ピンチに駆け付けるのは
男は事態が収まる事を祈っていた。
今日のような人生で一番最悪な日から助けてくれるヒーローを求めていた。
銀行に来訪する人間というのは個人、企業に関わらず、大体の人間がお金に関連した手続きの為に訪れている。当然ながら男もその例に漏れず、様々な振込手続きを済ませる目的があってのことだった。
インターネットを使って購入したものの決済の為に、指定された方法でお金を支払う。現代人であればごくごく普通の事例ではあるが、クレジットカードを持つことに抵抗のあった男は、様々な決済方法がある中であえて、銀行振り込みで済ませる事にしていた。何度も繰り返したことがあるやり取りを、手慣れた手つきで進める男に迷いはなく、何事もなければこのルーティンは続くはずだった。
しかし、今日ほどそれを後悔した事はないだろう。
いつもと変わらない日々。いつも通りのやり取り。そんな当たり前は突如として崩れ去る。
男がそいつらに気づいたのは、取引を済ませて出口に向かおうと振り返った時だった。
一仕事を終えた感覚で肩の力を抜き、今日のお昼はどうしようかと考え出した瞬間、視線の先に飛び込んできたのだ。黒い大きなバッグを持ち、黒い服で統一され、黒い覆面で顔を覆い隠した、不審者たちに。
今日はいつも以上に冷え込む日であり、寒冷対策として厚手の服を着こむ人はちらほらと見えるのだが、それにしたって全身を黒で染めている人間は中々お目にかかることは出来ないし、覆面まで付けているとなれば尚更だろう。
男の頭の中から昼食の事は抜け落ち、代わりに困惑と警鐘が支配する。
覆面を付けた連中は、見た目からして明らかに異常であり、そして危険であることはすぐにでも理解できた。今から何が始まるのかは分からないが、何かが始まろうとしていて、それがロクでもない事だということは明らかだった。だからこそ男は、他にいる人々の事など気にする余裕はなく、我が身可愛さに脱兎の如く逃げ出そうと、出口に向けて走り出したのだ。結局、それが叶うことはなかったが。
「てめぇら!動くんじゃねぇ!!」
そんな第一声と共に覆面がバッグから長細い鉄の塊を取り出す。アニメや映画でしか見た事がないが、おそらく銃だろうと想像できる物体だった。
周りの人々は突然の大声を出した覆面に注目すると共に、言葉の意味が理解できずに呆けている様子だった。そんな人々の注目の的となっている覆面は、手に持つ鉄塊を天井へと向ける。
男の予想は外れる事がなく、覆面が銃と思わしき物を強く握ると先端から火が噴き、天井へ向けた銃口から放たれた弾丸が部屋を照らしていたライトの一つを破壊する。
覆面連中が現れた時は突然の事に動きを止め、何が起こるのか様子を窺っている様子だった人々だったが、ガラスの砕けた甲高い音が室内に響き渡ると、一幕の静寂の後、悲鳴が一気に辺りを埋め尽くす阿鼻叫喚の図が出来上がる。
「うるせぇぞ!動くなって言ったのが聞こえねぇのか!?黙って言う事を聞け!!」
男が大声を上げながら再び引き金を引く。
叫び声をかき消すようにもう一度銃声が鳴らされると、混乱は収まり切っていないものの徐々に声を上げる者はいなくなり、代わりに恐怖が支配していく。危険を感知して逃げ出そうとしていた人々も、入口を堰き止めていた覆面の仲間に銃を突き付けられ、身動きが取れないようにされていた。真っ先に逃げようとしていた男も顔を銃底で殴打され、床に転がる羽目になっていた。
ここまでされれば察しが悪い者でも否応なく理解させれらた。今から始まるのは銀行強盗であり、我々はその為の人質なのだと。
スペースの一角へと銃を押し付けられながら誘導された人々は、絶望の表情を顔に浮かべながら、言われるがままにただ耐え続ける事を強要された。
「くそが!まだ終わんねぇのか!?アイツら何やってやがるんだ!」
「苛立ったってしょうがねぇだろ。少しは落ち着けよ」
「なに悠長な事言ってんだ!?ちんたらしてたら警察が乗り込んでくるかも知れねぇだろうが!」
「だから、その為に人質を取ってるんだろ?そんなことも分からんのか?」
「んだと!?てめぇまで俺を馬鹿にすんのか!?役に立たねぇ作戦持ち込みやがって!!」
「それに乗っかったのはお前だろ!?やんのかこら!?」
(なんなんだこいつらは・・・)
床に転がされている男は覆面達の会話を聞いていた。
銀行に入ってきた6人の内、2人が職員を連れて銀行の奥へと向かい、残りの4人は人質の監視をしている。銃を向けて脅しを掛け、時折外の様子を窺っていた。しかしそれが続いたのも短い間だけで、徐々に覆面達は落ち着きを隠せなくなり、とうとう人質達が見ている中で2人が言い争いを始めた。
片方は体格が非常に良く、常に苛立っており口調が荒い男。片方は貧弱そうな見た目で、初めは冷静そうな口調で話していたがすぐに激昂してしまった男。
目の前で繰り広げられている喧嘩は非常に幼稚なものであり、銀行強盗などという協力関係においては致命的になりかねないものだ。協調性などというしっかりとしたものはあまり感じられず、お互いに足を引っ張り合っている姿は敵同士とさえ思えてしまう。
どう見ても正常とは言い難い痴態を晒している覆面達は、何か危ないブツを使用しているか、怨霊にでも取り憑かれてしまっているようだ。勿論、銀行強盗などに手を染める人間が、まともであるはずはないのだが。
「あぁもう、どうしてこんなにうまくいかねぇんだ!!むしゃくしゃする!!」
「ぐっ・・・ぐぁっ・・・!」
「ふざけんじゃねぇ!くそがくそがくそが!!」
「や、やめ・・・っ!ガァァっ!?」
体格の良い覆面は苛立ちを解消するように、床に転がる男を何度も蹴り飛ばす。
真っ先に逃げ出そうとした男はどうやら覆面に『気に入られ』てしまったらしく、イライラしながら文句を漏らしている覆面のストレス解消の玩具にされ、ことあるごとに腹部を蹴られて人質達の前に晒し上げられている。そのおかげで人質達は縮こまっており、反抗しようという気骨を感じられない。逆らったらどうなるか、見せしめの役割としては十分に仕事をしていると言えよう。その意図を覆面が持っているかはともかくとして。
そうやって時間が過ぎていくと、外の様子を確認していた一人が慌てふためいて声を上げる。
「お、おい!警察どころか物騒な装備してる奴まで現れたぞ!あいつら突入するつもりじゃねぇのか!?どうにかしやがれ!」
尋常じゃない狼狽っぷりは覆面達へと伝播していき、それぞれの落ち着きが段々と失われていく。
銃を持つ相手に対して相応の装備を整えた者たちが現れるのは当然の事であるが、覆面達はそんなことまで頭が回らない。4人で集まって怒鳴り合う姿はとてもじゃないが話し合いをしているようには見えず、段々とエスカレートしていく声量は、彼らの思考が単純かつ過激化しているのを表している。
決壊は秒読みだった。
「んだと!?人質がいるってのを分かってねぇのか!?」
「さ、最悪一人を見せしめにすりゃいいだろ!人質はこれだけいるんだ・・・。一人くらい減らしたって問題ない・・・!舐められたら終わりだ!!黙らせてやれ!」
話の決着は、あまりにも無情な言葉だった。そして、そんな物騒な会話を繰り広げる覆面達のその視線は、床で倒れている男に向けられていた。
獲物は定まった。
男は冷や汗と共にひりつく殺気を感じ取る。逃げなければ、殺されると。
「ふ、ふざけるな・・・!!」
「あ、テメェ!?逃げるんじゃねぇ!!」
「もう撃ち殺してから入口にでも放り投げろ!先だろうが後だろうが変わらねぇ!」
男は痛む手足に力を入れて立ち上がり、鈍重に絡みつく脚をがむしゃらに動かしながら出口へと必死で向かう。まともに動けている感覚などありはしないが、それでも止まる訳にはいかない。背後から聞こえる会話は男には死刑宣告であり、立ち止まればどうなるかなど分かり切ったことだからだ。
しかしながら、覆面によって痛めつけられた身体は男の思ったようには動いてくれず、入口を目の前にして足がもつれてしまう。床を這おうともがくも前に進むことが出来ず、焦りは思考能力の低下させていく。
(誰か、助けてくれ!!俺は死にたくない!!)
どうしようもできなくなった男は恐怖心から背後を振り返る。見たところで何も変わるわけがないが、それでも振り返らずにはいられなかった。
自身へ向けられる銃口と、引き金に指を掛ける覆面の姿。
瞬きすら忘れて、指が引き絞られるのをただ見るしかできない。
そして、部屋中に響き渡る大きさの乾いた音が三回鳴る。
銃弾を見る事など普通出来るはずもないが、男には銃口から放たれた弾丸が目の前に迫り来るのが確かに見えた。まるでコマ送りの動画のように迫ってきている弾丸は、男にとっては死神の鎌だ。
自身を確実に貫くだろう軌道で目の前まで接近し、世界がスローモーションになっていく。
そんな状態で脳裏に焼き付いたのは、覆面達に負けず劣らず全身黒色で、フリルとリボンこれでもかとデコレートした髪の長い少女と、その子が伸ばした細い手だった。
「銃なんて持ち出して、危ないじゃないか。それは人に向けていいものじゃないよ。いや、本来の使い方はそういうものだっけ・・・?まぁいいや」
緊張感のない言葉を吐きながら、少女が握り拳を開くと、その手の中からは覆面が放ったであろう銃弾が3発全て落ちる。甲高く音を鳴らす弾丸は先ほどまでは死神の鎌であったが、今では福音をもたらす鐘の様に幻視する。
不思議な事に彼女の手に傷などは全く見えず、軽くしなやかに動かしているところから何の障害も起こしていないようだ。
まるで盾になるように男の前に立ち、武装した覆面達の前であっても堂々としている。
少女はまるで、アニメで見るヒーローのようだった。
「魔法少女でヒーローのブラックローズだよ。よろしくね」
紫黒の魔法少女が不敵な笑みを浮かべ、悪党の前に立ちはだかる。
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