第8話 ヴァレリアの独り言

 異世界の偉人の言葉に『舌でつまずくよりは、足でつまずくほうがましだ』と言う格言があるらしいが。『われ』が後でみっちりとリアムに教えてやらねば。で、はて、つまずく方がましでも魔物に追われて血みどろはチッと詮無いだろうに……話題の主の血塗れ姫はいまいずこにいるのやら、チョッと心配だから見に行こうかや。


 血塗れ姫の方へと足を向けて『われ』はんだ。『われ』等の絆呪契痣インデックスがこの兄妹ふたりには付いておるからのう、うこの兄妹きょうだい同士も結んでいるぞ、兄妹ふたりが特異契約と言っておるがその魔術式を……まあそこは色々あるのでのぅ。

 絆呪契痣インデックスはお互いを呼び寄せる契約なのだ。どこぞに離れていても互いの強い想いが重なれば呼び寄せる事も自らぶことも出来る、ぶと言ったがようは転移魔法じゃのぅある意味、想い合った者どうしには究極の契りの魔術と言えるか。『われ』はあのむすめに惚れ込んだ想いの強さで『われ』の方が勝手にべるのだが、とは言ってもこれは『われ』の前の我が己の存在と引き換えにしてまで置いていったものであるのだがのう、前の我は幼い頃のヴァレリアが我を視て笑ってくれたと――まあ何となく我の想いも解らぬでも無いが……『われ』等は自我が違えど蘇りの意味が在るからのう、記憶は受け継いでおるよ。それはそうと『われ』の想いと言っても天命としての意思でもあるから彼等の其れとは方向性が異なるのだがのう。それにしても、さっきのリアムはチッと遅すぎたようだったが、いったい何をしてたのだか。そう言っている間にほれ、たどり着いたようだのぅ。

 まあ先程、魔物に囲まれていたのも彼女のそそっかしさが一因でもあったし、この娘は何かと躓いては落っこちる癖があるらしい。うリアムとの出会いもそんなもんだったな、何処ぞのならず者共に追われ逃げる最中につまずいた所が見事に崖っぷちでそのまま真っ逆さま――と、結構な高さから落ちたのよ。そのお陰で追ってからは逃れられたようだったが、それはそれで彼女自身も瀕死の重傷を負ったのであったが怪我の方は其れは見事な治癒魔術ヒーリングで自ら回復させていたわ、ただし流石にそんな魔術を使えば魔力マナ切れを起こすのも無理からんこと、でのう――そのまま気を失って記憶ものう、あとは魔物の餌になるだけ言うところにリアムが――簡単に言うと、と言う訳なのだがのぅ。今回も同じようなことだと、つまずいて縦穴から落ちたところが魔物の巣とな――彼女が引き寄せるのか、それとも魔物が彼女を呼び寄せるのかどっちかのぅ。今は記憶の無い彼女は覚えておらぬが元来、聖女だって言うらしいからこれも因果なのだろうか。

 其れはそうと彼女が何かモウモウ言っているのだが……湖の中でのう、だいぶ冷えてきたことだし風邪でもひかぬと良いのだが。


         § § §


「んもぉ~ぅ、なまぐさにおいが取れないんだから……いや~ンもぉ~ぅ」

 ヴァレリアの甘ったるい涙声が岩肌に木魂していた。

 女神めがみの沐浴場と呼ばれるその場所は人目を妨げるように岩が四方に切り出している。そんな湖畔の浅瀬の一角で一糸纏わぬその姿はまさに女神ヴィーナスかと見紛うばかりの優美さが滲み出ていた。銀白色プラチナホワイトの艶やかで長い髪の毛が雫を滴らせながらもその躰を申し訳なさそうに包んでいる。けれど隠しきれないその肉感的な魅力はとても少女のものとは思えなかった。これからまだ成長するであろうその胸乳バスト尻臀ヒップ、そして細く折れそう引き締まった腰の括れウエストは既に完成された艶気すらただよわせている。つい先程、彼女のあられもない姿を目にした時のリアムの素直な『綺麗だった……』の呟きは、誰しもが思う気持ちであったろう。正直、あの即行返答レスポンス自身は間違いではなかったと、今の彼女のあで姿すがたからして『われ』も思うのだが……。ちなみに『われ』の見立てたところ女体三位寸法スリーサイズは……やっぱりもう少し後にしておこうかのぅ。

 足元の湖底の砂の燦めきが見えるほど透き通る湖水で身体を洗い流した彼女は、もう先程の血塗れ姫の姿では無かった。ひたすらに汚れを落とした彼女の努力に脱帽しようとも彼女自身はまだ満足はしていない様子である。確かに魔物の返り血は流し落とせてもそのなまぐさにおいは拭いきれないようだった。両の掌で身体の隅々を擦り合わせては洗い流して、鼻を近づけてスンスンとそのにおいを嗅ぐ彼女の姿はチョッといじらしいほど可愛らしかった。

「全身っ……舐めたら匂いは取れるのかしら?」

 

 おい! 猫じゃないのだからな……いや、まてまてしかも届くのかおぬしの舌が? どんだけ身体が柔らかいんだかのう。その思考には『われ』も黙っていられなかったわ、特にその後の発想には乙女としての良識を疑ったぞ『われ』は。


「でもねぇ、背中を自分で舐めるのは無理よね。――そうだ! 誰かに舐めて貰えば……とは言え誰かって? お兄様ぐらいしか? あたい……」

 頬に人差し指を当てながら、その可愛らしきまなこを広げて斜め上を見上げる仕草で彼女は思いを巡らしていた。が、ボンっと額の上から湯気を出したような表情に変わって俯く。垂れ下がった前髪で顔の表情は隠れたが真っ赤に染まったその頬に、乙女の恥じらいの気持ちが滲み出て来ているのが手に取るように分かった。彼女が何を妄想したのか丸わかりだった。


 オィッコラッ舐めてもっ……らおうっ、て……めんかい、その奇想は! 年頃の娘の発想とは思えぬぞ、おぬし! 『われ』も思わず突っ込みたくなる彼女の思考回路だったわ、容姿は極上だが所々に残念思考回路が散らばっておるのう。そらぁ、リアムも頭を抱える事は多いとの事だったしのぅ。でもまあ、そろそろヴァレリアよ、リアムの所に戻らねば奴の窮地を救えるのはおぬしだけだからのう。

 生暖かい眼で見つめる『われ』の姿は彼女には見えないが、何となく気持ちは伝わるようであった。


「あっ、そろそろ帰らなきゃ……お兄様が心配してるかもね、あとお腹空いたし――」

 背丈もお胸も更なる育ち盛り真っ只中、ヴァレリアの腹時計は概ね正確だった。湖岸の岩肌に洗い流して干しておいた革製防具と下着やらをひと纏めにして小脇に抱えると頭巾フード付き外套マント一枚をその美しき裸身に無造作に巻き付けて、彼女は外套マントの裾を翻しながら走り出した、先程の妄想でなんやら彼女の心の奥底に火が付いたのか一目散に愛しき兄の待つ家路を急いでいた。しかしそんな姿でリアムの前に立ったら……彼のその後を心配するのはお門違いなのだろうか?

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