燻る思い
ブラックローズ、サファイア、エンプレス達三名による女子会?が開催された翌日。
委員長として他の魔法少女をサポートする為の資料をまとめていたサファイアこと、柳梓は、委員会へと出向いてきた小鳥遊桃を見掛けて手を止める。
ブラックローズとクォーツの共闘の後、委員会はゴーストによる記憶や形跡の削除が彼女に観測されたことで、何か不調や不自然な所がないか、委員会が設置した病院へと検査の為にクォーツへ召集をかけた。その時に大体の事情は聴取したのだが、他の情報との辻褄合わせの為に、クォーツはしばらくの間こうして委員会を訪れている。今はその帰りの途中だ。
ブラックローズはサファイアに改変について簡単に説明はしていたが、その凄まじい影響力をもう少し考えて欲しいものだと、梓は苦笑いを浮かべる。
(しかし、彼女のお陰で救われた子達が大勢いるのも事実ですし・・・。仕方ないので後始末くらいは手伝ってあげましょう。まったく、手間の掛かる子ですね)
そんな不満を漏らすような考えとは裏腹に、少しだけブラックローズの秘密を知る事を出来た達成感や、自分がフォローをしてあげなくてはという庇護欲を満たす。自身が意外と欲深い事を自覚していない梓であった。
「小鳥遊さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あ、先輩。お疲れ様です」
「はい、貴女もお疲れ様です。先日頼まれていた事の話が付いたので、少しお時間を頂きたいのですが。よろしければ、下のカフェテリアでお話しましょう?」
「先日のってことは、ブラックローズさんの件、ですか?分かりました」
桃は梓に連れられて、階下に設営されているカフェテリアへと足を運ぶ。
委員会内にあるカフェテリアは魔法少女関係者のみで経営をされており、利用している人達も、職員や魔法少女のみである。ブラックローズに関連した話はあまり大々的に言えるものでもない為、秘密のお話をするのにぴったりな個室へと入る。
梓は様子を窺って先に座る事を遠慮している桃に、手で着席するよう促しながら、備え付けられたメニューを渡す。
「とりあえず、何か頼みましょう。代金は私が出しますので、お好きなのを頼んで構いません」
「だ、だめです!そういうのはよくないってお母さんが・・・!」
「まぁ、お金のやり取りは確かにあまり健全ではないかもしれませんが、本日は私は上司としてここにいます。こういう場合、上に立つものが払うのが礼儀みたいですよ?それに、これからするのはお仕事の結果の話でもありますので、私に奢らせてくれませんか?」
「え、えっと・・・その・・・」
梓は委員長という責任ある立場の上、日本の『ワンダラー』討伐の要として前線に立つ魔法少女だ。当然ながらそれに見合うだけの給金を頂いており、ブラックローズの言葉ではないが、お金に関してはこの先困る事がないくらいには保障されている。
更に言えば、委員会内に設営されているカフェテリアは福利厚生の一環のようなものであり、値段はほとんどサービス料金に近い。どれだけ頼まれようとも、梓に痛む懐はない。
「そ、それじゃあ・・・頂きます・・・」
「はい、そうして頂けると助かります。こういうの、一度やってみたかったんです」
「あはは・・・。お役に立ててよかったです・・・」
しばらく親の言い付けと先輩の頼みの間で板挟みにあった桃だったが、遠慮しすぎるのも宜しくないと自身に言い聞かせて、大人しく梓に奢られる事となった。
梓はモンブランケーキと紅茶を、桃はショートケーキとホットミルクを注文し、しばらく二人は注文したケーキを食べながら、学生そのものな他愛もない会話をする。少食な二人がフォークを進める速度はあまり早くなく、話が盛り上がるにつれて梓が段々とテストや成績の話へと持っていくと、それに伴って桃の顔色が若干悪くなる。
決して学業を疎かにしている訳ではないが結果に付いてこない桃は、梓の言葉にただ相槌を返すしか出来ず、年末試験の話が出始めたところでようやく、お皿の上にはレースペーパーだけが残る。
「では、落ち着いたところで本題に入りましょうか」
「はい。えっと、ブラックローズさんの話ですよね・・・?あの子に会えたんですか・・・?」
ケーキがなくなったことでキリ良く話が移り、桃はこれ幸いと安堵しながら話を促す。
「そうですね。たまたま彼女と話す機会がありまして、事の詳細を聞いてきました。結論から言いますと、小鳥遊さんの言った通りの証言を得ることが出来ました。この件に関しては、ゴーストの影響という事で片付けられるでしょう」
「そう、ですか。よかったです・・・。でも、ブラックローズさんはあのことについて、覚えていたんですか?」
「え、えっと。そこまでしっかり聞くことは出来ませんでしたが、貴女と共闘をしたとはっきりと言っていましたよ」
桃は単純な疑問を投げかけただけだったが、それに対しての反応はかなり大きいものだった。
眼が泳ぎ、口調もしどろもどろになり、あまり深く突っ込まれたくなさそうに早口になる。そんな梓の挙動からして、基本的に察しの悪い桃であっても何かしらを隠している事は明確に推察できるが、その好奇心を抑えて飲み込む。
「あの子は大丈夫でしたか?わたし、あの子をあんな人達の中に置いていってしまって・・・。テレビでも、悪く言われてしまってて・・・」
桃はそう言うと、段々と頭を重くして首を下げる。
あれだけ他人との接触を避けていたブラックローズが、悪意ある人々から桃を庇って前面に出た事は確かであり、それによって色々な方面から悪く言われている彼女に、桃は罪悪感を覚えている。最終的に話を大きくしたのはブラックローズ自身の行動が大きな要因なのだが。
「あまり気にしすぎない事です。ブラックローズも、それについては仕方がないと気にしてないようでしたよ。それに、彼女の様に委員会に所属していない魔法少女であれば、いずれはこうなる事を理解していたはずです。遅かれ早かれというものでしょう」
「で、でも・・・。あんなに酷い事を言われて・・・」
「確かに、魔法少女そのものについて悪しきように喧伝する者達もいます。その者たちのせいで、魔法少女ブラックローズという存在が都合の良い標的とされている事は間違いないでしょう。ですが、私達に出来る事は多くありません。私達は魔法という力を持っているだけの小さな存在です。ああいった手合いは、私達が無暗に動こうとすればするほど喜ばせるばかりで、結果的に状況が悪くなるだけです」
「でも、でも・・・!」
桃の声が段々とか細くなる。
悪意に満ちた人々に囲まれた時、桃は何もすることが出来なかった。ただただ向けられる言葉を恐れ、誰かを助ける存在なのに、助けて欲しいという願いしかなかった。そしてブラックローズに助けられたのに、クォーツがいたという事実が消され、代わりに彼女だけが攻撃の対象とされている。
どうにかして恩に報いたいという気持ちがあるものの、自分が動くことで余計に彼女の立場が悪くなると言われてしまい、口からは駄々のような言葉しか出てこない。
そんな気持ちの向ける先を失ってしまった桃を慰めるように、梓は彼女の肩へと手を置く。
どうにかしようともどうにもできないという燻る思いは、梓も何度も経験してきたことだ。だからこそ、答えは自分一人で出せるものではないという事も知っている。
「その為に、魔法少女委員会という組織があるんです。魔法少女ではない大人の方々も、『ワンダラー』と戦う力はなくとも、それ以外から守るために私達の為に尽力を尽くしてくれています。今の私達に出来る事は、『ワンダラー』という怪物を倒す事です。誰かが私達を敵だと認識していようとも、私達が敵を間違えてはいけません」
そう言って、梓は懐からブラックローズに託された物を、桃の元へと返す。
手の中に収まらない程の大きさで、光を通すと奇妙な屈折をしながら様々な色で輝くそれは、真化した『ワンダラー』が落とした魔石だ。
「ブラックローズが、これを貴女にと」
「それは・・・!ダメです、それは貰えません・・・!だって、あの『ワンダラー』を倒したのはブラックローズさんです・・・!」
「いいえ、これは貴女の物です。外ならぬ、彼女自身がそういったのですから」
そのまま梓は、首を横へ振って拒否の姿勢を示す桃の言葉を聞き流して、彼女の目の前へと魔石を置く。
梓自身、真化した『ワンダラー』が落とした魔石など実際に見るのはこれで二度目であるが、どのような魔石と比べても大きな力を感じるそれは、確実に魔法少女としての格を上げる為の助けとなるだろう。
「ブラックローズの持つ力は圧倒的です。そしてそれは『ワンダラー』に対してだけではありません。人々の悪意に対しても彼女の意思は変わる事はなく、彼女は自身の正義のみに従って突き進んでいくのでしょう。だからこそ、委員会という形ある組織に縛られる事を嫌い、一人で戦っているのかもしれません」
彼女はきっと、他人を信用しきれていない。だからこそ自身がゴーストであるという事を隠しながらも、影ながらに魔法少女達を助け、常に存在は確認できるのに、どこにいるのかも把握ができていない。
心を開いてきてくれているのは確かだろうが、きっとそれだけでは、彼女は結局一人のままなのだろう。
「もし貴女が彼女の助けになりたいと言うのであれば、この魔石は受け取るべきです。そして彼女が本当に困った時にこそ、貴女だけが持つ力で、彼女を助けるべきです」
そう言って梓は、魔石を桃の手の中へと収めさせる。
桃は手の中にある魔石を見つめ少しだけ考えると、強い意思を持って、それを鞄の中へしっかりと仕舞う。
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