第2話 2日目
「おい、優れものの毒薬って聞いてたのに、効いてないじゃないか」
ビル街の地下に看板も掛けず、ケバブを売っている怪しい店があるのはSNSでも話題だ。
店内は当たり前に外からの光を一切遮断して、キッチンを除けば5畳ほどしかない。
その店内を照らしているのは粗雑な大きめの黄色豆電球3つのみである。
その光も焼かれている肉から発生する煙が邪魔しているため、店内を満足に照らしてくれない。
食欲をそそる香りが空中を漂っているが、ぶつかり合うもう一つの臭いがタバコのものであることは目前の灰皿を見れば容易に想像がつく。
その灰皿が置いてあるカウンターの奥、キッチンに立っている店主に怒鳴っているのは先日、パーティー会場での暗殺に失敗した暗殺屋の浅田だ。
文字通り決死の覚悟で臨んだ昨夜の暗殺。それを無為にした毒薬を売った本人を前に、心なしか物腰柔らかいのは、今も生きている安心感からのものではなく、目前の店主が身長155センチほどの痩身の女性だからだろう。
さらに童顔で目はくっきりとしている。制服を着れば中学生にしか見えないほどだ。
浅田も凄腕の売人とだけ聞いて初めて訪れた時は目を疑った。
この容姿の相手と薬売買をすることに罪悪感を感じなくなってきたのはごく最近のことであった。
そんな彼女も話し始めると、その口調、声音、内容は大の男もたじろぐ程に理路整然とし低音で暴力的だ。
「貴様に寄越した毒薬はジカンアーク4771という。飲んだら最後、解毒しない限りは象でも死に至る。乾杯のワインに一滴混ぜる程度でだ。特徴は遅延性が突出して高いこと。飲んだら5日は確実に死なない。急ぎの暗殺でなければ逃げられる、疑われない、解毒されないの3拍子揃った毒薬界の異端児だ。殺しに一番向いている奴と言われたから処方した。文句があるようだが、計画のことなんぞ聞いてないからな、お前の注文の仕方が悪い。大体今回のー」
「わかった、わかったから」
辛抱堪らず追求から逃れる。
暗殺家業を長年してきて単純に自らのミスというだけでもキツいのに、見た目幼女にとなるともっとキツい。
女子高生にださいおじさんと言われるよりキツい。
泣きたくなる。
「ちなみに解毒はできるのか?」
と、さほど期待せずに聞いてみる。
「自分の命の事なのに投げやりな質問だな。嫌いだよ、お前のそういう浅はかなところ。。。解毒は無理だな、投薬5時間以内なら解毒できたがもう手遅れだろう。」
彼女にしては珍しく言い淀んだ気がするが、気のせいだろう。
「取り敢えずだ、貴様には最低でも約4日ほど時間が残っている。運が良ければ1ヶ月は持つ。残りの人生をやり残した事なり、何かしらの初体験なり有意義に使うことだな。」
そんな事を言われ、
昨夜の暗殺前に「やりたい事リスト100」を作成し、実行完了している。
私にやり残しなどないのだ。
と、脳内で議論を反芻していた彼の鼻腔を香ばしい香りがくすぐった。
次の瞬間、脳内の議論など彼方に吹っ飛び、意識より先に口から欲求が漏れる。
「ケバブをくれ」
6日<=余命<=31 @hihumi_coffee
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