助けて貰うという事

 魔法少女になってからというもの身体能力が向上し、それは様々な場面で活用できている。

 手足を動かすという意味だけでなく、様々な感知能力は戦闘面で大いに活躍し、魔法を使わずとも僕を超人的な存在へと押し上げる大事な要素となっている。

 しかし、感覚が鋭くなるというのは良い事ばかりではない。一般的には音が良く聞こえるというのはうるさいし、目が良く見えるというのは眩しいに繋がる。

 言ってしまえば過敏すぎるのだ。

 勿論、魔法少女であればその程度は障害にならず、感覚が鋭い=便利である図式は変わらないのだが、それでも例外がある。

 それは悪意に対する感覚だ。

 この感覚は魔法少女には初めから備わっている感知能力ではあるのだが、最近ではこれが非常に過敏になってしまい、目の前にいる人間からでさえ、その胸の内に秘めているだろう悪意が醜悪さを形どって見えてしまう。

 今僕の前に立つ醜悪な人々は、本当に人間なのだろうか。姿だけ似せた化け物ではないのだろうか。

 こういった手合いを見ると、『ワンダラー』なんて怪物が人間の悪意から出来ているというのに納得をせざるを得ない。


「子供を寄ってたかって虐めて、楽しそうだね?」


 『ワンダラー』よりも小物でありながらも、『ワンダラー』以上に姑息な者共を見渡す。

 彼らも仕事としてここにいるのだろうが、メシの種にヒーローを弄ぼうとしているのなら容赦する必要を感じない。

 とはいえ、正義のヒーローが民間人を暴力でどうにかするというのも聞こえが悪い。

 悪意を向けているのだから敵だと割り切れればどれだけ楽なのだろうか。


「虐めてだなんて。我々はただ、真実を追求しているだけです」

「真実ねぇ・・・」


 あまりにもな常套句に呆れてしまう。例え彼らの言う真実を追求するのにこういったアクションが必要だとしても、悪意は必要ないはずだ。

 思わず言葉を続けることが出来なかったが、先頭に立っていたリポーターらしき人物が僕の言葉に反応して話しを続ける。


「えぇ。日本中の、いえ、世界中の人々は知る権利があるのです。『ワンダラー』という怪物や魔法という未知について、知らなければならないのです。その為に、先ほどの魔法少女に少しお話をさせて頂いただけです」

「そう。知る権利があれば怖がらせたり怯えさせてもいいんだ。魔法少女はみんな子供だって事は、君たちも理解していると思うけど?こんな沢山に詰め寄られたら誰だって恐ろしく思うよ?」

「確かに、先ほどの魔法少女には悪い事をしたと思っています。しかしながら、我々には皆様に真実を伝える使命があるのです。魔法少女の方々には申し訳ないのですが、これも人々を救う為と思って協力をしてください」


 口先だけでまったく悪びれた様子もなく、それどころか厚かましく協力しろと要求をしてくる。

 正義感に浸っているのだろうか。人の数だけ正義があるとはいえ、ここまで薄汚れていれば直視するのだって耐え難い。

 自分勝手さで言えば僕と中々にいい勝負をしていそうだ。


「君たちのヒーローに対するスタンスは理解したよ。残念だけど、僕から君たちに話す事はないから、そういうのは大人同士で話し合って欲しいな。魔法少女委員会っていう便利な組織だってあるんだし、そっちに問い合わせしなよ」

「いえいえ、それには及びません。我々は魔法少女の生の声が聞きたいだけですので」


 委員会の名を出すと慌てたように話を遮ってくる。

 まぁ、魔法少女を保護している委員会がこんな真似許す訳がないだろうし、きっと断られ済みなのだろう。こうしていけしゃあしゃあとしていられる辺り、かなり図太いな。そもそも話すことはないって言ってるんだが、それについては聞かなかったつもりか。


 このまま話していても埒が明かないし、クォーツは無事に救助できたのだからこのまま無視して去ろうとか思案していると、話が進まない事に焦れた人達が次々に問いかけを投げてくる。


『『ワンダラー』によってこれだけの被害が出ましたが、魔法少女の貴女としては今どういった心境なのでしょうか?』

『もっと早く倒すことは出来なかったのでしょうか?』

『貴女方による被害もあると思われますが、どういった説明をするつもりなのでしょうか?』

「は?」


 次々に投げかけられる悪意の数々。

 中身はどれもヒーローを貶めようとするものばかりであり、感謝の欠片もなければ怪物を倒すのが当たり前とすら思っている節もある。その表面上は真面目腐った顔で取り繕っているが、どいつもこいつも内面のにやけ顔が滲み出ている。

 どす黒く、醜悪な悪意。

 こいつらは、この悪意をクォーツに向けたのか。

 誰かを助けたいと願う少女にコレを向けるのがお前らの正義か。


「・・・不愉快だ」

「え?」

「いいよ。特別に答えてあげる」


 きっと優等生であれば波風立てない様に考えてなあなあで終わらせるか、もしくは救うべき対象に強く出ることが出来ないのだろうが、僕はそんな優しくない。

 敵意を向けてくるのであれば敵意で返すつもりであるし、その存在がヒーローの邪魔になるのであれば、ソレがどうなろうと知ったことでもない。

 ヒーローは救うべき対象を選び、切り捨てる事が出来るということを理解して貰わないといけない。


「まず『ワンダラー』の被害についての感想だっけ。こんなに色々壊されちゃって大変だよね。次に」

「ちょ、ちょっと待ってください!それだけですか!?」


 初めは僕の答えを待ち侘びて期待に満ち溢れていた人々が、期待した答えでなかったと理解した途端に割り込んでくる。

 表情をコロコロと変えて忙しない様子だが、まさか謝罪の言葉でも聞けるとでも思ったのだろうか。


「それだけって言われても。他に何を言えばいいのさ」

「『ワンダラー』が暴れまわった結果、被害が拡大したのですよ!?貴女方魔法少女に責任があるとは思わないのですか!?」

「思う訳ないじゃん。君は地震や台風で被害にあった時に誰かに責任を押し付けたい人間なの?」

「それとこれとは話が」

「同じだよ。『ワンダラー』という自然災害が襲来して被害が出た。それが事実だよ」


 一刀両断する答えを聞いて表情が驚愕で染め上がり、僕を見る目が変わるのが分かる。

 子供であればどのようにも言いくるめられるとでも思ったのだろうか。いい加減に僕が君たちをどんな目で見ているかにも気づいて欲しいものだが。


「もっと早く倒す事が出来れば被害が抑えられたとは思わないのですか!?」


 それでも食い下がり、欲しい答えが得られるようにとしつこく追求してくる。

 確かに、『ワンダラー』を倒しきる時間が早ければ早い程、被害は抑えることが出来るだろう。しかし事実であると同時に、それは理想論でしかない。そんな戯言がまかり通るなら、世の中は全てうまくいくに決まっている。


「確かに、早く倒せれば被害もそれだけ抑えられるだろうね」

「そうでしょう!?」

「そう思うなら、君たちも戦えばいいのさ。皆で力を合わせれば、きっともっと早く倒す事が出来るよ」

「で、出来るわけがないでしょう!?我々には貴女方のような力はありません!」


 何を言っているのだと口々に騒ぎ始めるが、その台詞は僕が言うべきものだ。


「力があるからとか、ないからとか、そんなの関係ないよ。魔法少女だって万能じゃないんだ。怪物と戦うのは怖いし、怪我だってするし、もしかしたら死んでしまうかもしれない。それでも誰かを助けたいから戦ってるんだ。そんな中、君たち大人は言い訳ばかりで後ろから見てるだけなのかい?ヒーローの助けになろうとは思わないのかい?」


 別に殴り合うだけが戦いじゃない。ヒーローが戦いやすいようにと支援をするのだっていいし、自分達の仕事に誇りがあるのならば、それを使って人々に呼びかけるだけでも助けになるはずだ。

 やりようなんて無限にあるのに、口先だけで何もしないのは欺瞞だろう。


「貴女は・・・貴女達魔法少女はヒーローなのでしょう!?それなら、あの怪物から人類を助ける義務があるはずです!」

「義務?そんなものあるわけないじゃん。君たちの理想を勝手に押し付けないでよ。僕達ヒーローは誰かを助ける意思はあるけど、同時に、誰かを助けない権利だってある。義務なんて縛られたもので動いてるわけじゃない。ただそれだけの話だよ」


 そこまで言って見渡すと、一同絶句したように口を丸く開け、示し合わせたかのように静まり返っている。

 いい加減、魔法少女は皆の求めるような理想のヒーローとは違うということが理解して貰えただろうか。


「君たちもあんまり変な騒ぎを起こさないほうがいいよ。そんなことばっかりしてたら、いざという時に誰からも助けて貰えなくなるよ?」

「わ、我々を脅しているのですか・・・!?」

「脅すだなんて人聞き悪いな。君たちだって嫌いな人間をわざわざ助けようとする程善性がある訳じゃないでしょ?ヒーローだってそれは同じというだけの話だよ。あげくこうして敵意まで向けてくる始末だしね。それで助けてもらおうだなんてムシが良すぎると思わないかい?少なくとも、僕は君たちみたいな悪意に塗れた人間を助ける為に骨を折るような事はしたくないよ」


 とはいえ、委員会にしてもその他の魔法少女達にしても、きっと善性の塊のような彼女達は、こんなヤツらでもきっと助けようとしてしまうのだろう。それ自体は素晴らしい事だとは思うが、同時に、彼らのような悪辣な人間に利用される危険だってある。

 そんな事が起きないようにするためにも、ここでしっかりと釘を刺しておく。



「さて。話はもういいでしょ。こんな時間だし、いい加減僕も帰らせて貰うよ。君たちも、ここは危ないから早く離れたほうがいいよ。『ワンダラー』はいなくなったとはいえそこら中は建付けが悪くなってるし、いつ崩れたっておかしくないんだから」

「ま、待ってください!!まだ話は終わってません!」


 人の目も段々と多くなってきたし、伝えるべきことは終えたので後は委員会にでも任せようとするのだが、そうはさせるかとそれぞれが大声で騒ぎ始める。

 恐るべき執念だと思わず感心してしまうところだが、先ほども言った通りここは戦闘跡が残っており危険な場所でもある。単純に足場が悪いだけでなく、そこらに残る傷からも分かる通り、どこが崩れ落ちたっておかしくはない。

 そんな場所で複数人が大声をあげればどうなるか。


『ガシャンッ!』

「えっ・・・?」


 頭上から耳が痛くなるような金属音が響く。あまりの音量にそこにいた人々は空を見上げるが、段々とその表情には恐怖が浮かび上がる。

 運が悪いのか、騒ぎ過ぎた事が原因か、もしくは『妖精の悪戯』によるものか、建物に着けられていた大きな看板が降ってきたのだ。たかだが数百キロ程度の物が降ってくるだけであり、真化した『ワンダラー』の攻撃と比べればジャブ程度のものでしかないが、同様に振ってきている鉄片や石片に当たるだけでもここにいる人にとっては致命的だろう。

 このまま動かなければどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 何人かはその事実を理解し我先に逃げようとするが、突然のことであり足が竦んで動けない人がほとんどである。

 当然落下物は待ってなどくれない。看板が頭上に近づき、今にも当たりそうになるまで近づく。


「ひぃっ!?」


 男は思わず目を閉じ、頭を抱える。

 その程度でどうにかなるような柔なものではないが、反射的にどうにかしようと藻掻いての行動だ。

 死が頭によぎる。痛みは想像もつかない。

 最早これまでと強く固めた身体は、しかし、いつまで経っても訪れない瞬間に疑問を抱き、徐々に目を開けていくと、目の前には落下物を軽々と持つ魔法少女の姿がある。


「助けてくれるヒーローがいて、よかったね?」



 このまま見過ごしてヒーローの為の礎になって貰おうかとも少し頭によぎったが、流石に寝覚めが悪いしそれで何か言われるのも面白くないので一応は助けてあげることにした。

 自由落下で落ちてくるものを防ぐことなど造作もなく、大きな看板から危険そうな断片までを集めてから目の前に放り投げて上げると、緊張が解けたのかへたり込んでしまう。

 助けてくれなかったらどうなっていたかなんて、これで理解できないのならば最早価値はないだろう。

 わざわざ助けてあげたのだから、感謝して欲しいものだ。


「それじゃ、さよなら。次はないよ」


 僕に向けられた視線には様々な感情が乗っているだろう。

 感謝か、畏敬か、恐怖か。

 それぞれ思うところは違うだろうが、こういった状況はこれからだっていくらでもあるのだからヒーローを軽んじればどうなるのか、きちんと肝に銘じて欲しいものだ。

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