閑話 コンビニの先輩

 アタシの働くコンビニには、名物になっている少女がいる。

 何故名物になっているかというと、その子はコンビニのスタッフであるのだが、見た目が小学生といっても十分に通用するくらい幼い少女だからだ。正確には少女と言うのが正しいのかは定かではないが、少なくとも、見るもの100人に聞いたら全員が少女であると答えるだろう、それくらいには見た目が幼く、そしてとにかく目立って可愛い。

 今日はその少女とシフトが一緒になる為、楽しみにしながら彼女が出勤してくるのを待ち侘びていると、鼻歌混じりに自動ドアを開けて来店する小さな影を見つけたので、先んじて言葉を掛ける。


「先輩、おはようございまっす。相変わらず今日もちっさいっすね」

「おはようございます。そういう君は、今日も慇懃無礼だね・・・」


 出勤してきたその少女へと挨拶をすると、難しい言葉で返される。

 私の言葉の通り、挨拶を向けた相手である少女は職歴的にも年齢的にも間違いなく「先輩」であるはずなのだが、その見た目から敬意よりも愛着を持って接する事が多い。それは私に限った話ではなく、私以外のメンバーやお客さんもマスコットのような扱いをしている。

 そういった扱いに不満があるのか、今も唇を尖らせて不機嫌さをアピールしているが、結局はそういった仕草も可愛らしさがより強まるばかりだ。


「いんぎんぶれーってなんすか?まぁ、大体のニュアンスは分かるっすけど、アタシは見た目相応のキャラをしてるだけっすよ」

「先輩に対する敬意がないよねって話。その例えからすると、僕はもっとお淑やかにしないといけないかもね」


 踵近くまで伸ばしている非常に長い、黒に紫が混ざったような髪をなびかせ、作り物のように綺麗な肌と瞳をしている、私の胸辺りまでしか身長のない小さな先輩。見た目は華奢で可憐で、まるでお人形のような儚さがあるのに、いざ口を開けば飄々とした口調と男勝りな一面が垣間見える。

 そういったギャップが浮世離れした見た目を強調しているのか、こうして話している時には近しい普通の人間なのだと思えるのだが、ふと遠目に見ていると、本当は作られた幻なのではないかという錯覚すら覚えてしまう。


「自覚があるようで何よりっす。てゆーかなんだかんだ、先輩もあんまり敬語とかは強く言わないじゃないっすか」

「仕事上の建前はともかくこの見た目だとね、色んな人に子ども扱いされるんだよ。君に分かるかい?コンビニ店員はお手伝いでやってたのかと思ってたとか、はぐれないように手を繋ぎましょうとか言われる気持ちが。大人として扱われた事なんて年単位でないよ」

「自動車免許持ってても、実際に車に乗ってたらおまわりさんに捕まっちゃいそうっすもんね」

「それどころか、夜に出歩くと補導されかけるくらいだよ。最近はもう諦めてきているとはいえ、失礼だと思わないかい?」

「うーん・・・妥当すぎるっすね」


 大人と認められていない事に不満を零す目の前の少女の姿をまじまじと見た後、すぐに無理だろうと結論を出す。

 自分が警察で、目の前にいる少女が0時に外を出歩いていたらどうするだろうか。

 答えは簡単だ。確実に話を聞きに話し掛けるだろう。

 何せ目の前の少女はどう角度を変えて見たって中学生に見られるのが限界だ。10歳前半くらいの子が深夜にうろついていて何もしない方が不健全だろう。誰がこの容姿を見て、成人済みでありお酒も煙草も問題ない年齢だと判断が出来るのだ。


「まぁ、何事も諦めるのが肝心っすね。いいじゃないっすか、お人形さんみたいで可愛らしくって。羨ましいくらいっすよ」

「可愛いのは僕も理解しているけどね。でも、不便でしょうがないんだよ。僕が棚の一番上の品物を陳列したり、カウンターで接客するのにすら苦労してるのは知ってるだろう?」

「わざわざカウンター裏に専用の土台が用意されてるくらいっすからね。皆子ペンギンを見守る親ペンギンのような気持ちでいるっすよ」

「後でその皆が誰なのかを聞いておきたいところだね」

「おっと。これは内緒の話だったっす」


 笑いながら誤魔化すと、呆れたように嘆息した先輩は制服に着替える為に、お店の奥へと引っ込んでいった。勿論その着替える制服も特注の為、彼女の言う苦労がそこはかとなく滲み出ている物の一つだろう。

 身長が低く、様々な業務に支障を来すくらいには大変そうだなと、いつも他人事のように見ているが、しかしその反面、それ以外に関してはかなり頼れる先輩であることは間違いない。


 まずその見た目にそぐわずかなりの力持ちである事。

 飲料水のペットボトルや缶の詰まった箱を一つ持たせるだけでも不安を覚える見た目をしているのに、一つどころか積み上げて運んでも苦にしている所を見たことがない。正直その見た目で重い物を持たせるのは虐待をしているようで気が気でないのだが、むしろ率先してそういった重量物を持ち運んだりする。


 そして正義感が強いのか、人の悪意というものに人一倍敏感である事。

 コンビニで接客をしていると、月に何回かは面倒な客という者が訪れるのだが、彼女は自身よりも背が高く高圧的なその者達に対しても引くことはない。更に、万引きを目論む輩に関しては事前に気づいている節があり、そういった者が訪れた際には監視の目を強めて行動に移させない環境にしたり、声を掛けて暴れた際には簡単に抑えつけるなど、中々に武勇伝のような話がある。


 最近では珍しくなくなってきた巷で噂の魔法少女に関する雑誌や、勧善懲悪ヒーロー系の話が好きらしく、彼女の本質はそういったものへの憧れから来ているのかもしれない。

 それだけ聞けば怖いもの知らず、という評価が一番正しいのだろうが、どこか大人の余裕のようなものを感じる。

 本人に伝える事はないが、格好良い生き様だと素直にそう思える。






「先輩は、この仕事辞めるつもりっすか?」

「んー・・・なんでそう思うんだい?」

「なんでもなにも、シフトがどんどん減って言ってるじゃないっすか。店長も結構悩んでたっすよ?もしかしたらウチの店舗に不満があるのかもしれないって」

「いや、別にそんなことはないけど」

「じゃあなんでっすか?」


 深夜に近づき、お客さんが全くと言っていい程訪れなくなった時間帯。こうなった時は作業をしながら暇つぶしの雑談タイムとなるので、制服に着られている小さな先輩に問いかける。

 どうしてなのかは知らないが、この先輩はシフトの時間をどんどんと減らしていってる。最盛期はフルタイムくらい働いていたらしいのだが、今ではその半分くらいだ。むしろそれで生活していけるのかと心配になるのだが、何か特別な理由があるのだろうか。


「うーん・・・。まぁ、やりたい事が出来たからかなぁ・・・?」

「やりたいこと・・・?それってなんっすか?」

「秘密ー」


 目を細めて楽しそうに笑う先輩は、何か悩んでいるといった様子は欠片も見えない。心配している自分が馬鹿に思えてくるが、それにしてもこの先輩は秘密ばっかりだ。ミステリアスな雰囲気は確かにぴったりであるが、信頼されてない証にも思えてしまってあまり面白くない。


「秘密って・・・先輩っていつもそうっすよね。アタシ、先輩の正確な年齢もしらないし、連絡先だって業務用の電話番号以外は家どころか出身地とかも知らないっすよ」

「だって誰にも言った事ないしね。知ってるのは書類を持ってる店長くらいじゃない?」

「そんなんで先輩って友達いるんすか・・・?」

「うるさいなぁ。いいんだよ僕の友人は少数精鋭だから」

「0に何を掛けても0っすよ・・・」

「友達は掛け算じゃなくて足し算でしょ」


 感情をころころと変えながら、言葉のキャッチボールをするこの時間は、仕事中であるのだがとても楽しい。出来れば先輩にもそう思っていて貰いたい。

 そんな感情が混ざりながら会話を続けていると、ふと先輩が外を見つめ始める。遠くを見つめる目は非常に鋭くなっているが、どこか楽しそうにも見える。


「どうしたんすか?先輩?」

「いや、どうやらまた『ワンダラー』が出たみたいだね」

「ほんとっすか?・・・あ―確かに、警報が聞こえるっすね」


 かなり遠くからの警報の音がうっすらと聞こえる。

 『ワンダラー』という怪物が出現した際に発せられる警報だが、この地域周辺でも月に何回かは聞こえてくる、最早日常の一つとなってしまったものだ。


「いつになったら、この怪物騒ぎは収まるんすかねー・・・」

「どうだろうね。いつかぱったりと終わるかもしれないし、これから先も終わらないかもしれないし、まぁどうしようもないんじゃないかな」


 未知の怪物を恐れる気持ちと、何度も聞かされてきた警報に辟易している気持ちを含んでの言葉だったが、それを受けた先輩はいつも通りの、何でもないような態度を崩すことなく、可もなく不可もないような返答をする。


「君も、警報が鳴ったらきちんと逃げるんだよ?好奇心は猫をも殺すんだからさ」


 その言葉だけは、いつも以上に真剣味を帯びた真面目な口調で諭される。


「アタシより先輩の方が心配っすけどね。でも本当に、この近所にアイツが出てきたらどうするっすか?みた事はないっすけど、近くにいるとなんか具合が悪くなるとか、普通の人間じゃ対抗できないとか、ロクな話を聞かないっすけど」

「まぁその時は、僕が大声で魔法少女を呼んであげるよ。『助けて―!ヒーロー!』ってね」

「先輩が助けてくれるっていってくれないんすね」

「まさか、冗談はきついよ。そういうのはヒーローに任せるのが一番だよ」

「魔法少女っすかー・・・。本当に助けてくれるんすかね、あの人達」


 正直、魔法少女なんて眉唾な存在に於ける信頼度は低い。

 実際に存在しているのはもう間違いないだろうと言うくらい、世間での認知度は一般的なものとなっているが、それとこれとは話が別だ。自分より小さな少女達が助けてくれるなんて話、簡単に受け入れることは出来ない。テレビでも黒い魔法少女が言っていたが、取捨選択の権利を持つのは魔法少女自身だ。別に彼女達を攻撃しようなんて考えはさらさらないが、捨てられる側に回ってしまったらどうしようという不安は、拭う事が出来ない。


「良い子にしていれば、きっと助けてくれるはずだよ。サンタクロースさんだって一緒だろう?」

「もうサンタクロースなんて信じてる歳じゃないっすけどね。それに、サンタさんと魔法少女は違うっすよ」

「それでも、子供達に言い聞かせる時はみんなそういうだろう?それは結局、サンタクロースがいるかどうかが大事なんじゃなくて、良い子に対しては何かをしてあげたいっていう想いから来るものだろう?魔法少女だってそれはきっと変わる事はなく、良い子に対しては助けてあげたいって気持ちはあると思うよ?」


 なんだか知ったかぶるような口調で話す先輩は、本当のヒーローに憧れる子供の様に、キラキラとした瞳をしている。そんな姿を見ていると、本当に何かが起こってしまった時には、ヒーローが助けに来てくれるんじゃないかと、そう思う事も出来る。

 人の悪意に対して敏感な先輩らしい言葉で、意外とその言葉は胸にしっくりと来た。


「先輩って、大人っすけど子供っすよね」

「むぅ・・・。結構気を付けてるんだけどなぁ・・・」

「見た目相応でいいと思うっすよ。似合ってるっす」

「見た目相応じゃダメなんだよ・・・」


 ガックシと肩を落とす先輩は真面目な表情を崩し、またいつものように気楽な態度に戻るが、きっと私は、子供の様だったり大人の様だったりする今日の先輩の姿を忘れることはないだろう。

 そして出来る限り、善をして善を返してもらえるようにしようと心がける事にする。

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