第五話 見えないもの
それから毎日、僕は彼女に会いに湖に通った。
僕たちは無理に喋ろうとすることはなかった。
一日中何も話さない日もあれば、取り止めのない会話を何時間も続けることもあった。
彼女の選ぶ話題はランダムで、その内容は彼女の幼さの残る容姿に似合わず、まるで何十年もの時を過ごしてきた人のように思えた。
☆
会話はいつも唐突に始まった。
「誰だって、もっと強くありたいと願うわ。
生きていくということは、時にとても残酷だから。
でも、常に強くある必要なんてないのよ。
ひとりぼっちで生きる方法を探すより、どうやって助けを求めるかを考える方が大事だわ」
「キミは、いつもそんなことばかり考えているの?」
「そうね。時間だけはたくさんあるから」
「僕はこれからひとりで生きていくのかな?」
「寂しいの?」
「って言うよりは、怖いんだと思う」
「自分と他人を完全に切り離してしまうから、寂しくなるし。怖くなるのよ。
でも、結局のところ人間も自然の一部だから、全てと切り離してしまっては存在できない。
だから、アナタは決して一人じゃない」
彼女の言葉は小難しい。
哲学でも好きなんだろうか。
僕は彼女の言葉を単純に受け入れることはできない。
やっぱり人は孤独で、ひとりで存在していると思ってしまう。
「楽観的すぎるとアナタは言うかもしれないけれど、
アナタが
大切で失いたくない人、
アナタの
かけがえない人、
アナタが
愛する人がいるのなら、
きっと、アナタをそう思ってくれる人もいるのよ。
たとえ見えなくても」
「僕は、見えないものを信じたことはないよ」
「そう。でも、なら、アナタが考えていることも信じられない?」
「そう言われると……」
口をへの字に曲げた僕に、彼女は無邪気に笑った。
そして湖面に目線を移して、静かに言った。
「私がここにいることは、信じてくれると嬉しいな」
「キミはここにいるから、僕には見えてるし。信じているよ」
彼女は少しだけ寂しそうに微笑んで「ありがとう」と言った。
「なんだか冷えてきたね」
「そう?」
「うん。長袖を着て来ればよかった」
その日は陽だまりの中にいてもずっと寒気がひどくて、僕は太陽が沈む前に家に戻った。
☆
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