正義の味方のすべきこと
魔法を使えば人に気が付かれない自身もある為、正面から入る事だって出来ただろうが、流石に多くの衆目ある中を平気で進める程肝は据わってないない。特に僕は調子に乗るとすぐにヘマを起こすので、出来る限り魔法に頼らない方法も取っていきたい。
そういった事もあり、どうやってこっそり入ろうかと建物周りを見渡した所、明らか不自然に空いている窓が高所にあったので、そこからお邪魔させて貰う事にした。
「いやー。ちょうどいいくらいに窓が開いてるもんだね。僕の為に用意しておいてくれたのかな?」
「そんな訳ないっきゅ。明らかに壊されてるっきゅ」
「だよねー・・・。不穏だねー・・・」
「まぁ、もしかしたら警察が潜入する為にしたかもしれないっきゅ」
「警察ってそんなんだっけ・・・。まぁ、楽観せずにいこっか」
入った先は会議室のような一室となっていた。
別段荒らされている様子はなく、長机と椅子が綺麗に並んでいるこの部屋だけ見れば、異常などは何も発生していないと思ってしまうかもしれない。
しかし、もきゅとの会話通り、入口として利用させてもらった窓は『開いている』というにはいささか整備が行き届いておらず、ガラス部分だけがぽっかりとなくなっているような、元からフレームしか作っていないような、不思議な造形となっていた。
わざわざこんな洒落たデザインの窓を銀行が採用しているとも思えないので、僕よりも先に侵入した誰かがやったのだろうと推察できるのだが、表に停まっていた警察方々がこれをしたのならともかく、この騒ぎを起こしている人間がしたとすればおかしな話だ。わざわざこんな高所から侵入する理由があるとは思えない。
とりあえず部屋を出て廊下に出てみるも、辺りに人はおらず、どころか、何の物音もしない不気味な空間となっている。静かすぎるからこその違和感に五感が麻痺しそうになる。
「何にせよ、原因を確かめるのが先だね。下の様子でも見に行こっか」
「あれだけ外が騒がしいのに中はこんなに静かなんて、大方の予想はあってる気がするっきゅ」
「まぁその時はその時だよ。いくよ」
他に人がいないかだけ注意をしながら、階段を一つづつ降りて階下で何が起きているかを確認しに行く。
「で、君はここで何してるんだい?アイリス?」
「それは私の台詞だと思うんだけど、ブラックローズ。いえ、貴女は委員会にも所属してない野良の魔法少女らしいわね。なら、ここにいても不思議じゃないか」
「そうだよ。君と同じ自由人だよ」
階段をいくつか降りて3階まで辿り着いたとき、吹き抜けから階下を覗き込み、様子を窺っている少女の姿があった。揺れる金髪ツインテールがチャームポイントであり、服装こそ違うもののその面影には見覚えがあったので、敵ではないと判断してインビジブルを解き、こうして会話をしている。
魔法少女アイリス。少し前に出会い、エンプレスからも色々と依頼をされた、訳アリの魔法少女だ。同じ野良という身分同士、何処で何しているのか気になってはいたのだが、こんな怪物退治とは関係ない場所で彼女と出会うとは思わなかった。
誰かに見つからないように慎重に様子を見ていたり、わざわざ魔法少女服を着ないでいたりと、目的は考えるまでもなく僕と同じなのだろう。野良の魔法少女でい続ける選択をしている時点で、彼女は僕と同じような思想を持っているのかもしれない。
「それで、これは何の騒ぎなんだい?」
「貴女知らないでここまで入ってきたの!?今ここは銀行強盗が入っているみたいだから、軽い気持ちで入ってきたなら危ないわよ!?」
僕よりは状況を理解しているだろうアイリスに説明を求めると、彼女は驚愕を顔に浮かべて口を大きく開けて教えてくれる。
あんまり大きな声を出すと気づかれてしまうので、口元に人差し指を当ててジェスチャーをすると、慌てて自身の口を両手で覆う。
一息ついて落ち着いた後、先ほど覗いていた場所を指差して『覗き込め』とアピールしてくるので、アイリスと同じように、吹き抜けからこっそりと下がどうなっているかを確認すると、ここから見えるだけで4名の覆面マスクマンが銃のような物を持ち、職員や一般人に向け脅しつけているように見える。大きな銀行ということもあり、かなりの人間が人質となっているようなのだが、流石に4人で強盗ということはないだろう。いや、銀行強盗の適正人数など知る由もないが。
しかし、予想通り銀行強盗が押し入ったらしいが、本当にここは日本なのだろうか。銃器すら所持しているなんてどこから手に入れたのか知らないが物騒な。
「大体の想像はついてたから問題ないよ。確認しただけ。それで、君はどうするつもりなんだい?手を出す予定はある?」
「勿論よ。その為にわざわざここまで来たんだから。貴女こそ、これは人同士の争いであって、怪物退治とは訳が違うけど大丈夫?」
「どういう意味だい?怪物退治なんかよりよっぽど楽なお仕事だと思うけど」
正直ナイフだろうが銃だろうが、魔法少女の状態であれば負ける気はしない。油断をすれば危険なのは変わりないだろうが、それだって『ワンダラー』と比べれば雲泥の差だろう。
「そうじゃなくて・・・、人を傷つける覚悟はあるのかって意味よ。貴女がこれから戦おうとしているのは言ってしまえばただの人間。本来であれば、魔法少女である私達が守らないといけない存在よ。その力を怪物退治以外に使う事はできる?それを、貴女の中の正義は許すことが出来る?」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
アイリスは自身が人間を傷つけることに悩んだのだろうか。まるでこちらの覚悟を試すように問いかけてくる。
しかし、だ。
「悪党は悪党でしょ。人だろうが怪物だろうが、敵であることは変わらないよ。確かにやりすぎないか気を付けないといけないかもしれないけど、正直心配事はそれくらいかな。それに、守らなければいけない存在だなんて誰かが決めたことでしょ。僕が守るべき存在は、僕が決めるよ」
守るべき存在を傷つける葛藤は少女達にとって酷な話かもしれないが、正直その程度ならば僕には関係ない話だ。
ヒーローである僕が活躍することそのものが、僕にとっての正義なのだから。
「そう。やっぱり貴女は野良だけあって、委員会の子達とは違うわね。確固たる正義が貴女の中にあるのなら、私からは言う事はないわ。一緒に協力して解決しましょ」
「まぁ、異論はないよ。それで、どうするんだい?何か作戦でも?」
「二人で一緒に乗り込んでぶっ飛ばす。簡単なお仕事よ」
「何も考えてないんだね・・・」
ここでちんたら話をしていても時は進むばかりなので、取り合えずアイリスがどう動くかを確認したのだが、あんまり深く考えてはいないようだ。
とはいえ、僕も何かうまい手を思いついている訳でもないし、魔法少女のスペックでごり押ししても問題ない気もするので、あまり人の事をどうとは言えない。
「『下手な考え休むに似たり』って日本語があるのは聞いたわよ。時間もない事だし、相手は少人数。一人ならともかく二人で事に当たれば問題ないわ」
「少人数って、何人いるんだい?今の所四人しか見えないけど」
「全部で六人ね。そのうち二人は人質と共に金庫にでも向かってるわ。だからとにかく、今下にいる四人さえ無力化してしまえば、ひとまずの安全は確保できるはずよ」
時折人質に銃を向け、すすり泣く声に対して怒鳴り散らして反抗する気力を奪いながら、携帯で状況のやり取りをしている様子の覆面共を見下ろす。かなり苛立っている様子でもあり、見せしめにされているだろう人質の男性がその度に暴力を振るわれている。
このまま何もしなければ、死者だって出るかもしれない。
「携帯で連絡を取り合ってるみたいだけど、残りの二人が連れて行ったっていう人質はどうするつもり?お仲間がやられたなんて気づいたら、血迷って人質ごと心中しちゃうかもよ?」
「その時は運が悪かったと思って諦めて貰いましょう。残念だけど、全てを救えるなんて傲慢な考え、最初からしてないわ」
「現実主義者だねー」
「たらればを議論していたって解決に繋がらないもの。このまま見物していて、後で『ああすればよかった』なんて後悔するより、よっぽどマシだと思うわよ?でも、委員会の子達だったらこんな事、絶対に賛成しないでしょ?貴女はどうかしら?」
「僕も基本的には君と同じ気持ちだよ。まぁ、手を出すからには出来る限りはやるつもりだけど・・・。僕らが介入した事によって余計な被害が出ない事を祈るよ」
基本方針は決まった。後は行動に移すだけだろう。
下を覗き込むために座り込んでいた膝に力をいれ、スカートの汚れを払いながら立ち上がる。
ヒーローの名に汚名が着せられるのは中々に堪えるものがあるが、どちらにせよ、ここまで来たのならばもう止まることは出来ないだろう。それに前回の世論からすれば、あまり下がる株はないとも言える。
自分の正義を貫くのであれば他人の評価を気にしすぎてもいけないので、むしろ今回は良い機会だとも言える。ポジティブにいこう。
「それにしても総勢六人で銀行強盗かー・・・。多いのか少ないのか分からないねー」
「どうなんでしょうね。私もやったことがないから分からないけど、もしする事があったら貴女もお仲間に誘ってあげるから参考にでもしましょ」
「そこまで落ちぶれたくはないかなー・・・」
「そうならない為にも頑張りましょ。あ、そうだ。私の事はアリスって呼んで頂戴。アイリスもニーナも、もう捨てた名前だから」
「アイリスもアリスも、あまり変わらない気がするけど」
「名前って言うのは一文字違うだけで全然違うものよ。貴女だって名前がブラッククローズとかだったら、なんだかやる気を削がれない?」
「それとこれとはなんだか話が違うんじゃないかなぁ・・・」
緊張感のない会話を交わしながら、敵の待つ場所へと向かう。
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