第五話 見えないもの

 それから毎日、僕は彼女に会いに湖に通った。


 僕たちは無理に喋ろうとすることはなかった。

 一日中何も話さない日もあれば、取り止めのない会話を何時間も続けることもあった。


 彼女の選ぶ話題はランダムで、その内容は彼女の幼さの残る容姿に似合わず、まるで何十年もの時を過ごしてきた人のように思えた。





 会話はいつも唐突に始まった。


「誰だって、もっと強くありたいと願うわ。

 生きていくということは、時にとても残酷だから。

 でも、常に強くある必要なんてないのよ。

 ひとりぼっちで生きる方法を探すより、どうやって助けを求めるかを考える方が大事だわ」


「キミは、いつもそんなことばかり考えているの?」


「そうね。時間だけはたくさんあるから」


「僕はこれからひとりで生きていくのかな?」


「寂しいの?」


「って言うよりは、怖いんだと思う」


「自分と他人を完全に切り離してしまうから、寂しくなるし。怖くなるのよ。

 でも、結局のところ人間も自然の一部だから、全てと切り離してしまっては存在できない。

 だから、決して一人じゃない」


 彼女の言葉は小難しい。

 哲学でも好きなんだろうか。

 僕は彼女の言葉を単純に受け入れることはできない。

 やっぱり人は孤独で、ひとりで存在していると思ってしまう。


「楽観的すぎるとアナタは言うかもしれないけれど、


 アナタが

 大切で失いたくない人、


 アナタの

 かけがえない人、


 アナタが

 愛する人がいるのなら、


 きっと、アナタをそう思ってくれる人もいるのよ。

 たとえ見えなくても」


「僕は、見えないものを信じたことはないよ」


「そう。でも、なら、アナタが考えていることも信じられない?」


「そう言われると……」


 口をへの字に曲げた僕に、彼女は無邪気に笑った。

 そして湖面に目線を移して、静かに言った。


「私がここにいることは、信じてくれると嬉しいな」


「キミはここにいるから、僕には見えてるし。信じているよ」


 彼女は少しだけ寂しそうに微笑んで「ありがとう」と言った。


「なんだか冷えてきたね」


「そう?」


「うん。長袖を着て来ればよかった」


 その日は陽だまりの中にいてもずっと寒気がひどくて、僕は太陽が沈む前に家に戻った。



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