ソシンロウバイ

織風 羊

第1話 ソシンロウバイ



 遥遠い太古の昔、何処を向いても広がる広大な大地の土地があった。大地は、緑に包まれ、豊かな自然があった。そして、その自然の恩恵に預かる生き物達が住み、獣達を狩る民族がいた。


 ある時から、太陽の光が降り注ぐ大地の空が、にわかに陰り出した。大地から太陽が見えない空を見上げ、そこに住む民達は、この状況は永遠に続いてしまうのではないかと思うくらいに暗い日々が続いた。しかし、それだけでは済まなかった。


 大地の民族の長老が民達を集めた。そして言った。

「私は、予知夢を見た。この台地には、やがて空から白い粉が降ってくる。その白い粉は、水よりも冷たく、この大地を覆い尽くしてしまうであろう。私達は、この大地から離れなければならない。新天地を見つけなければならない。旅立ちの時が来た」


 民達は、ありったけの保存食を背負い旅に出た。遥か彼方の地平線の向こうを目指して。旅は、過酷さを極めた。身体の弱い者から順に命を落として行った。


 大地の民達が地平線の彼方に辿り着くまでに、どれ位の時が流れたであろうか。彼らの見たものは、地平線ではなく、全く知らない景色だった。大地の民達が初めて見た景色、その景色を海という。


 そこには既に海の民達が住んでいた。大地の民達は此処に移住する事を諦めた。しかし、海の民達の長老が言った。

「私達は、この土地を先祖が見つけ、子が生まれ、命を紡いできた。しかし、旅立ちの時が来た。やがて、この浜辺も白い粉に覆い尽くされるであろう」


 大地の民、海の民達は、力を合わせて旅に出ることになった。大地の民達は、海から離れて更に陸路を歩いて行こう、その決心に見た事のない山脈と大地を夢見て、陸路を選ぶ海の民達がいた。海の民達は、水平線を越えて新たな大地を見つけようとした。そして初めて見る海の景色に喜びを感じた大地の民達は、海路を選んだ。


 それぞれの旅立ちの日がやって来た。海路を選んだ民達は浮かぶ木の箱、船、に食料を積み込んだ。陸路を選んだ民達は出発の準備が整っている。別れの日がやって来た。


 海路を選んだ民達の航海は過酷を極めた。それでも、時には風に乗り、潮に乗り、長い時を越えて、沈みゆく光を見つけた。民達は、その光を目指した。


 一方、陸路を選んだ民達の移動も過酷なものであった。しかし、彼らも新たな大地を、新たな台地を、民達は見つけようとしていた。


 海路を選んだ民達が上陸し、更に陸路へと移動を変え歩き続けた。ある場所での事、いつもの様に、日は沈み辺りは静寂を極め、民達は、そこで眠りについた。ある若者が目を覚ますと、他の者達も目を覚まし始めた。最初に目覚めた若者は、ある方向を指さしていた。。そして皆が其の方向を見ると扇状の大地の向こうから、太陽が上り始めていた。日出る国の夜明けである。

 しかし、例え、日は登ろうとも、厳冬の寒さは変わらない。もう一人の若者が、別の方向を指さした。皆が其の方向を見ると、浅黄色の花が咲いていた。ソシンロウバイである。この寒さの中で咲く花がある、民達にとって其の花は希望の光に見えた。民達は、ここを旅の終わりの土地と定めた。


 そこで彼らは家を建て、狩猟を始めた。後期旧石器時代の始まりである。狩猟の対象は、小動物が殆どであったが、大きな動物なら、民50人分の食料になった。ナウマンゾウである。


 そこで子供達が生まれ、命は繋がって行った。それから長い時が流れ、陸路を選んだもの達が、その台地に辿り着いた。再会である、しかし、出会うには時が経ち過ぎていた。互いに出自を知ることもなく、それでも協力して住むことになっていく。新たな繋がりである。


 そしてまた、時は気の遠くなる程に流れていく。民達の見上げた空から、水よりも冷たい白い粉が舞い降りている。最終氷期はまだまだ終わらない。


 さらに時は流れ、過酷な最終氷期を越えた民族達は、縄文時代から、弥生時代を越え、そこで生き続けた。そこを今の人々は武蔵野台地と名付けた。


 7万年前に最終氷期を迎えた地球では、現在のアフリカから移住した人々がいた。3万年前には大陸を歩き続け、また海路を渡り、さまざまな国で暮らし始めた人々がいる。

 遺伝子で言えば、ハプログループD1a2aという遺伝子があり、その姉妹型が台湾やフィリピンで見つかっている。海路を選んだ民達は、その旅の途中で台湾やフィリピンに立ち寄り、親族関係を結んだのではないか? また、陸路を選んだ民達は、当時の北海道を横断して来たのではないか? なぜなら、このグループに属する遺伝子はアイヌ民族に高頻度に見られるからである。


 現在、武蔵野には武蔵野公園を始め、いくつもの公園がある。また、角川武蔵野ミュージアムを始め、多くの施設が建っているが、武蔵野ふるさと歴史館では旧石器時代からの化石も陳列されているので興味のある方は是非とも立ち寄っていただきたいと思う。この物語は狩猟時代を背景にしたが、その後は農耕が盛んになり、農村風景を描いた大岡昇平の武蔵野夫人なども有名である。


 私達は、花に癒されることもあるが、もしも。最終氷期に命をかけて移動した民族が武蔵野台地の冬に咲く、可愛い淡い黄色の花を見つけたのであれば、それは希望の光に見えたのではないだろうか? 何万年も続くとは思っていなかったであろうが、その場所を最終氷期を乗り越えられる大地として選んだのなら、不思議な旅だとも思えない。


 もうすぐ短い秋が訪れて、武蔵野台地が冬を迎える頃、小さな黄色い花が咲く。ソシンロウバイの花である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソシンロウバイ 織風 羊 @orikaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ