ド阿呆男の物語

@uncle_tetuya

第1話

俺は毎度のように遅刻している彼女を待っている。足元には靴で踏まれた煙草の吸殻が数本溜まっている。

見上げると梅田駅から人が吐き出されている。一方ではその逆に飲み込まれていく。

「ああ、今日も遅れてるんや」

と苛立つ俺。その俺は駅から出てグランドフロアにやって来る人を見ていると電子看板に阪急ブレーブスの選手の笑顔が映し出されるのが目に入る。

その笑顔を見て顔をしかめて大きくため息をつき何度目かの煙草に火をつける。

 

彼女は待ち合わせ場所であるここ梅田に至るまで自宅からバスに乗り鉄道を乗り継ぎ早くても1時間30分はかかる大阪北部に住んでいる。一度、家を出るとその間は連絡が取れない。唯一の手段は駅伝言板か駅の放送で『どこそこの何々様、至急駅案内所にご連絡ください』と呼び出しくらいしかない。

だが、彼女は遅刻しても約束を反故にしたことは無い。俺は彼女を信じて、只々、待つだけの身である。

1時間も待ったころ見つめていたエスカレーターに彼女の姿が見える。ゆっくりと降りてくる彼女を迎えに行くが決して俺は彼女に尻尾は振らない。

「遅かったなあ」

「ごめんなさい」

「どうしたんや?」

「バスに乗り遅れてん」

「そうなんや。ほな、大阪駅に行こ」

「うん」

毎回、遅れてきた時は言葉数が少ない。

大阪駅へは歩いて数分で着く。目的は彼女の教員採用試験の受験のために切符とホテルの手配だ。彼女の希望で昼間の特急での往復で受験日を挟んで2泊となっている。

国鉄は、いとも簡単に切符は取れたが問題は宿泊の方だ。日本交通公社で事前に切符とホテルのセットを聞いたが上手く条件に合うものは無かったので別手配になっている。

 未婚の男女がダブルはもっての外。ましてや受験の為である。かと言ってシングル二部屋は俺がついていく価値が無いのだ。

 俺がついていく理由は彼女を安全に安心した状況を維持し受験を受けさせる為だ。結果は受験会場近くのホテルの和室となった。

 因みに彼女は2歳下で大阪堺市の短大を出て小学校臨時免許で教員をしている。今年には通信教育で小学校教員免許取得予定だ。

知り合った経緯は大阪音大OGの交友仲間で偶然の結果である。この話は別の機会に譲ることにするが青春ドラマ宛ら(さながら)のエピソードもあったことは付け加えておく。


梅雨も明けて7月のある日。

俺と彼女は大阪駅からベージュに赤色のアクセントとボンネットが特徴の特急目的に向かっている。

凡そ7時間の旅路の出発だ。ポリ容器の駅売りお茶と駅弁を購入しているので車内販売は極力用いないことにしている。この車内販売は通過地点に合わせて品目が変わるのも楽しいが購入しないと話し合って決めているので無視だ。



車内は6割程度の乗車率で繁忙期では考えられない。当然、前後の席は人が居ないのでかなり緊張感もなく自由な環境で長時間ともなれば退屈になる。

元々は俺も彼女も大阪音大声楽家のOGの取り巻きでもあったので音楽にも興味があったこともあり車内で迷惑にならないと程度の声で歌を歌うことに。

 チューリップの『心の旅』やオフコースの「愛を止めないで」から始まって『なごり雪』『学生街の喫茶店』『神田川』『オリビアを聴きながら』等々・・・。

やがて終着駅に着くころには乗客はほぼ二人だけとなった。途中、彼女の安心した居眠り顔を拝めたことも嬉しい。

駅に降りるとフェーン現象なのか大阪より気温が高い。ホテルは素泊まりなので駅構内で適当に食事と夜食と翌日の朝食の買い物をすまし初日は彼女の受験モードに合わせて早々に就寝となる。

受験当日は彼女が朝早く出て行った。連泊なのホテルの清掃時間以外(と言っても多少の便宜は出来るそうだ)は滞在できるが十時には俺も外出をすることにした。

気温は昼前にも関わらず街角の表示で35℃近くもある。日本海側は、異常な高温になることがあるが、蒸し暑さは無いのが救いだ。

俺はあてもなく駅前を散策するだけだ。その後は特別な観光もせずに途中に買ったケーキを持って部屋に戻る。

フロントで鍵を出してもらう際に『知り合いが出来たので夕食は先に食べて』という伝言を受け取った。

「相変わらず自分勝手や。まあ、しゃあない」

と俺は小さく愚痴をこぼす。

彼女が部屋に戻ってきたのは夜8時をまわっていたので、それが原因で当然のようにひと悶着が生じたが、その後は就寝となる。この悶着も別の話。

よく朝は寝乱れる彼女の姿を見ながら起床し帰路に。


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