第2話 パント村の兄妹

 なるほど彼等は兄妹きょうだいと言うことらしい、『リアっち』と呼ばれた妹の名前はヴァレリア・フロスト、年の頃なら十五歳ほどであろうか。彼女に『お兄様』と呼ばれた兄ことリアム・フロストはヴァレリアよりも三つほど年上で十八歳程度には見受けられる。兄妹きょうだいと言うが容貌は確かに似通っている所もあるように見えるが、さて……。

 ヴァレリアは銀白色プラチナホワイトに輝く腰まである長い髪が特徴の目鼻立ちのくっきりした少女で、顔立ちも立ち振る舞いも匂い立つような美しさが漂っていた。そして特徴的な唇の左下の小さな黒子ホクロが何とも言えぬ色気を引きだたせ、少なくとも黙って微笑んでいれば誰もが見惚れる美人である事は確かに言える。あと数年、歳を重ねれば妖艶さを纏う程の美女に成長するであろう事は誰しもが思う事であろう。しかも噂によると時折だが貴婦人の如く高貴な挙身光オーラを放つことがあると言うらしい。

 そしてリアムの方はと言えば、髪の色が若干ヴァレリアより銀色が濃いと言う程度で、ほぼ似通っており、それ以外の目鼻立ちも妹と同様、精悍であった。まさに美形、そのまま女装してみればヴァレリアの姉と言っても確かに通るかも知れないくらい、男としては綺麗な顔立ちと言えよう。ただふたりの眼の色だけは特徴が異なっており、ヴァレリアはへきがん、リアムは琥珀色眼だが、彼のその眼の奥に何かを隠している気配は十分に『われ』には見透かす事が出来た。

 彼等はこの近くのパントと呼ばれる村で、ふたりだけで慎ましく暮らしているとの事。そして兄妹ふたりの仲の良さは折り紙付きで、村人の間でも噂の種らしい事が『われ』の耳にも届いておる。


 パント村はベッレルモ公国に於いて寂れた辺境地域の村のひとつであった。当世この世界でも、ご多分に漏れず若者は華やかな街に憧れ、其れなりに収入が見込める仕事を求め、村を飛び出しては聖都とかその周辺の賑やかな町へと移っていくのが常であった。その為、村に残っているのは年寄りか、はたまた華やかな街での生活に疲れた人々、はては不幸にも夫を失い街に身寄りが無くなった妻、あるいは没落して貴族の旦那様に捨てられた第二・第三夫人等であり、彼女等がこの村の実家を頼って出戻ってくるのであった。しかも皆、多かれ少なかれ幾人かの幼子を連れた母の立場が多かった様である。

 そんなへんな村だったが其れなりに温かみに満ちた人々が心豊かに暮らしていた、小さいながらも畑を耕し森の恵みを分けて貰い、川や湖で漁をしてそれぞれの生活を立てていたのだ。そんなささやかな生き方の中で村人の不安はやはりこの世界、いやこの国の魔物達だった。ヴァレリアを連れてリアムがこの村に移り住んだのも、そんな流れからである。

 リアムは冒険者としてその所属する職能団体ギルドより辺境地区の魔物退治を依頼され、数年の任期間隔で各地を廻っていた。この国は周辺の他の国々より魔物数が何故か多かった、それも近年特にその兆候が強くなっていた。その為に冒険者組合ギルドに依頼されて魔物退治をなりわいとする冒険者は其れなりに需要があり、冒険者組合ギルドからの依頼項目として一定の割合を占めていた。無論、国として主要な地域には辺境地域騎士団が配備され公的に守りを築いていたが、その恩恵にあずかれるのは大都市クラスの繁栄した地区だけである。それ以外の過疎の村々は自ら自警団を築いて守る必要性に駆られていた。そんな場合にはリアムの様な冒険者組合ギルドから派遣され強者が、村の自警団の指導者的役割を担っていたのである。

 リアムがこの村に来たのは二年程前になるがパント村で大きな魔物災害が起き、その教訓として村長が冒険者組合ギルド魔物退治の冒険者スペシャリストの派遣を要請したのが事の始まりである。そして派遣されたのがリアム・フロストと言う訳だったが、無論、村人も最初はリアムに対して不安感を抱かざるおえなかった。それはそうだろうとも、年端もいかない様な青年、いや、少年と言っても良い容姿だった為に、たいがい、魔物退治など出来る訳が無いと、見た目でそう判断した訳である。最初の一週間は……だがそれが十日も過ぎると皆の評判は一転していた。数頭、数十頭の魔物も一瞬の間に灰にしてしまう、彼のその魔物退治に特化した不思議な魔術は時の話題となった。そしてもうひとつはヴァレリアだった、妹として村人に紹介されたその娘は不思議な程、治癒魔法ヒーリングに長けていた。村には医者などおらず神官の元に病や大怪我があれば運ばれていた、その神官も年老いていて、そうそう治癒に魔力マナを注げなかったし、老神官の住む神殿の場所が隣町に在った為、巡回するとしても少し遠かったのだ。そんな時に些細な事であればヴァレリアが自ら赴いて、病人や怪我人の手当てをしてくれた。彼女が老婆や赤子の身体に手を翳す、其れだけで治癒するものも出てくるのである。村人達はこぞってふたりを歓待した、リアムの仕事である魔物退治の特性上、魔物がよく出現する村はずれの『しぐれの森』に近い事が必須条件の為、消去法でその傍の小さな一軒家が彼等の住まいとなったのだが、その家の全ては村からの無償提供のたまものである。敷金礼金家賃も無しゼロ、しかも今なら苗木も植わった畑付き、と言う特典まで付けてくれたのは貧しい農村に於いては破格の待遇だったと言えよう。


 赴任後、一ヶ月もするとすっかり村に溶け込んだふたりには、何かにつけて村人が世話焼きに訪れる様になっていた。今日もそんな一日であったようだ。


「モリーさん、そんなにいいよって言うか……こんなに野菜を貰ったら逆に悪くって……モリーさんのところだって必要でしょう? お子さんも多いし」

 そう言って申し訳なさそうに応対しているヴァレリアの所にはひとりの村の農夫が訪れていた。

 今日は緑黄色野菜がたんまり取れたから、豊作だったからと言ってヴァレリアのところに村の農家代表と言う事で、モリーが荷車一杯の野菜を持って訪れていた。彼は村の農夫のひとりで年齢的にはまだ若いものの、村の農夫達の取り纏め役的な立場のお兄さんであった。日々の力仕事で引き締められた身体に健康的に日焼けした肌が特徴の彼は、その陽気な性格がヴァレリアにはとても好ましく受け止められていた様だった。彼には三人の子がいたが、その末っ子のヨチヨチ歩きの男の子がヴァレリアにとても懐いていて、彼女も良くモリー家にお呼ばれしていたのである。

「いいってことよ、リアちゃん」気の合う村人の間ではヴァレリアのことを『リアちゃん』と親愛を持って呼んでいた。

「いつもうちの婆さんや息子達の傷や病をやしてくれたろう。しかもあれ、この間、婆さんが熱を出した時はリアちゃんがくれた薬で本当に助かったよ。畑仕事の人手が必要な時だったのにどうしようかと思っていたところだったんだ。あのままだったら婆さんと幼子の面倒を一緒に見る為にかみさんがてんてこ舞いになる訳だったし。早々に病を治して貰ったお陰で、婆さんの労働力が逆に当てに出来た分、ありがとうって言いたいのはこっちの方だから。別に無理している訳じゃ無いからさ、ねぇ、リアちゃん」

 そう言う風に言って貰えるとヴァレリアも心証的には気が晴れるが、そうは言ってもである。

「でもこんなに、しかもモリーさんのところで取れたものでない物も入っているじゃないですか。これってご無理なさったのではないですか、私達の為に……それじゃあまりにも申し訳なくって……」

 ヴァレリアがそんな風に気兼ねしている気持ちを吐露しながら、モリーの後ろをパタパタと追いかけ回している間に、彼はさっさと荷車から全ての野菜をおろして、ヴァレリアの家の台所に其れを運び終わっていた、そして彼女のはばかる声音に被せる様に話しの続きを伝えてきた。

「そっちの野菜はガブの所からで、あっちのはジック、そしてこっちのはトッドの所からだ、俺が運びに行くと知ってな皆が持ってきたんだよ、おまえんとこの其れってリアちゃんに持って行くんだろうって、じゃぁ是もねって頼まれたんだよ俺は。まあ、奴らも同じように感謝してたからねリアちゃんに、だからみんな有難く貰ってくれるかな」

「えっ~と、そう言うことであれば……有難く頂きます、皆さんにも宜しくお伝え下さい。後でお礼に改めて伺いますからと」

「お礼の方はいいって事よ、逆にこっちが恐縮してしまうってさ。田舎の持ちつ持たれつって事だけど、リアちゃんのお陰で皆を元気にしてもらってこっちの方がほんと感謝しているんだぜ、いつもありがとな」

 こんな風な遣り取りがヴァレリアの所では日常的に起こっていた。それだけ皆に愛されているふたりだったが……。

「それはそうと……あれはほっといて良いのか?、愛しき兄を想う妹としてはさぁ」

 そう言いながらモリーは目線でヴァレリアの事を促した。


         § § §


 モリーは今日、彼のひとつ上の姉のブリタを一緒に連れてきていた。

 モリー曰く、姉が実家で小麦粉焼菓子パンプキンパイ・アップルパイをたくさん焼いて余ったから持っていくと、折角だから作った自分が直接持っていくのだと。そう言って勝手についてきたんだとは話してはいたが。焼き菓子パイの事は口実で彼女の狙いはリアムだとヴァレリアは見抜いていたが、そんなヴァレリアも先程の遣り取りのようにモリーのお相手をしていたのでしばし放っておいたのだった。案の定、来るなりずっとリアムに纏い付いていて彼女は一瞬たりとも離れ様とはしてなかった。

 そのブリタは十八歳になる前にこの村を捨てて聖都テポルトリで一旗揚げると言って出ていった娘だった。

 村一番の才色兼備と言われた彼女は聖都で苦学の末、ベッレルモ公国侯爵のベリス・アナタイト侯のところに行儀見習いとして奉公に入ることが叶って、遂には村一番の出世頭と言われていたのだ。けれど丁度、今から一年ほど前にそのテポルトリから突然、舞い戻ってきて、そして実家で生んだひとり娘を育てているはずである。そんな彼女の娘の実父の素性については村の誰も知らないらしい。


 モリーに言われてハッとしてヴァレリアが振り返ると、そこにはリアムの腕を自分のその豊艶に突き出した双丘そうきゅうの谷間でいだくように寄り添いながら、潤んだ瞳でリアムの事を口説いているブリタが目に映った。羨むほどの甜瓜乳メロンちちに思わずヴァレリアも掌をグッと握りしめ、奥歯をギリッと噛みめていた。彼女は清楚な服で見事に隠し込んでいたが、そのけしからん程の官能的曲線美グラマラスボディはとても一児の母とは思えないほどつやめいている。まして、まだまだ青かろうリアムが、その色香に対抗するには、荷が重すぎると言えるのは誰の目にも定かであった。

「リアムってば、初心うぶなのね、そこが良いんだけれどもね男の子はもっと性的欲情ガツガツして良いのよ、何ならお姉さんが教えてあげようか……」

 そう言いつつブリタはその豊満な胸元Jカップを更にリアムに密着させていく。そんな彼女の前につかつかと歩み寄ってヴァレリアは気炎を揚げた。

「ブリタさん、おっ、お兄様から離れて貰えますか、お兄様は間に合ってますからそう言うの❣ ……あたいひとりで……」

 最後の方は俯き顔を赤らめ声音も尻すぼみになったが、何とか言い切りつつもヴァレリアはリアムとブリタの間に自分の身体を滑り込ませるようにして割って入った。と、兄の顔を覗き込んで頬を膨らませる。

「お兄様もそんな締まりの無い顔デレデレしないでくださいませ⁉ そんなに嬉しいのですか……⁉ 鼻の下を伸ばしてからに! もう、最低ですわよ‼」

 プンプンとしたリア爆弾はリアムを巻き込んで今にも炸裂しそうだった。

「リアちゃん、お姉さんは貴女あなたのことも好きなのよ……義妹いもうととして」

 ブリタの最後の台詞せりふは見事に着火剤として機能することになった。その後の事は後日の話しとしようか。


 モリーは空になった荷車にブリタを乗せてヴァレリアの家から家路を急いでいた。彼の今日の野良仕事は是からが佳境である。

「ブリタねえ、聖都のアナタイト侯の貴族邸で何があったかとか、とやかく言うつもりは無いけどさぁ、姉貴あねきとリアムじゃよぅ、分かるだろう。出戻りだからと言って甘やかすつもりもないけど、さっきのはどうかと思うよ俺はさ」端的に釘を刺してくるモリーに対してブリタは素顔になって答えていた。

「ヴァレリアの事を見ているとなんだかもどかしいのよね、あの兄妹錯綜ブラコンむすめがほんとに素直じゃないんだから、しかもあの兄妹ふたりを見ていると本当の兄妹きょうだいに思えないのよね、あれだけお互いに意識しまくって、あなただったらあたしのこのからだ、一糸まとわない裸にひん剥いても何も感じないでしょう、幼い頃から一緒にいたらきっとそうなるのよ。だからあのふたりは絶対に最近出会ったはずだわ、たとえ本当の兄妹きょうだいだろうと、きっと幼い頃に父母の離婚とともにお互い離れ離れになったのよ、ふたりとも相手を愛おしいく想う心のままで……なんて悲しい物語なのかしらね。まあ、あたしだったら兄とか妹とか関係無いし。だいたいアナタイト侯の貴族邸でだって、あたしのからだを欲しがったベリス様の事はそんなに嫌いじゃ無かったのよ、本当は。彼ったらベットの上では優しくてたくましかったのよね……想い出すだけで躰の芯が熱くなるのよね、あっん!」

「あぁ、ヴァレリアはほんとにリアムの事が好きだよな……はぁ、おい何てことを弟に対して口走っているの。あっ、て言うことは姉貴のお腹からおぎゃんと出てきたヘエルは本当にベリス侯の?」

 ブリタが吐き出した謎のお伽噺と最後に何気なく付け加えられた彼女の本音にビックリしながらも、モリーはじっと彼女の顔を見つめてそう呟いた。が、それをもさらりと聞き流してブリタは話しを続ける。

「ああでもあおらなければ、自分の気持ちに気づかないまま終わってしまうでしょう、あのは……でもリアムのことは、ほんとあたしも大好きだからあたしに振り向いてくれたなら其れは其れで……ねぇ、あなたもヴァレリアが義妹いもうとになってくれたら嬉しいでしょう」

「は~ぁ、姉貴よ。俺のさっきの感動を返してくれ!」

 ふたりの噛み合っているのだか、いないのだかいまいち訳の分からない会話を乗せた荷車は唯々ただただガタゴトガタゴトとと相づちを打ち鳴らし続ける様にきしんだ音を響かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る