ヒーローという化け物
一人になってしまった貧弱そうな見た目の覆面は、それでも敵意を放ちながら気丈に振舞っている。膝はガタついており、頼りの綱であった銃はバラバラで役に立たず、おまけに仲間は全員床で寝ている。
どう考えても逆転の手がない状況に弱い者いじめをしている気分にはなるが、自身が蒔いた種なので諦めて貰おう。
「さあ、腕を頭の後ろに組んで床にうつ伏せになりなよ。痛い目に遭いたくないだろう?」
「ふざけるな!魔法少女だかなんだか知らないが、大人を舐めるなよ!!」
降伏勧告を送ってみるも返ってくる言葉は芳しくない。どころか、覆面は何を考えたのか懐からナイフを取り出して刃先を向けてくる。しっかりとしたグリップと光を反射する厚く鋭い刃は、玩具ではないことを確かに伝えており、常人に向ければ死に至らしめる事が可能な武器であることは明らかだろう。
男の行動に周囲にいる人々は息を飲む。
騒動の間に部屋の端へと非難していた為、男の近くには人質になりそうな人間はいないが、それでも、凶器を持つ狂人に対しては恐怖を感じるのだろう。
しかし、それが向けられるのは常人であればの話だ。
「あのさぁ・・・。そんなものでどうにかできる訳ないでしょ?さっきの見てなかったの?僕は銃弾を素手で掴んだんだよ?当然だけど、ナイフ程度ならどれだけ頑張ったって痛みすらないだろうし、君がどれだけ頑張ろうとも無駄でしかないよ」
「うるせぇ!!働いたこともねぇガキがお高く留まりやがって!!やってみねぇと分かんねぇだろうが!!」
「いや、わかるでしょ・・・」
「うおおおおぉぉぉぉ!!!」
「聞いちゃいないや・・・」
覆面は聞く耳を持つことはなく、ナイフを両手でしっかりと持ちながら腰辺りの位置で構え、そのまま全速力で駆け向かってくる。
何の障害もなく突き進めば僕の胸辺りに直撃するのだろうが、このまま大人しく見ている事もないだろう。
床に落ちている銃のマガジンを手に取り、覆面に向かって軽く投げつける。軽くとはいえ魔法少女のパワーで投げられた鉄の塊は、意外と速度が付き、向かってくる覆面の衝突コースに入る。
意表を突かれた覆面だが意外と俊敏な動きで投擲物に反応し、腕を振ってそれを叩き落とす。しかし、とっさの動きだった為にバランスを崩してしまい、目の前に一気に詰め寄ってきた黒い影には反応ができない。
「せーのっ」
「ぐうえぇぇぇっ!!?」
伸ばされた腕をしっかり掴んで、背負い投げの要領で弧を描くように床へと叩きつける。勢いの付いたまま背中から落とされた覆面は、肺の中の空気を全て吐き出すくらいの衝撃に耐えきれず、失神する。
覆面達が転がるロビーは先ほどまでとは打って変わって静まり返り、立っているのは魔法少女二人だけとなる。
「それじゃ、こいつらはどうしよっか。縛っておかないと起きた時面倒だよね?」
覆面から奪い取ったナイフをどう処理しようかと回して弄びながら、アリスへと問いかける。
当然だが覆面達を縛るロープなど一切持っていない為、拘束しようにも探すところからになってしまう。目につく悪党の制圧は終わったものの、まだ覆面は残っているようなので、あまり時間を掛けてはいられない。
「まぁ、気を失っている状態ならそこらへんの人たちに任せても大丈夫でしょう。無力とはいえ大の大人なんだから、それくらいは自分達でしてくれないと困るわ」
「それしかないか。覆面は後二人いるんだよね?」
「私が見た限りだとね。他の人質と一緒でしょうし、奴らが気づく前に先手を打ちましょう」
取り合えず転がっている覆面達の処遇を周りの人に指示しながら、人質にされていた職員の一人に残りの覆面が何処へ向かったか尋ねようとする。
しかしそれを行う前に、奥へと続く入口の一つから野太く響き渡る濁声が発せられる。
「な、なんだこれは・・・!?お前ら一体何をしやがった・・・!!?」
「・・・一歩遅かったみたいね」
声のする方に振り向くと、床で転がっている覆面達と同様の姿をした黒ずくめが二人と、それに連れられていただろう銀行の制服を着こんだ女性が一人立っていた。覆面の一人は女性に銃を向けて如何にも人質として利用しており、もう一人は大きな黒いバッグを二つ肩から下げている。
「テメェら動くんじゃねぇ!!こいつがどうなってもいいのか?あぁ!?」
「た、たす、けて・・・!!」
人質に銃を向けている、リーダー各と思われる覆面はすぐに現状を察したのか、女性を前面に押し出しながら銃を突きつけ、見せつけるように脅しの言葉を吐く。
先ほどから連れまわされ、人質として銃を突きつけられている女性は泣きじゃくり、嗚咽混じりに助けを求める。
古典的でありシンプルながらに卑怯な手段は、ヒーローには意外と通用してしまう。
「あんなこといってるけど、さて、どうしようか」
一応の手段は思いつくものの確実性があるわけではないので、僕が何とかしようと思うと、人質の女性にまで被害が及ぶかもしれない。多少は仕方ないと思うものの、初めから諦めてはいけないだろう。
何かいい方法はないものかとアリスに問いかけるが、返ってくる答えは中々に非情なものだった。
「どうもこうもないでしょう?最初に言った通り、全ての実を拾えるとは思ってないわ。人質の女性には悪いけど、諦めて貰いましょう」
「正気か・・・!?テメェら魔法少女って奴だろ?正義の味方が、市民を見捨てていいのか!?コイツを殺されたくなかったら、さっさとそこをどけ!!」
「ほざけ悪党が。お前らのような痴れ者と交渉をする訳がないだろう。お前らが使えるのは人質というちっぽけな盾だけ。引き金を引いてその盾が無くなった瞬間に、お前らを守る物などなくなる」
正義の味方は人質も見捨てないという理想論を信じていただろう覆面は、アリスの言葉を聞いて躊躇する。
銃を持っていた覆面仲間4人が床に転がされているのを見れば、魔法少女がかなりの力を持っているという事は想像が付く。人質を殺してしまい、その役割を失ってしまえばその後どうなるか。覆面の心の中で葛藤が生まれる。
そして、そんな心を揺さぶるアリスの言葉は、人質となっていた女性にも影響する。
助けてくれるだろうと期待したヒーローから、見捨てるという宣言をされた。希望が見えていたのに、すぐに絶望に落とされた。
女性は魔法少女と覆面の会話を理解すると、徐々に顔色を悪くしていき、どうしようもない感情が噴出して暴れ出す。
「た、たすけてよっ!!たすけてっ!!やだやだやだ!!!」
「おいっ!クソが、暴れるなっ!!!大人しくしてろ!!」
銃を突き付けて委縮していたはずの女性がいきなり暴れ出したことにより、覆面の意識はこちらから逸れる。
一瞬の意識の狭間。
それを狙っていたアリスの行動は素早く、覆面が気づく前に魔法を発動する。
「『鋭利な剣先』」
言葉と共にアリスは懐から片手で扱えるサイズの拳銃を取り出す。アリスの取り出した拳銃は覆面達の物と違い、明らかにプラスチックのような素材で出来ている安物の玩具であり、直撃しても驚かせるくらいの役割しか持っていなさそうだが、アリスは覆面と女性へ向けて躊躇なく引き金を引いて発砲する。
玩具のような拳銃は引き金を引いても火薬が破裂するようなことはなく、どこか安っぽい、プラスチックとバネが擦れる音が響き渡る。飛ばされた弾丸も小さく丸い、所謂BB弾と呼ばれる球体であり、どう考えても威力不足に見える。
しかしながら、バネの力で弾かれたはずのそのBB弾は常人が視認するのは困難な速度で飛んでいき、風切り音を小さく鳴らしながら、真っ直ぐ狙いに吸い込まれていく。
男の銃を持つ右手へと。
「あああぁぁああぁぁぁっ!!!??ゆ、指がああっぁぁっ!!?お、俺の指がああぁああ!!??」
「ひぇぇ・・・っ」
覆面は一瞬の驚愕の後、喉が枯れるのではないかというくらい大きな声で叫び出す。
たかだか数ミリサイズのプラスチックの弾が手に直撃しただけだが、魔法の力によって強化された弾丸は劇的な効果を与える。
覆面の着けている黒い手袋を容易に引き裂き、中指と薬指の間から手のひらを半分に吹き飛ばした。飛び散った肉片が辺りを赤く染め、粘り気のある液体を飛ばしたような不快な音を響かせる。
覆面はあまりの痛みに銃を持っていられない状態になり、人質を放り投げ床に倒れ、喉が引き裂けるくらい叫び続ける。覆面の右手は最早人差し指と親指しか残っておらず、骨の見える断面がその威力と痛みを物語っている。
人質にされていた女性はあまりに非現実的な光景に逃げる事すら忘れへたり込み、隣で様子を窺っていた荷物持ちの覆面は腰が抜けたように床に尻もちをつきながら、この光景を作り出したアリスから逃げるように足をばたつかせる。
「ひ、ひいいぃぃぃぃっ!!?」
「お前もそこの男と同じようになりたくないなら、荷物を全て捨ててうつ伏せになりなさい。私のこの銃は脅しじゃないわよ?」
アリスが拳銃を向けると、覆面は荷物を全て放り出して頭を床につける。
大の大人が玩具の拳銃に対して震えている様子はどこか滑稽ではあるが、先ほどの一コマを見ていたならばさもありなんといった所だろう。
僕も思わず口から悲鳴が出るくらい、ショッキングなシーンだった。
「大丈夫?立てるかい?」
同じくショックを受けて放心している、先ほどまで人質だった女性に対して手を差し伸べる。
ヒーローは紳士なので、相応の態度を心がけたつもりだったが、その手は振り払われた上に怯えた声で拒絶される。
「さ、触らないで!!ば、化け物・・・!!」
「化け物って・・・。酷い事言うなぁ・・・。せっかく助けてあげたのに、失礼しちゃうよ」
見捨てられると思って気が立っていたり、あまりに色々がありすぎて混乱しているのだろうが、ヒーローに対して掛ける言葉にしてはあまりにも酷い物じゃないだろうか。もしかしたら、助けて貰ったなんて思ってもないのかもしれないが。
これ以上気を遣わなくても自力で何とかなるだろうと判断して、やり残したことがないかと辺りを見渡す。
どうやら人質だった人達も覆面達を拘束するくらいの気力は取り戻したようで、悪態や罵声を浴びせながらも、ビニール紐やガムテープを使ってぐるぐる巻きにしている。
しかし、そんな人たちも遠巻きにこちらを見てくるだけで、感謝の言葉の一つもありはしない。なまじ人間の力がどんなものかを理解しているせいで、逸脱したものに対して近寄りがたいのだろう。特に、その力が怪物相手ではなく、人に向けたとなれば尚更に。
やはりヒーローが助けるメインターゲットは純粋な子供が一番いいのかもしれない。彼らであれば、どれだけ大きな力を行使しようとも、感謝の言葉を告げることを忘れないはずだ。いや、純粋さは時に残酷であるので、もしかしたらそれは理想でしかないかもしれないが。
「ブラックローズ。落ち着いたようだし、そろそろここを出ましょう。あまり長居しても、きっと面白い事にはならないと思うわ」
「そうだね。そうしよっかー」
不完全燃焼感が凄いが、ヒーローの出番はここまでだろう。後片づけは本職の方々に任せるべし。あんまり詰め寄られても困るし。
人質だった人達が外へ出ていくのに合わせて、アリスと共に上階へと登り、侵入してきた窓から外へと逃げる。
「あの・・・。あんまり気にしない方がいいわよ・・・?」
「ん?何のことだい?」
外へ出て、近くの建物の陰でしばらく銀行の様子を見ていると、アリスが少し優し気な表情で語りかけてくる。
「さっきのその・・・。野郎って言われたり、化け物って言われたりした事よ・・・。私から見ても、貴女は普通の、とはちょっと言い難いかもしれないけど・・・。いえ、とっても可愛い、普通の女の子で間違いないわ」
「あー・・・うん。ありがとうね」
可愛いとかは誉め言葉なので有難く受け取ることが出来るが、普通の女の子なんて言われると結構複雑な心境だ。最近は慣れてきたものの、心の底では未だに男の感覚が消えることなく残っており、どうにも違和感が残る。
可愛いのは事実だけど。
「そういうアリスも、大丈夫?実は君自身が気にしてたりしてない?」
「私は問題ないわ。化け物なんて言葉、言われ慣れてるし。それに、人を撃ったのは事実だから、一般人からすれば化け物みたいなものかもね」
「結構サバサバしてるんだねー。魔法を使うことに躊躇もしなかったし」
「善良な市民を助ける為に下劣な悪党を傷つけるのを、躊躇なんてする必要ないもの。貴女だって魔法の発現は見えなかったけど、結構痛めつけてなかったかしら?」
「ちょっとまだ力加減がうまくいかなくてね。あんまり人を傷つけたくはないんだけど、ああいうのは怪物みたいなものだし仕方ないかなって」
「その意見には私も賛成よ」
クスクスと笑うアリスは、先ほどまでの張り詰めた空気を紛らわすかのように一つ背伸びをする。何でもないような感じで悪党達と戦闘をしていたが、意外と緊張していたのかもしれない。
そうして少しだけゆったりとした落ち着く時間が流れる。
「この後、時間は大丈夫かしら?」
「ん?特に予定はないけど、なんだい?」
アリスは少し前に歩いた後振り向き、片手を伸ばして腰を少し曲げる。
まるでお嬢様でも迎えるような紳士的なポーズをしながら。
「もしよろしければ、私達のおうちに来ないかしら?貴女と同じような境遇の仲間達にも紹介しておきたいの」
まるで悪戯好きの食えない盟主のような楽しそうな笑顔で、彼女のアジトへと招待された。
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