第四話 同じ名前
次の日の午後、祖父は少し疲れた様子で帰ってきた。
車の中には、段ボールがいくつも積んであった。
「出かけてくるね」
「クロのところか?」
「湖に行ってみようと思って」
「そうか。気をつけて行ってきなさい」
「うん。行ってきます」
☆
村から駅まで伸びる曲がりくねった道から、森の中を走る小道に入った。
まっすぐ進めば湖にたどり着くはず。
森の小道に、鳥や虫の鳴き声が響く。
空を見たかったが、目線を上げても、太陽の光を遮るように木の葉が重なっていて、微かな光しか僕の目には届かない。
木の葉が風に揺られてサラサラと音を立てている。
小道を抜けると、小石の敷き詰められた湖畔に辿り着いた。
湖の上を駆け抜ける風に湖面が揺れて、あらゆる方向に光を拡散させている。
僕は眩しくて、目を細めた。
その視線の先にキミはいた。
☆
湖のほとりにある腰をかけるのに丁度いい大きさの岩に、その子は座っていた。
白いサンダルが足元に転がっていて、裸足をぶらぶらと揺らしながら湖を眺めている。
白いTシャツの上に、湖の底のような深く青いワンピースを着ている。
肩にかかった細い髪が風に吹かれ、揺れていた。
「ねえ、キミ。先週の日曜にも、ここにいたね」
僕の問いに、その子は振り向いた。
少しだけ困惑したような表情で、僕のことを見ている。
「先週の日曜……」
彼女の表情に、僕は不安になった。
「あのさ、僕、邪魔かな?」
「独り言? それとも私に聞いてるの?」
「キミが気にしないならいいんだ」
僕は地面に目線を移すと、水切りするのに丁度いい平べったい石を探し始めた。
母さんは石を投げるのがうまくて、石はいとも簡単にピ、ピ、ピッと水面を切って走っていった。
小さな僕にはその光景が魔法のように見えた。
彼女が静かに微笑む。
「一人でこんなに静かなところにいて、寂しくない?
とっても幸せそうだから、キミはその方がいいんだろうけど」
「幸せそう?」
彼女は少しだけ首を傾げた。
「うん。声が優しいし、表情がとっても穏やかだよ」
「そう見えるのね。私とても悲しいのに」
「……ごめん」
「いいのよ。ただ、最近、大切な友達が死んでしまったから」
僕はどんな言葉を返したらいいかわからず、黙ってしまった。
湖の対岸近くの浅瀬に立つ
僕は彼女をまっすぐ見た。
「ねえ、もしかして、僕はキミにどこかで会ったことがある?」
「そうでもないわ、アナタには見えていなかったから」
「見えていなかった?」
「気にしないで」
「気になるよ」
「ねえ、目に見えるものだけが真実だと思う?」
彼女の言葉は謎掛けのようだと僕は思った。
「よくわからないな」
「そう」
僕の答えに彼女はそっけなく返した。
「ねえ、僕、またここに来てもいいかな?」
「かまわないわ、ここは私の場所ってわけでもないし」
彼女は淡々と答えた。
湖の向こう側に広がる山脈に目線を移す。
「ここってすごく不思議な場所だね。
すごく静かなのに、本当はそうでもない。
木の葉のざわめきに、鳥や虫の声。
音がいつまでも止まない」
口数は少ない方なのに、気がつくと言葉がポロポロと出ていた。
「僕の名前、テラっていうんだ」
「そうね。私もよ」
「キミも?」
「うん」
そう答えた彼女は、少し悲しそうだった。
「
なんで母さんは女神の名前を僕につけたんだろう……。
ちゃんと聞いておけばよかった」
瞼が重い。
突風に吹かれて、目を開ける。
振り向くと、さっきまで高かった太陽は西の空に傾いていて、彼女の姿はもうそこにはなかった。
☆
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