第3話 兄妹の絆(上)

 ここの人間界に属する種別からすれば、さしずめ『われ』は天運とか神命に位置づけるかもしれぬが、まあ『われ』としては今更どうでもいい事であるが……のぅ。

 しかるに、前の我が何故に禁忌を犯してまで関わりを持ってしまったのかと『われ』もそれがこの兄妹ふたりに興味を持った起因ではあった。それ故に、ふたりに帰依する全ての意思を拾う事にした。この世界のことわりすなわち、虚空界記録アカシックレコード閲読リーディングする事により事情は包み隠さず『われ』に届く。其れは一遍たりとも逃すものは無い。まあ、貴殿等からすれば、だから何だと言えば其れまでなのだがのぅ。

 ————だからこそ、『われ』が綴る語りを聞く諸賢の其方等そのほうらにはこれから逐次教えを与えていこうと思う。信じるかどうかは其方そなた次第だがのぅ。さて何故こんな戯れ言かたりを述べるのかと言うと、ヴァレリアの方はこの国を取り巻く他国の事情も巻き込んだ課題を持つ事が『われ』には分かるからだ。この話しはふたりともまだ知らぬ事ゆえ此処でとどめるが。まあ、其れがこの物語りに大きな波乱を起こすことは言わずもがなであろう。まあ、兄の方は知らぬが花と言うとこかも知れぬがのぅ。


 パント村とこの地を治めるベッレルモ公国の都と呼ばれる聖都テポルトリとの距離は、日々人々の噂が耳聞こえするには少しばかり遠すぎたようだ。この事が彼等兄妹ふたりの穏便な生活を守っていたのだが其れもそう長くは続かない事であろう。

 そんな彼等に丁度、大嵐の前に吹き始めた風で静かだった水面みなもにさざ波が押し寄せる様に、王都からの先触れが届き始めた。そう言えば『われ』がそんなさざ波で水面が揺れ始めた予兆を感じ始めたのも今日の朝のあの事が起因だったかと思うぞ。


         § § §


 リアムはベッレルモ公国の辺境地域にて冒険者組合ギルドから魔物退治の請負業を担っていた。そして、その腕前と言えば冒険者組合ギルドの認定階級ランクでA階級ランクに属するから、それなりに強かったと言えよう、しかも魔物に対しては特別にである。Fから始まる認定者階級ランクの中で、最高位のSを除けば通常位の頂点のAである。

 剣技の水準レベルはB階級ランクプラスだが、彼の持つ魔術はその持ち得る魔力マナに起因していて、魔術師で言えば『闘気』レベルの力が有った。無論リアムは剣士認定なので魔術師ではない。だが何故だか魔術師としても十分にやっていける能力を持っていたのは確かなようである、ただし魔物に対してだけと言う限定要素が付くのではあるが。

 魔術師の才能はその発生する魔力気量エネルギーレベルの『気』で決まる。そんな魔力マナはその血縁が魔力量マナランク資質レベルを左右するらしい。血縁を見分ける方法のひとつが眼の色彩と言われている。上位から言うと金銀妖瞳ダイヤモンドアイズ碧眼ブルーアイズ琥珀眼アンバーアイズ……。金銀妖瞳ダイヤモンドアイズは魔族だけであるから、人族で言えば碧眼ブルーアイズは最上位等級クラスとなる。特殊なのは虹彩異色症オッドアイの様に左右の眼の色が違う場合で、貴重な魔術を会得する能力がある場合が多いと言われていた。

 リアムは孤児院出身の身の上で天涯孤独だった為、彼の血筋は不明と言うことなのは仕方の無いことだった。血縁としては明確な血筋が分からないため、彼の眼の色が唯一の手掛かりなのであるが、琥珀眼アンバーアイズと彼の特異魔術に関する因果関係では、無きにしも非ずと言う特異性を示す事が在るのも分かっていた。それはベッレルモ公国で伝説の英雄として語り継がれている、ある昔話の一端に関わるのだが、それはまた別のお話しとしておこう。なので、そんなリアムの血筋の事はここでは置いておくことにする。最もヴァレリアの碧眼ブルーアイズの方が血筋の純潔さを物語るものだったのではあるが。

 そんな状況であるからリアムの魔術能力スキルは高くてもおかしくは無かったのだが、何せ偏った特徴を持っていることであった。それは何かと言えば魔術の攻撃対象が魔物の時だけ、発動した魔術に依って彼の周りの魔力マナが異常に高まりしかもその時、彼の眼の色が赤く染まると言う事である。本当に『闘気』レベルの魔術師の為せる業と言えた。そしてその能力が対人戦闘に対してだけは完全無効でその魔術が発動しないという特別限定スペシャルな能力が特徴であった。

 余談になるが魔力気量エネルギーレベルの『気』と言うのは、普通は九割がた『黒気こつき水準レベルであるが、その上の残り九割で『はく』があり、その上の残り九割で『闘気とうき』が存在する。その上が『覇気はき』で言うなれば百万人に一人の割合しかない。また、伝説的な存在でその覇気の中でもさらに希少な『覇王気はおうき』なるものが存在するらしいと言われている。視る人が見れば挙身光オーラの色で解る、黒気、白気はまさしくその色を示し、闘気は赤、覇気は銀色、覇王気は黄金色に視える。まさにリアムは魔物退治の専門家スペシャルリストと周囲に言われる所以ゆえんであった。

 因みに魔術と魔法は根本的にそのあり方から違うと言う。魔術は術式を想見イメージして、それを自分の内から沸き上がる魔力マナとともに詠唱する事でことわりを発動する、無詠唱と言う事はあるがあくまでも声として発していないだけで想見イメージの中で詠唱は済ませている。あと、魔力マナも自分の内からという事も有り基本は有限である。それに対して、魔法はその名の様に法である、魔界という世界の法をもって理の代わりに魔力マナを世の中に作用させる。依って術式などは特に無く、それぞれの魔法使いの能力で使う魔法のレベルや内容が変わる。魔力マナのあり方も自然界の中の魔力マナを引き入れる事により、ほぼ無尽蔵に放出する事も可能だ。但し、受け入れる魔力量マナランクはそれぞれの魔法使いの許容する力量が支配する事となる。

 そんな魔法を人間が目にする事はあまりない。何故なら、魔法は魔族種と呼ばれる魔族そのものや高位の魔物、又は妖精にしか使えないからと言われている、のでまず魔族種に会わない普通の生活では見る事は無い。例外として聖女も魔族的と言える事なのだが、なので治癒魔術ヒーリングも聖女が行うと真聖魔治癒魔法ジェニュイン・ヒーリングとなると言う。これは聖女も魔王も行使が可能という事から、聖女も魔族的と言われるひとつの所以ゆえんでもあった。


 そんなリアムに公国の聖都テポルトリにある冒険者組合ギルド本部より特別な要請があると、パント村も管理する冒険者組合ギルド支部から彼に便りが来ていた。ヴァレリアの拳が見事にリアムの左頬に炸裂して彼が見事にぶっ飛ばされる、兄妹きょうだい喧嘩の約半日前のことであった。

 と言うことで話しは今朝までいっきにさかのぼ


 その日、リアムはパント村を管理する冒険者組合ギルド支部からの呼び出し以外に特に急な仕事がなかったようで、朝から自宅前の庭先の畑仕事に精を出していた。妹のヴァレリアとふたり静かに暮らす小さな平屋の一軒屋はパント村の端の方、ほぼ村はずれのしぐれの森に入る入り口の真ん前にあった。そんな場所の為に耕せる広さはほんの猫の額ほどである、それでも若い二人兄妹きょうだいの食い扶持を補うにはそこそこ助かっていた。

 しぐれの森の中からは小鳥のさえずりが朝の爽やかな訪れを知らせてくる。そんな心地の良い癒やしの空間に小気味よいヴァレリアの呼び声が響き渡った。

「リアムお兄様……朝ごはんですよ~ぉ」

 ヴァレリアの澄んだ呼び声で、リアムはひとまず畑仕事の手を止めた。

「お兄様、今日はここで食べよっ!」

 薄蒼色に染め上げた着物ワンピースを清楚に着こなし、その上に淡い黄みがかった赤色の割烹着エプロンを可愛らしくまとった姿のヴァレリアは、その着物ワンピースすそを翻しながらも跳ぶ様にリアムの所に駆け寄って来た。朝食を仕込んで来たのか籐で編み上げた手提げ籠を持つ右腕が少し重そうに見える。

「リアっ、そんなに急がなくっても……転びますよ!」

 そう叫ぶとリアムは持っていた鍬を地面にドカッと差し込み、急いで妹に駆け寄っていく。そして彼女の持つ手提げ籠を半ば強引に引き取った。

「大丈夫ですよ、ここは。崖の端じゃないんですから」

 兎に角、ヴァレリアと崖縁がけっぷちは相性が悪かった。落ちないようにといくら彼女が気を付けていても、結局のところ何気に蹴躓けつまずいてはよく崖から落ちていた。嘘みたいだが安易にそうなってしまうのである。もしかしたら、前世は堕天使でそれも本来なら堕落した事で天界追放となるのが堕天のことわりだが、彼女の場合は単に物理的な理由おっちょこちょいで天界から落ちてきた天使では無いかとリアムは常々思っている程であった。そのことについてはヴァレリア自身も骨身に染みて良く覚えているのだが。と、そんな事を言っているそばからだった、やはりヴァレリアは畑の前で「あっ!」の呟きと同時に蹴躓けつまずいてきた。

「おっと!」

 そんな妹の事を良く分かっているのであろう、兄の支え手は的確であった。咄嗟にヴァレリアの細腰に腕を廻して彼女を抱き留める。

「ぇへっ、ありがとう、お兄様」

 リアム腕に抱えられながらも彼の胸元に自ら抱きつく様に倒れ込むヴァレリア、そしてその位置から兄の顔を見上げて嬉しそうにほほんだ。

「おっ、おう。どういたしまして」

 一瞬にして花が咲き誇った様なヴァレリアの満面の笑みを投げかけられて、リアムは恥ずかしげにそっぽを向いた。彼としても返事としてそう呟くのが精いっぱいのようであった


         § § §


 畑の端に据え置いていた腰掛けにふたり並んで腰を降ろす。ヴァレリアは彼女が持ち寄った手提げ籠から、焼いた鴨肉と香味野菜をパンで挟んだ品を取り出してリアムに渡した。そしてその後に自分の分もひとつ取り出すとふたり揃って齧り付いた。ヴァレリアの其れはリアムのものよりひと回り小さいサイズだったことは彼女の名誉の為に付け加えておくこととする。

 一頻ひとしきりヴァレリアの心のこもった料理を堪能し、リアムが満足仕切ったところでヴァレリアが口を開いた。

「お兄様は今日、何の予定があるのでしょか?」

「そうですね……冒険者組合ギルド支部に呼ばれています。要件はまだ分かりませんが」

「……そうなのですね」

 ヴァレリアの返事に一抹の不安がよぎっていたことに、リアムはうっすらと気が付く。しかしそれが何に依るのかは残念ながら分からなかったようであった。

「んっ? 何かありましたか?」

「あっ……何でも無い……です」

 彼女の言葉は次第に尻すぼみになっていく。うつむいて何かを思案していたヴァレリアだったが、勢いよく顔を上げてリアムの方に向き直ると彼をキリッと見据えて話し始めた、まるで自分を納得させるかのように。

「んっ! 大丈夫よリアムお兄様……あたいひとりで出来るから」

「……そうですか。無理はしないで下さいね……。それと念のために言っておきますが、薬草採取にひとりでしぐれの森に入らないで下さい。出来れば私を待って。でもどうしても必要だったらヴァレリア自身しっかり保護具を纏ってきっちり帯剣してから出掛けて下さい」

「うん、わかってますわ、お兄様」

 いまいち彼女の憂いの原因を伺い知れず、しかも話しの内容も要領を得ていなかったのだが、ヴァレリアがひとりで大丈夫と言うならリアムは信じるしかなかった。薬草採取はヴァレリアの趣味が高じたものだったが、それから作る薬はリアムだけに及ばず村人達も重宝していた。彼女には昔の記憶が無かったのに薬草の種類は何となく分かっているらしかった、喜々としてしぐれの森の中で薬草採取する妹の姿をいつもはリアムが傍らで微笑みながら見守っていたのである。

 ————しかし何でもかんでも兄として口出しするのも妹の成長の目を摘む悪手だし、まあ、もしもの時は武器さえあれば、彼女の剣技はもうそれなりのものだし、あとは魔術で何とかするだろうしな……大丈夫だ。

 と、リアムは心苦しくなる自分の想いをねじ伏せながら己を納得させていたのだった。

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