるで星が瞬いたかの様にキラッと輝くのを『われ』は見逃さなかったぞぅ。


「あらっ、じゃあさあ、その尾っぽを上手く腰巻きスカートから出せる様に細工してもいいかしら……で、触ってもいい? 貴女あなたのその尾っぽを!」

「ヴァレリアさん、それは助かるでありんす、さっそく細工しておくんなんし……んっ、何なんざんす? か……って、その手付きは!」

 背後からの良からぬ気配を本能的にその背筋に感じ取り、身を反らせる様にレクシシュが瞬時に振り向いた。と、そこには両の掌を何故かワキワキとさせながら怪しげな眼差しでそっと忍び寄ろうとするヴァレリアの姿があった。そしてまさに丁度、彼女の尻尾に手を伸ばそうとしていたところであった。その異様な気配に思わずレクシシュは右手で己の尾っぽをガッシリと守りながらズズッと後退あとずさった。

 目の前からモフモフがサッと立ち退いた事で、ヴァレリアの目尻が悲しげに下がった。それと同時に寂しげな声音が彼女の口元から零れだしていた。

「あ~っ――あたいのモフモフっ!」

 そんなヴァレリアの嘆きを耳にしてレクシシュも冷静に戻ったようだ。一歩前に足を伸ばし、そのままヴァレリアの脳天を彼女の手刀で思いっ切り小突いた。

「あっ、い、痛っ!」

 小突かれたヴァレリアの方は頭頂部を両手で抱えて、その場に蹲る。

「好かねえことをしなんしなぁ、ヴァレリアさん。呆れたざんす」

 そう言いつつ自分の両腕を胸の前で組んでは、レクシシュが己の首を左右に振っていた。

「はい、すみません」

 叱られた子猫の様にヴァレリアは蹲ったその場で自分の頭を抱えながら謝っていた。叱った側の親猫役の方は確かに本物の猫ではあった様ではあるが、それはさておき。

 『は~ぁ』と肺の底から抜ける様な溜息を付いてから、レクシシュは自分の尻尾をヴァレリアが頭を抱えている彼女の両手の間に差し入れてきた。

「普通に触りなんし、ほれっ」

「えっ、いの⁈」

「別に減るもんでも無いでありんすからぇ――まあ、そうでござりんしょう。普通に優しく触りなんし。ただ、あちきの尾っぽでありんすから、主さんのじゃありゃしまんせんぇ」

「はい、重々承知してありんす! レクシシュ様」

 ヴァレリアはそう返しつつ、レクシシュの尻尾を自分の両手で頭上髙く掲げながらひれ伏していた。

 その後、ヴァレリアはその尻尾のモフモフ感を思う存分に堪能したのち、持ち出してきた裁縫道具にてレクシシュの腰巻きスカートを綺麗に細工処理を施し彼女に渡し直した。

「ほほ~っ、ヴァレリアさんは器用でありんすな、ありがとうござりんした」

 レクシシュも受け取った腰巻きスカートをさっそく履き直して自分の尻尾との相性を見て取ると、満足そうにそう言って笑いかけた。

「レクシシュさんもお似合いですよ、その上着トップス腰巻きスカート

 ヴァレリアも微笑みながらそう言って返す。ふたりの間のわだかまりは何とはなしに少しは解消したようにも見える。ヴァレリアの奇癖も時には役に立つ事がある。と、言う事にしておこう。

 それにしてもだ、ふたりともリアムの事は忘れておるようにも思えて、『われ』はささやかながらもリアムに哀れみを感じておったところであった。そうそう、そんな時にメルが役立ってくれておったわ。


 ――――ご主人様にレクシシュ様、宜しいでしょうか?

 と、メルがふたりの間に念話で割って入ってくる。

「「――んっ!」」

 見事なほどにふたりの反応がハモった。そして同時にメルの方に向き直っては可愛らしく小首を傾げていたのであった。

 ――――ご主人様、わらわの話しを聞いて下さいますか。

「そうだったわ。あたいが話の腰を折ってしまっていたのね。ゴメンね『メル』」

 ――――そんな謝って頂く程の事は……ご主人様、滅相も御座いません。

 その後のメルの話によるとレクシシュとメルが出会った後、メルの不可視化魔法インビジリティでレクシシュも裸のままでも村人に何ら咎められることも無くここまで来たとの事であった。まあ、メルと出会う前のレクシシュがどう言う風に振る舞っていたのかと言う疑問の余地は十二分に残る事ではあるもののだ。

「やっぱり便利な魔法ね――不可視化魔法インビジリティ! それって何人まで一緒に隠せるの?」

 ――――わらわに触れている人は複数名可能ですが、離れている人はひとりまでです――多分。

「……多分って?」

 ――――レクシシュ様しか今まで魔法を掛けた事が御座いませんので。

「なるほど、そうよね。じゃあさぁ、抱っこしたままであたいに掛けてみてくれる? そうすれば三人共消える事が出来るか見られるじゃないの」

ぬしさん、いいでありんすか?」

「んっ、何っ?」

「誰が見えているかいないかを確認するでありんす? あちき達しか、ここにはおらなんし」

「あっ‼」

 ヴァレリアの呟きにレクシシュは呆れるような溜息を深く付いていた。

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