3

「こんの不肖の放蕩息子が!どこ行っとんじゃワレ。一年もお小夜置き去りにしおってお前は」


「おじいちゃんもう怒らないであげて……もういいから……」


 やっと私が泣き止んだと思ったら、出先から帰ってきたらしい祖父に再び叱責を飛ばされる父がいた。

 彼は流石に自分の父親にも怒鳴られてしゅんとしている。垂れた犬の耳でも見えてきそう。


「お小夜も可哀想になぁ、こんな馬鹿の下に産まれて苦労したろ。ほれ、ざらめ煎餅やろうな。食べるか?」

「ウン」

「アレッ否定してくれないの」


 貰ったざらめ煎餅を大人しくモソモソ食べて、おじいちゃんの怒りが収まるのを待つことにした。だって禄でもないのは本当なのだし。


 父はしばらくおじいちゃんの説教を受けていたが、やがて気が済んだらしいおじいちゃんがお茶を入れるために台所に行ってしまったので、私たちはまた二人きりになった。


 すっかり元気を削がれてしまったらしい父はしょんもりと肩を落としている。まぁ、いい薬になったんではあるまいか。


「……お小夜さぁ、後悔してない?」

「?」


 ふと訊ねられ、何のことだか父の考えを計りかねて、あぁと思いついた。


「いやまぁ、ここまで育ててもらっておいて今更じゃない?お父さんの事はそういうもんだと思ってるし」

「あぁうんありがと……でもそっちじゃなくて」

「……あ、画家になってってこと?」

「ん」


 今度こそ頷いた父に、私も迷わず頷き返した。


「してない」


 そう言うと、父は一瞬目を見開いて、それから心底安堵したように笑うのだった。


「よかった」


 俺は後悔したんだよ。母さんの遺影描いたの。

 父はそう零した。


「……自分の見えるようにしか描けなかったし、その人の生き様そのものを分からなかったから。

 でもよかった。小夜がそう思うんなら」

「……うん」


 これから先、私もいつか後悔する日があるかもしれない。

 けれど、今はただ、この海風に招かれる──これから出会うひとの美しさを識っていきたいと思う。




 変若水小夜、齢十九。


 私の職業は、画家。


 遺影のみを描く、画家である。



 終わりゆく命の美しさを──その人の望む形を、この手で残す仕事である。

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残り火 郷田冬樹 @mirei8623

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