第10話 レクシシュとメルとヴァレリア

 大きく溜息を付きながらもひとまず食卓を挟んで獣耳娘レクシシュなる者の前にヴァレリアも座った。その間も決してその者から目を離すことは無かった――のだが。

 ヴァレリアが椅子に腰を降ろした瞬間――目の前の獣耳娘レクシシュが視界から消えた。

「えっ⁉」

 思わず椅子から半立ちになりながらヴァレリアは周囲を見回す。すると、彼女の足元に一兎の黄金単角野兎クイーンホーンラビットがちょこんと鎮座していたのが見えた。

「はっ⁉ もしかして『メル』なの?」

 流石にヴァレリアも覚えていたようであった、『メル』と呼ばれたその黄金単角野兎クイーンホーンラビットの事を。その『メル』が後ろ脚でピョンと跳ねると彼女に向き合う様にその膝の上に乗ってきた、その勢いを受ける様にヴァレリアは椅子に軽く腰を降ろし直していた。そして一兎とひとりはジッとお互いの眼を見詰め始める。

 ――――ご主人様、あの時は妾達わらわたちの為に、そのお命を懸けてお助け頂き本当にありがとうございます。

 ヴァレリアの脳内に直接響くような声が突如として聞こえてきた。

「えっ⁉ なにこれ?」

 驚きのあまりヴァレリアはキョロキョロとその声の主を探すように周りを見渡してみたが、やはり部屋の中には膝の上に乗る黄金単角野兎クイーンホーンラビットしか見当たらない。

 ――――えっ、誰の声なの……それにさっきまでいた獣耳娘レクシシュは何処?

 ヴァレリアはそう思いながら黄金単角野兎クイーンホーンラビットを両手で抱き上げながら椅子から立ち上がった。すると……。

 ――――ご主人様から名を頂きました『メル』です。ご主人様が今、抱え上げていますわらわの念話です。

 再びそう彼女の頭の中で声が響き出した。

「えっ⁉ 嘘でしょ‼」

 ヴァレリアは思わず腕の中の『メル』と名乗った黄金単角野兎クイーンホーンラビットを目の高さまで持ち上げて思わず顔を近付けた。

「あまり顔を近付けありんせん方がいいでござりんすぇ。また、その美しいお顔を其奴に舐められんす。まあ、それが好みでありんしたらいいでござりんすが、ぬしさん」

 ヴァレリアは思わずその声のした方を見る。と、先程と変わらぬ様子で目の前に獣耳娘レクシシュが座っていた、そうやはり肉に齧り付いたまま、その雅やかな口の周りをソース塗れにしてであった。

「あっ‼ 貴女あなた何処に居たの?」

「あちきはずっとここに座っていたでありんす」

「えっ‼ だって貴女あなたついさっきは姿が見当たらなかったわよ」

「それはぬしさんの眼に映りんせんだけでござりせんか」

「はあっ‼ 映らないって、それはどう言う事なのかしら?」

「言葉通りでありんすが、何か? ……分かりんせんか」

 獣耳娘レクシシュは食べ終えた食事を前にして両手をそっと合わせながら『ごちそうさまでありんした』と、軽く礼をする。そして口の周りに付いた汚れを彼女の手元にあった布巾で拭い去るとヴァレリアの事を小悪魔的な瞳で見据えてきた。

「良きお手前でありんしたぇ。ぬしさんの家の料理は中々の味でござりんすぇ。ところで本当ほんに、ぬしさんがリアムあれの妹御さんかぇ?」

 獣耳娘レクシシュ青色の右眼と橙色の左眼オッドアイが差し入るような眼差しでヴァレリアの事を熟視していた。

 ヴァレリアは獣耳娘レクシシュの探る様な眼差しを受け止めながらも何故か既視感に囚われた。

 ――――何か、お兄様の言霊の雰囲気オーラにどことなく似ている? 言葉遣いからして全く違うのに何故かしら? それにしてもお兄様を『あれ』呼ばわりでいったい何なの?

 そんなヴァレリアの心の声が届いたのであろうか、獣耳娘レクシシュの口角が僅かに吊り上がりニヤッとした口元が緩やかに咲き匂い始めた。

「あちきの事はレクシシュと呼び捨てにしておくんなんし、あちきもぬしさんをヴァレリアさんと呼ぶでありんすから」

「……分かったわ――レクシシュさん。これでいいかしら?」

 そう言い返すと、ヴァレリアも椅子に深く腰を降ろし直して姿勢を正す。そしてひと言、レクシシュを指さしながら苛立ちの籠もった声で叫んだ。

貴女あなた、いきなり人の家に入り込むやらお兄様の手料理を勝手に食べて。いったいどういう了見なのかしら? レクシシュさん」

「あっ!」

 言われた方のレクシシュも食べ終えて空になった皿を目の前にしてハタと自分のした行動に今更ながらに気付いたらしい。目を見開いたまま驚いているようではあった。

 ――――えっ何っ? この。自分のしたことに今更驚くなんて⁈ 自覚なしの行動なの?

「あちきとしたことが……なんてことでありんすか‼」

 空の皿を目の前にして俯きながらもワナワナと震えているレクシシュ。その目には薄らと涙さえ浮かべていた。

 ――――はぁ~っ? いきなり泣くなんて……言い過ぎてもいないわよね、あたい。

「もう無いのかぇ‼」

 そう言うと、ガバッと顔を上げながらヴァレリアの事を涙ながらに見詰めてくるレクシシュ。ヴァレリアは思わず右の掌で己の額を押さえながらに溜息交じりに呟いた。

「――そっちなの‼」

 緊張感も緊迫感も、もう既に綺麗に霧散してしまったように無い。その場はレクシシュの勝利のようであった。


         § § §


 レクシシュの皿にお替わりをよそいながらヴァレリアは思っていた。

 ――――何で、あたいはこんなことをしているの、今。お兄様がもしかしたら大変なことにあっているかも知れないというのに……。

 そう思うとゲッソリとして自分自身に嘆息するしか無かった。が、そうは言っても何ら手掛かりも無く今々、出来ることと言えば、確かに目の前に現れたレクシシュから何かしらの情報を得ることであろうと思うことにした。そうしてレクシシュの前にお替わりの皿を差し出しながらハッキリと問い掛け直した。

「レクシシュさん、貴女はいったい何者なの、どうしてここに居るの?」

 目の前に出されたお替わりの料理に再びむしゃぶりつきながらもレクシシュは答えを返してきた。

「あちきはリアムに愛に、ぅほん……会いに来たのでありんす。出会いとしてはついさっきのことなんしが……」

 と、レクシシュがリアムとの出来事を話し始めた。ヴァレリアも自分のお腹の虫がさらに泣き始めたので話しを聞きながらリアムが作ってくれてた料理を食べることにした。


「――と言うことなんし、あちきを獣人化して貰った借りをリアムさんに返しに来たところでありんすが、その道すがらそこの黄金単角野兎メルをひろうことになりんして」

 と、ヴァレリアの膝の上に未だに乗っている黄金単角野兎メルを指さしながら話しを続ける。

「まあ、ここから先はその『メル』から聞いてくりゃんせ――」

 ――――ご主人様、『メル』です。わらわがその話しを続けますね。

 と、ふたりに伝わる念話でメルが話しを続けようとしてきたが、そこでヴァレリアが先にメルに問いかける。

「チョッと待ってね。その前に聞きたいことがあるのメル。良いかしら?」

 ――――ハイ! ご主人様。

「……そのご主人様って言うのもチョッと待って欲しいけど、先ずはメル、貴女こそ何なのかしら? 念話が出来る――言い方が悪くて御免なさい――魔物って言うこと?」

 ――――えっ~とぅ。 ご主人様、なんて言うか。わらわを魔物から進化させて頂いた訳で……。

 何となくメルが話し難そうにしていた。

「あちきが答えるでありんすぇ。ヴァレリアさん、主さんが其奴に名前を付けたなんしね?」

「えぇ、あたいが確かにメルと名付けしましたが――それが?」

 言われたことに何かしら間違えがあったとのかと、ヴァレリアは小首を傾げながらレクシシュに問い掛け直す。

「それなんし、魔物に名前を付ける――それで名持ちの魔物、いや名持ちの妖精に進化したでありんすぇ。メルは妖精兎ネームドに進化したでござりんしたぇ。そいで名付け親が主さん、ヴァレリアさんと言わす事で主さんがご主人様となりんす。まあ、そう言う、あちきも元々は妖精猫ケット・シーでありんすから、そこは信じておくんなんし」

「えっ⁈ そうなの‼」

 思わぬ真実にヴァレリアは唯々、驚嘆するしか無かったようである。

「ヴァレリアさんや、名付けの時、主さんの魔力マナ――吸われたでござりんすか?」

「あっ、そう言えばあの時、確かに魔力マナが抜けたような感じがしていたわ、それって……!」

 そう言いながらヴァレリアはその時を思い出すように小指を頬に当てながら上を向いていた。と、一瞬、目を離した隙にヴァレリアの目の前から二匹? ふたり? がいきなり消えた。

「えっ⁈ ふたり共どこに?」

 またしても消えたふたりをキョロキョロと探し回るヴァレリア、そして。

「メルや、戻しなんし」

 姿が見えないが、レクシシュの声だけはヴァレリアの目の前から聞こえてきた。

 ――――分かりました、レクシシュ様。

 と、メルの念話による返事と同時にふたりがまたヴァレリアの目の前に現れた。

 ――――ご主人様に与えて頂いた魔力マナの力です、。わらわの念を当てた者ごと、不可視化インビジリティ出来ます。

 と、メルが解説してくれる。

「へぇ~っ! 便利な技ね――それって魔法?」

 ――――そうです。不可視化魔法インビジリティです。

「と言う訳なんし、これでさっき映らないって言う言葉通りなんしの答えでありんすぇ、分かったでござりんすか」

「はい、十分理解できました」

「よろしいでござりんす」

 そう言って、レクシシュは満足そうに再び目の前の皿の料理にむしゃぶりついていた。


「ところでレクシシュさん、貴女あなたのその姿はと言う事で良いのよね?」

 ヴァレリアが今更ながらにレクシシュの姿を指摘してきた。

「――んっ、あちきかぇ。あっ!」

 そう言うヴァレリアの姿も大概だが。

「あちきの事もありなんしが、主さんも……じゃと思うなんし」

 そこはやはりレクシシュも指摘してくる。

「「……」」

 ふたりして自分の姿を見つめ直しては、お互い黙り込むとふたりとも自然と妖精兎メルの事を見詰めて……。

 ――――『『なんだか、メルだけ狡い!』』

 ふたりの念話が見事に重なる。そんな風に思われたメルはと言えば。

 ――――ご主人様にレクシシュ様、そんなご無体な。

 と、ひとり俯き加減で溜息を付いていた。でも、何だか既に三人? ひとりと二匹? 一匹とふたり? は仲良くなったようである。

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