悪は滅びる
覆面が何をとち狂ったか銃を取り出して一般人を追い回し、挙句の果てに発砲した時、流石に何かを考えて動けた訳じゃなかった。
とにかく何とかしなければという想いで飛び出し、何とかなれと思いながら狙われた人質の前に立った。
飛来する弾丸を素手で受け止める。
想像上では何度も行い、そしてその度にクリアしてきた曲芸染みた行動だが、当然ながら実際に挑戦したことなどない。そもそも銃を使う相手と対峙したことなどない。
痛いのは嫌だなぁ傷ついたら嫌だなぁと、割とネガティブな事を考えながらも、迫り来る弾丸に向けて手を出した。
ゆっくりとまでは言わないが、集中すればしっかりと目で追える速度で飛来した弾丸を掴んだ時、チクリとした痛みと圧迫感が肌から伝わる。対『ワンダラー』に役立たずとも流石に現代兵器という事もあり、痛痒にも感じないとまではいかないようだ。
しかし、取り逃して後ろに逸らす事もなければ手を貫通する事もなく、軽くグーパーと手を開閉して見せれば、いつものように綺麗な手の平が見える。全く支障はないだろう。
突然目の前に現れてそんな芸当をさせてみせた僕に対して、覆面達はその隠した表情からでさえ、驚愕と警戒を浮かべているのがありありと分かる。注目を集めるパフォーマンスとしては十分な役割を果たしただろう。
「て、てめぇはなんだ!?何処から現れやがった!?」
真っ先に銃を発砲した覆面の一人が、震える手で銃を構えながら怒鳴る。気丈に振る舞い自身を強く見せようとしているが、人知を超えた力を見て足が竦んでいるのが丸わかりだ。
「自己紹介はさっきしたと思うけど、聞こえなかったかな?魔法少女でヒーローのブラックローズだよ。玄関からじゃなくて行儀が悪いとは思ったけど、ちゃんとお邪魔しますって言ったからセーフだよね」
「魔法少女!?なんでそんな奴がこんなとこにいやがる・・・!?てめぇらは怪物退治が専門だろうが!!」
流石に魔法少女の存在自体は知識として持っているらしく、改めて姿を凝視した男達は見当違いな自論を並べる。
魔法少女だからといって怪物退治以外に出張してはいけないなんて理論はないだろう。僕はヒーローなのだから尚更に。
「だから来てるんじゃないか。善良な市民を狙うわるーい怪物退治に」
「ガキが調子に乗ってんじゃねぇ!おふざけじゃ済まさねぇぞ!?」
「ふざけてるのはどっちだよ。君達が持っているそれは人を殺す武器で、向けている意思も悪意そのものだろう?君達と『ワンダラー』の違いなんて、言葉を喋れるかどうかの些細な違いでしかないよ。これ以上暴れまわったってどうにもならないから、大人しく銃を捨てて投降したほうがいいよ」
「野郎舐めやがって・・・!!」
「一応これでも女の子なんだから、野郎だなんて汚い言葉を向けないで欲しいなぁ・・・」
「もういい!ガキだろうが関係ねぇ!!殺しちまえ!!」
あまりにも短気がすぎる覆面達に投降をする意思はないようで、先ほどの光景を見たのにも関わらず、強気に銃を構え直す。全員で集中砲火すればなんとかなると思っているのかもしれないが、仮に銃弾を掴まなかったとしても精々がかすり傷程度だろう。
それに、ここにいるヒーローは僕だけではない。僕の役目は人質を有効的に利用されない為の囮でしかない。
全員の視線が僕へと集中している中、もう一人のヒーローが自身の役割を果たすために暗躍する。
「ぐぇぇっ・・・!?」
「・・・!?もう一人いやがったか!?」
二階から様子を窺っていたアリスが、吹き抜けから飛び降りて覆面の一人を踏み潰す。勢いを付けて着地した事により、下敷きとなった覆面にかなりの衝撃が加わったらしく、喉奥が潰れ息だけが漏れる、声にならない声を上げて床とハグをする。
「てめぇ!よくもやりやがったな!?」
「黙ってその口を閉じなさい」
「ぐああぁ!!?腕がああああ!!!」
近くにいたもう一人の覆面が咄嗟に銃を向けようとするが、銃を発砲するよりも先にアリスが動き、その腕を掴む。そのまま力を込めて捻りまわすと、乾いた木が折れるような音と共に、覆面の腕が本来は曲がらない方向へと歪む。痛みのあまり銃を落とした覆面は銃を拾い直そうと逆の手を伸ばすが、アリスがそれを思い切り踏み潰し、両腕共に使い物にならないようにする。
踏み潰されて意識を失った覆面と、腕を押さえて悶絶している覆面からそれぞれ銃を取り上げたアリスは、そのまま器用にマガジンやスライドを外しバラバラににして捨てた後、残った二人に向き直り敵意を放つ。
「お前達、無事で帰れるとは思わない事ね」
「ざけんじゃねぇ!!これでも喰らってろ!!」
瞬時に仲間二人が倒された事で、目の前にいるはずの僕の事は頭からすっぽ抜けたのか、ガタイのいい筋肉質の覆面とそれに対象的な貧弱そうな見た目の覆面は、脅威を感じたアリスに向かって銃を向け引き金に指を掛ける。
「アリス!」
「問題ないわ」
魔法少女とはいえ肉体の強化は個人差がある。僕は先ほどは銃弾を素手で止めることは出来たが、アリスは怪我をするかもしれない。
不安が少し頭に過ぎり思わず声を上げるが、それは杞憂に終わる。
「『折れた矛先』」
アリスが右手を前に突き出して言葉を発すると、中指に嵌めていた指輪が光る。目に見えない魔法力の奔流がアリスを渦巻き包み込み、決められた定義に従い手のひらから魔法となって発現すると、覆面の持っていた銃が魔法力を帯びる。
覆面からすれば、アリスが手のひらを前にして何かを呟いただけに見えただろう。
引き金に掛けた人差し指に力を入れ、止まっている的に目掛けて躊躇なく発砲を行使する。本来ならばトリガーによって衝撃を与えられた火薬が破裂し、その推進力に従い真っ直ぐに放たれるはずの弾丸。しかし、アリスの魔法に掛けられた銃は見た目こそは全く変わっていないが、その変化は歴然だった。
あまりにも軽すぎる破裂音を背に飛んで行く弾丸。
先ほど僕に撃った時と同様にその性能を十分に発揮するかと思えたが、銃口から飛ばされた弾丸はいやに速度が遅く見え、ひょろひょろと頼りなく見えた。まるで突然玩具のモデルガンにすり替えられてしまったかのような挙動をする中、その弾丸はアリスへと到達する前に慣性を失い力尽き、ただの鉛屑となって大理石の床に転がり、高い音色を天井まで響かせる。
「な、なんだこりゃ!どうなってやがる!?」
「不良品でも掴まされたんじゃねぇのか!?」
覆面達は想定していたものとは全く違う結果を見て、手に持つ銃器に疑いを抱く。対象を貫くどころかその下へ到達すらしない。100円ショップの玩具ですらもう少しまともな結果を産み出すことができただろう武器。
しかしそれでも、銃という圧倒的な力を持っているからこそ行動に起こした銀行強盗という暴挙であり、これこそが覆面達の自信の表れでもある。それが全く役に立たないなどという事を簡単に認める訳にはいかない。
ひたすらに引き金を引いて我武者羅に弾を撃ち続けるが、何度繰り返しても結果は変わる事はなく、どの弾丸も床に転がり音を鳴らす程度の役割しか果たすことが出来ない。それどころか、次第にパーツを繋いでいる留め具が徐々に緩み外れ、興奮に比例して強く握りしめた瞬間に全てバラバラになり、その手から零れ落ちる。
床に落ちて転がる金属は甲高い音を立ててその重量感を伝えてくるが、覆面達にはそれがプラスチックで出来た玩具にしかもう見えなくなっていた。
「く、くそが・・・。もう銃なんか必要ねぇ!!その顔ぶっ飛ばしてやぐげぇぇっっ!!」
「いい加減僕を無視しないで欲しいな。第一、君の貧弱な拳程度でヒーローに勝てる訳ないだろうに」
頭に血が上って周りが見えていない、筋肉質な覆面の一人の背後からゆっくり近づき、足を払って床にそのまま叩きつける。体格差が倍くらいあるのではないだろうかと錯覚するほどの差がある少女が、軽く足払いしただけでいとも簡単に大の大人を投げ飛ばす姿は、外から見ていたならばさぞ滑稽に映ったことだろう。
受身の取れないまま硬い床へと肩から落とされた覆面は、勢いそのまま自身の体重に潰れ、腹部まで貫いた衝撃によって泡を吹いて倒れる。
「さて、残るは君一人だね。覚悟は出来てるかい?」
「うっ・・・」
燦々たる状況に腰が引けている、最後に残った貧弱そうな覆面に死刑宣告を告げる。
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