第3話 答え合わせ

「あれ? いない」


 部屋には誰もいなくてドアを閉める。

 自室の前に向かおうとして気がついた。


 そういえば作曲部屋はこの部屋じゃん……。

 ジェスターの隣の部屋から微かにキーボードの音が聞こえる。

 どんな曲を作ってるんだろう、そんな好奇心がドアをノックしていた。


 向こう側から「はーい」と返事が聞こえ、私はドアノブをひねった。


「どうかしたか?」


 ジェスターが椅子をクルっと回してこちらを見る。


「どうやって曲作ってるのか気になっちゃって……ごめん邪魔しちゃったよね」

「邪魔じゃねぇよ! 気になるなら見てけばいいじゃん」

「え」


 思っていた反応と違って間抜けな声が漏れる。


「早く、こっち来て」


 手招きしながらパソコンの方を向いたと思ったらマウスをクリック音を境に電子音が流れる。

 単音弾きから始まる静かな始まり。ドラムが優しく入ってきて徐々に主張してきた時、音が途切れた。

 そんな不完全燃焼は私をワクワクさせたし、胸が弾じかれたようにドキドキした。


「まだイントロの途中! 全然出来てない!」

「でも掴み上手いよね、なんていうかゾワッてする」

「褒めてないじゃん」

「褒めてる! 心掴まれすぎて聞き惚れる以外何も出来ないの!」

「ありがと」


 ジェスターのふわっとした笑顔はこっちまで安心するというか、なんとなく目を逸らしちゃうような照れくさい感じがした。


「ねぇ、どうしてこの歌詞にしたの?」

「え?」

「だって“音楽は歌だけが全てじゃない”とか“言葉がなくても伝わる”とか」

「曲を聞いた時になんとなくそんな気がしたの」


 なんとなく、なんて曖昧な言葉を使って伝わるわけないのに。言葉にならない思いはどうやって伝えたらいいんだろう、そんなことを思っていたらジェスターの言葉が私の思考を止めた。


「正解! ありがとう」


 さっきとは違う眩しい笑顔。整った綺麗な歯が見える。その笑顔に私も思わず誘われた。

 真っ直ぐなありがとうと笑顔はここに来てよかったって思わせた。まだ始まったばかりのバンド活動だけど、それでも今日一日が、昨日とは比べ物にならないくらい楽しい。


「シャユ? ここにいる?」


 ピエロの声と共に2人が部屋に入ってきた。


「あ! ごめん!」

「いいよ。それよりご飯食べよ。お腹ぺこぺこ……」


 お腹を擦りながらピエロが笑う。


「うん! ジェスターも行こ」

「そうだよ、歓迎会するって言ったのジェスターなんだから」

「ここで来なかったら薄情者すぎるな」

「分かったから。行くよ」


 みんなが仲良しなのがわかる会話。私はまだ来たばっかりだけど、3人の会話を聞くとほっこりした。



「え、豪華……」


 ロビーに着いた途端、私は声を漏らした。


「だって歓迎会だし、ジョーカー料理上手いし?」

「楽しんでもらいたいし、ジョーカー料理上手いし?」

「おいやめろ」


 ジョーカーがニヤけた2人のほっぺたを抓る。


「ジョーカーが作ったの!? すごい!」

「いや、大したことない。調理師専門学校に通ってるだけだから」

「すごいよ! 料理が好きなんだね!」


 そう褒めたら顔をそらされてしまった。でも耳まで真っ赤にしてるのが見える。1番クールそうなのにそんな一面があるなんて!


「歓迎会始めるぞ!」


 ジェスターの声で歓迎会が始まる。美味しいご飯、手作りのホールケーキを食べて、SNSや連絡先の交換もした。とっても幸せな時間。みんなのことを知る度に言葉が溢れる気がした。


『今日から覆面系バンド〝clown〟に仮加入することになったシャユです。楽器は出来ませんが、歌を書きます! clownの魅力を引き出せるように頑張りますのでよろしくお願いします』


 最初のSNS投稿はこんな感じ。clownのファンの方は私のことをフォローしてくれた。そのフォロワー数に見合うくらい、いい歌詞を書きたいと意気込んだ初日は、あっという間に過ぎ去ったのであった――。

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嘘つきは道化師の始まり〜真実を隠して強がる私たちは歌でしか素直になれない〜 雨宮 苺香 @ichika__ama

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