またね。
彼女は帰った。
その後彼女に関する噂や情報を口にするものは誰一人としていなかった。
クラス名簿からは彼女の名前が消え、彼女が座っていた席には他の生徒が座っている。
生徒も教師も、彼女に関する記憶の一切を失っていた。
僕だけが彼女のことを覚えている。
僕だけが彼女の存在を知っている。
いつ見てもそこにはいないけれど、いつ見てもここにはいる。
僕の中には、いる。
放課後の図書室で、僕は独り。
受け取ってから1ヶ月が経ってようやく、手紙の封を開けた。
白い封筒に、液体糊で封がしてあった。
白い便箋。罫線の上に、ひらがなが生きている。
彼女の文字。
上手いとは言えない、だけど決して適当に書いたものではないことが明瞭にわかる、彼女の言葉。
一文字一文字が、代々さんそのもの。
こんなもの押し付けて、勝手に帰るなんて。
何て最高なんだろう、君は。まったく酷い。
こんなもの。
ちゃんと読めるわけないじゃないか。
直視できるわけないじゃないか。
彼女の言葉を読もうとすると、にわかに視界が歪みだす。
その度に僕は一度目を離して、ぼうっと窓の外を見詰めた。
そしてまた歯をぐっと噛んで。
7枚の便箋を、苦労して読んだ。
代々さんの書く平仮名は一文字一文字が大きい。
2枚目まではいつかに貰った手紙の日本語訳。3枚目以降は新規の内容の手紙だった。
誤字や脱字がそこかしかに散らばる拙い手紙を、僕は必死に、真剣に読んだ。
彼女が遺してくれた言葉。
彼女が僕に伝えたかったこと。
余さず受け取りたかった。僕に理解できる彼女のすべてを理解しようとしたかった。
何かを弾いたような軽い音が響いた。
便箋に、透明な液体が染み込んでいく。僕は慌てた。
しかし不思議なことに文字が滲むことはなく、便箋にできた染みは一瞬の後にすっかり消えてしまった。
これも君のいるところの技術なの?
地球の調査なんかしても、意味がなかったんじゃないかなあ。
うちゅうじんというものはつくづくわけのわからないものだ。
そしてどうやら僕は、そんなわけのわからない存在に酷く執着しているようだった。
つまり僕は。
ぐちゃぐちゃしていて、どげとげしていて、ぐるぐるしていて、ふわふわしていて──。
そんな感情を、代々ヨヨコに、彼女に抱いているということ。
またね。
その言葉を、僕はどれくらい信じて良いのかな。
でも、例え可能性がなくても。
僕は。
うちゅうじん少女 識織しの木 @cala
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。