風雲急を告げる
第5話 妖精猫とリアムの契約
リアムはヴァレリアの身に何かが起こるであろう事を危惧していた。ふたりの間の
記憶は無くしていても身体の心底まで刻み込まれた彼女の魂がその
今は兎に角、急いでヴァレリアの元に辿り着く方法を考える時であった。隣町とは言えコリピサ町とパント村の間はそれなりに距離はある。今朝はゆったりと構えていた為、のんびりした調子で歩き、結局のところ朝飯後の出立からお昼過ぎの到着となったのである。故にこのまま踵を返して走って行ってもパント村に着くのはおそらく夕方になってしまう。焦りは禁物と分かっていても心と頭はそう簡単には同調してはくれない、リアムの焦躁感は如実にその走りに現れていた。
冷静にいられないリアムに『
リアムは死に物狂いでただひたすらに走った、兎に角走った。馬車とか早馬とか、方法は他にもいくつかあっただろうが、日頃慣れてはいない事を地元と言えないコリピサ町で行うには、手間取るばかりで要らない時間を費やすと踏んだ判断であった。本当のことを言えば偽手紙の件もあり、
とは言え生身の身体では早々に限界が来るのは分かりきっていた事であった 。
帰路の途中、街道筋から少し離れた林の中を流れる小川でそれは起こった。
リアムは疲れた身体を引きずって小川の中に
乾いた喉を潤す為に小川のせせらぎに身を
当たり前のことと言えば当たり前である。頭を小川の中に浸したまま、リアムは気を失い掛ける。そんな事は無論自殺行為であるのだが……。
去りゆく意識の中で彼は軽く夢を見ていた。それは目の前に突如として現れた猫だったのだが、どうにも普通の猫では無いらしい。確かに立派な
「おぬし、面白い魂の色を持っているのニャー、我が輩にも少し分けてくれぬかニャー」
————猫が喋った? ちょっと待て待て……何だこれは⁉
唐突にリアムの意識が舞い戻ってきた、無論、水の中だったので呼吸が出来ない事に今更ながらに気が付く。彼は思いっ切り咳き込みながらも水の中から立ち上がった。
「ゲッホッ……ゲッホッ! あっ……えっ⁉」
咳き込むリアムの目の前にやはりだったが猫が立っていた、しかも二本足でだ。
「何じゃ、失礼だニャー。折角、死んじゃうぞって教えた遣ったッがニャー」
————さっきのは夢じゃなかった……のか、この猫に呼び戻されたと言うのか⁉
夢から覚めたような心地の中でも、少し冷静になれたリアムは目の前の猫に話しかけてみることにした。
「えっと、君に助けられたって事で良いのでしょうかニャー」
つられて応えたリアムも語尾が可笑しい。三途の川の手前からの生還にて少し異獣化したのかも知れない。それはさておきリアムの目の前にでぇ~ンと立ちはだかった猫の化身は再び口を利いてきた。
「まあその方の無礼はひとまず許すとしてだニャー、早速だが我が輩と契約せぬかニャー。勿論ただでとは申さぬ、ほれおぬしの大好きな
————こいつなんで其れを?
リアムの疑念の心の叫びがそのまま声となる。
「おい猫っ、なんで其れを知っているんですか。そもそもあなたは……何者なんですか?」
「何で知っているかって、それは企業秘密だがニャー」
リアムは
「はは~ん……我が輩を信じ切れぬと申すか、それもそうだニャー。それじゃぁ我が輩から自己紹介なぞしようではないか、どうじゃニャー。我が輩の名はレクシシュ、
————
リアムの顔には戸惑 いの表情とそんな心の呟きが駆け巡っていた。
ちなみに異世界での
————ちくしょう、この
「んっ、おぬし我が輩に向かって、何やら小賢しい思いを今持ったであろうニャん……」
そんなレクシシュの問いにリアムはスッと視線を逸らしてあらぬ方向に目を遣る。ネコ科は勘が良いらしい。
「まあ……よいわ。おいそれと我が輩を信じろと言ったところでおぬしも困るじゃろうて。さてとまずは帰りの足の確保をお見せするニャー」
レクシシュと名乗ったその
「何ですか、このでかさは……」
リアムの目の前には魔物の中でも
「
薄笑いを浮かべながらレクシシュがそう問い掛けてくる、リアムはウッと言葉に窮した。確かにレクシシュの
「最後にひとつ、自分の魂の色を喰らうとはどういうことですか、喰らわれた自分はその後どうなるのですか?」
「はは~ん我が輩が好きになったかニャー、なにって
そう言うとレクシシュは含み笑いを湛えた顔で、その吊り上げた口角の端を艶めかしくその舌先でペロリと舐め上げていた。
リアムの腹は決まった、彼は気持ちを固め結論を下す。
「レクシシュ、分かりました自分の負けです。契約成立です、この魂の色を
その瞬間のレクシシュのいやにニヤけた口元がリアムの記憶に残った。
§ § §
レクシシュとリアムをその背に乗せた
————では、さてとこやつの魂の色をさっそく味見してみるかニャー。
レクシシュの三ツ口が牙を剝いてリアムの肩に軽く食い込んだ、途端にレクシシュの顔が歪み血の気が引いたように蒼白に変わっていくのが傍からも分かった。
————こやつ、なんだと~っ! まさか我が輩が
リアムの肩に喰いついたまま白目を剝いた
流石にレクシシュが豪語しただけのことはあった。程なく
「おいっ――猫さん、ここいらで止めてくれませんか。これ以上、村に近づいたら村人達がこの大狼を見つけて大騒ぎをしてしまいます。って……おいっ……
リアムが声を掛けるが
「えっ……あっ、レクシシュっ」
「あなたは……レクシシュなのですか?」
リアムがその
「んっ、そうなんし、あちきはレクシシュでありんすぇ……獣人化出来たでござりんす。どうぉ、あちきは可愛いざんすか?」
何故だろうか、獣人化にて彼女の性格も一人称の呼び方も随分と変わったようだった。
————素直に可愛いなぁ……猫耳とふさふさの尾っぽがモフモフ感満載で。
と、そんな風に心の中で思いながらリアムは彼女に見蕩れていたのだが。
「あぁ、可愛いと思いますよ……何と言うか、あっ……」
レクシシュの問い掛けに素直に心の想いを吐露してしまっていた。
「ぁ……あ…ありがとうござりんす」
そんなレクシシュの方も思いがけず素直に褒められて、ほんのりと頬を染めながら照れ混じりで俯くしか無かったようだ。暫し、ふたりの間に……何とも言い難い時間が流れる。と、レクシシュの方が早く立ち直った、彼女はスッと顔を上げるとリアムに向かって話しを続け始める。
「そう、よかったでございなんす。でもまだ不安定みたいざんすね、この姿の維持には人族の精気がもっと必要みたいでありんす……主さんの魂の色を喰らえたけど精気は吸えなかったみたいでござりんす、こっちが逆に吸い取られたでござりんせんか、ビックリしなんすぇ。で、――少うし行ってくるでござりんす」
レクシシュはそう言うと
「また後で直ぐに会いに行くざんすから、其れまで妹さんと楽しくやってくれなんし。
「おぃっ、変わったって少しどころじゃ無いでしょうに、その姿は……それでどこへ……」
走り出した
————契約って結果は問題無しで良いのですか? 自分の魂の色って言うのは何だったんだですかね? それもありますが、獣人とは言え今の姿は女の
リアムの呟きと遅きに失した投げかけに、応えるべきレクシシュの姿は既に
————リアムて言ってたざんすぇ。おかしな魂の色を持った彼でありんした、しかし妖精猫の女王レクシシュとしての名折れだったでありんした、
リアムの
「ハクッチン……グッスっ。あらっ、毛が無いと存外、寒いざんすね。人間って結構不便でありんす。どっかで服を調達しんせん事には……ハクッチン」
狙いは違うが『
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