12.綾小路龍治、復活の兆し-2


 ばあやの訪問から三日後の日曜日。

 昼食をとってからすぐに、龍治たちは自宅を出た。


「では行ってきます、母さん」

「奥様、行って参ります」

「えぇ。気を付けて行ってらしてね、二人とも。花蓮さんたちに宜しく」


 たおやかに微笑む母に見送られ、龍治と柾輝は車に乗り込む。その後、母に挨拶をした運転手と護衛が一人だけ車に乗る。護衛は助手席に座った。普段は最低三人は付く護衛が一人だけなのは、今日は花蓮の家へ送って貰うだけだからだ。

 エンジンによる振動をほとんど感じさせず、車が発進する。龍治は窓の外へと目をやった。


「龍治様、お迎えは五時頃で宜しゅうございますか?」

「んー……。いや、のんびりする予定だからこっちから電話する。呼んだら来てくれ」

「承知致しました」


 運転手の言葉に、龍治は窓枠へ頬杖をついて隠した口元で笑う。龍治が笑った気配を察したのか、ガラス越しにうっすらと見える柾輝が微笑んだ。

 何だってそう聡いんだと思いながら、龍治は目を閉じる。


(さて、上手く行くかな)


 そう思う龍治だが、よほどの不手際がない限りは大丈夫だろうなとも思っている。

 どんな作戦であれ――緻密に面倒な策を取るよりも、単純明快なものの方が案外上手く行くものである。だからこの場合、ポカさえなければ大丈夫だろう。莫迦げたミスさえしなければ、無事に事は済むはずである。


(……花蓮を連れて行くのだから、失敗は許されないな。想定外なんて、云い訳にもならない)


 世の中、思い通りに行かないものだ。数多の可能性が絡み合って複雑に現実を成している。だから、龍治は考えなければいけない。

 どんな事態になろうと対応出来るように、と。

 最善と最悪を常に想定し、道筋を把握しなくてはならない。

 自分にはそれが出来る程度の能力があるのだ。

 目を開く。見知った景色が流れて行く。花蓮の家へ行く時のいつも通りの道。見慣れたものは心を落ち着かせてくれるものだ。

 龍治はまた微笑んで、ふっと細く息を吐いたのだった。



 *** ***



 龍治の家に負けず劣らずの大豪邸である東堂院家へ着くと、すぐに花蓮達が出迎えてくれた。

 花蓮のそれはもう嬉しそうな笑顔に、自分の不甲斐無さ故に会いに来なかった事を悔む。彼女はいつだって自分を待っていてくれているのに、この体たらくは何なのだろうか、本当に。


(終わらせよう、いい加減に)


 せっかく棚からボタ餅的に切っ掛けが訪れたのだ。これを活用出来なくては、龍治は問答無用で駄目人間だ。これ以上、綾小路龍治の株を自分で失墜させる訳に行くまい。

 運転手たちを帰らせ、龍治と柾輝は花蓮の案内で東堂院邸へお邪魔した。

 花蓮の父親は仕事で留守。兄も友達を遊びに行ったらしく、家人は彼女の母と弟だけだった。

 お淑やかな上流階級の令嬢らしい性格から、花蓮は一人っ子か姉妹がいると思われがちである。しかし実際には、年齢の離れた兄と弟がいる。しかも兄の方は自由奔放で粗野な感じだ。とても優秀な人なのだが、それと同時に一筋縄では行かない性格をしている。

 ちなみに弟の方はまだ十ヶ月。人見知りが始まって大変だと花蓮のご母堂は云っていたが、龍治が挨拶した時にはご機嫌だった。赤ん坊の笑顔は大変癒しになる。運が良かったと思おう。


「お兄様が留守で良かったですわ! すぐ龍治様にイジワル云うのですものっ」

「いや、まぁ。お兄さんとしては面白くないだろ、可愛い妹の婚約者なんて」

「わたくしの事を可愛いなんて思っていませんわ。わたくしにだってイジワルなんですから」

「うーん」


 花蓮に対しての場合は、可愛さ勢い余っての意地悪だと思うのだが。

 それを説明し説得するのは龍治では無理だろうと即座に判断し、話題を変えた。


「その、今日はありがとな。協力してくれて」

「龍治様のお力になれるなら、この花蓮、力は惜しみませんわ。さぁ、こちらへどうぞ」


 導かれた先は当然のように花蓮の部屋だった。ここに来るのは初めてではない。東堂院家に来た時には、大抵お邪魔している。今より幼い頃から知っている。

 しかし来る度に緊張するのは、やはり好きな子の部屋だからなのだろう。異性の部屋と云うだけである種の脅迫感すらあると云うのに、それが好意を持っている相手となれば尚更と云う事だ。

 無論、そんな態度はおくびにも出さないが。突っ込まれたら恥ずかしすぎる。


(相変わらず可愛い部屋だな)


 花蓮の部屋は、まさにお嬢様と云うテイストと彼女らしさが上手くミックスされた内装だ。

 壁紙はほんのり桜色。カーテンは薄いレースと厚手の若草の二重。出窓は洋風の両開きで、棚の所には花の鉢植えやガラス製の置物が飾ってある。床はフローリングで、龍治の部屋と同じく、必要な所にはカーペットが敷いてあった。

 窓辺には天蓋付きの可愛らしいベッド、勉強机や洋服ダンスなどの白亜の家具は猫足になっていて、ヨーロッパのお姫様のようだと思う。しかし二つある本棚はいやに重厚な黒色であり、どっしりと構えて存在を主張している。この辺が花蓮らしかった。

 花蓮は部屋の中央に設置してあるティーテーブルへ龍治と柾輝を招いた。龍治が花蓮の椅子を引くと、彼女は照れ臭そうに笑ってお礼を云ってくれる。それに対して龍治も嬉しくなったが、自分も柾輝にしてみれば椅子を引かれる側だと云う事に気付いてちょっと目を閉じた。婚約者の前でまで完全エスコート体制は控えて欲しい。云っても無駄だが。

 三人が座った事を見計らっていたのだろう。ワゴンを押してメイドが入って来た。花蓮の側によく控えているショートカットのメイドは、そつの無い動きでお茶を入れると三人の前へ優雅に茶器を置いて頭を下げた。


「御苦労さま。下がっていいわ」

「はい、畏まりましたお嬢様」


 花蓮の言葉にスカートを軽く持ち上げて侍女の礼を取った彼女は、龍治と柾輝にも律儀に挨拶をして部屋から出て行った。

 メイドの出してくれた紅茶から、ふんわりと優しい香りが漂う。この前来た時、龍治が美味しいと云った銘柄だと気付いて、少し笑った。細かい所に気を回してくれるものだ。

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メイン攻略キャラだけど、ヒロインなんていりません! 雲麻(くもま) @kumoasa_4410

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