ブラックローズ

 一撃で消し飛ばすことが出来るなどと甘い考えをしていた訳ではないが、それでも、さっきの一手で普通の『ワンダラー』とは明らかに違うことが分かった。

 両断するつもりで振り下ろした剣は硬質化した身体に阻まれ途中で止まり、浄化の魔法も合わせていたはずなのに普段よりも効果的に削れている気がせず、身体の損傷を気にする素振りはあるものの、のたうち回るどころかこちらに敵意を向けてくる余裕も持ち合わせている。

 『ワンダラー』へ与えた衝撃は地盤を更に歪ませる程の威力があり、周囲の建物が軋む音が聞こえるくらいの力は入れている。ダメージは確かに通っているはずだ。しかし、致命傷にはまだ届かない。


「浄化魔法で消し飛べば簡単だったんだけど、耐性でもあるのかねー・・・。まぁ、そんな簡単に勝てるなんて、最初から思ってないけど」

「そもそも、浄化魔法は攻撃手段じゃなくて防御手段っきゅ。いままで通用してたのがおかしな話っきゅ」

「そういえばそうだったね。便利すぎてすっかり忘れてたよ」


 剣を使う時も銃を使う時も浄化魔法をメインウェポンとして使っていたので頭から抜けていたが、本来の使い方は悪意という害から身を守る為の魔法だったはずだ。『ワンダラー』を直接攻撃する魔法ではない。


「効き目が薄そうだし、他の手段を考えようか」

「攻撃魔法を使うなら加減するっきゅよ?魔法力を全力でつぎ込みなんてしたら『ワンダラー』よりも被害を出すことになるっきゅ」

「善処するよ」


 周囲への損害は気にしなくてはいけない事ではあるのだが、それで手を抜いて敗北を喫するなどという事態になるのは笑えない。まぁ、一応そのあたりも考えて魔法を作ってはいるが。


「予定通り、浄化魔法はクォーツがやってくれてるみたいだね」


 いつの間にか周囲に水晶の壁がいくつも浮かび上がり、そこから放たれる光が『ワンダラー』の漂わせている悪意を阻み、浄化している。これは後衛として支援をしているクォーツの魔法だろう。足場も水晶の床へと張り直され、少しくらい力を込めて攻撃しても地を崩さないでいられそうだ。


 『ワンダラー』は自身の周囲に浮かび悪意を消す水晶に苛立っているのか、触腕を振り回して近いものから壊していくのだが、攻防一体のクォーツの魔法は例え破壊されても『ワンダラー』を傷つける刃となって突き刺さっていく。

 『ワンダラー』からすれば、目の前にチラつく水晶から放たれる光によって浄化されているという感覚が鬱陶しいのだろう。こちらにある程度の意識を向けてはいるものの、触腕のほとんどを水晶の破壊へと回し、手痛い反撃があると理解していても壊す事を優先しているように見える。

 カエデちゃんはこういった戦略の事をタンクとかヘイト管理とかそんな事を言っていた気がするが、意識を逸らすような支援があるのは確かにやりやすいのかもしれない。


「余所見厳禁だよ」


 追撃のチャンスを逃さないように剣を構えて水晶の床を思いっきり踏みしめ、再度の突進を『ワンダラー』へと向ける。

 しかし、意識を逸らしていた『ワンダラー』の反応は意外に早い。流石に一度された攻撃は身に染みて分かっているのだろう。こちらの行動を見た瞬間に残った触腕を手前にと動かし、まるでガードのような体制を取る。

 先程の感触からするに、そのまま突っ込めば触腕をいくつか刈り取る事はできるだろうが、残してしまえば絡めとられてしまうかもしれないという危険性がある。

 だが、対処されると分かっていて同じ攻撃をする馬鹿はいない。

 こちらの行動にしっかり対応しているのを確認した瞬間に、剣に嵌め込まれている銀色のメダルを黒色のメダルへと換装する。白く輝きを放っていた刀身は一気に黒く染まり、闇に溶けるように存在感を消しつつも禍々しい雰囲気を放つ。


「受け止めれるものならやってみなよ!」


 移動距離を半ば程進んだ所で『ワンダラー』へと詰め寄った身体を無理矢理に止める。床の水晶にヒビが入る程に踏み込み、その運動エネルギーだけは肩から腕に伝わらせ手に持つ剣を投げつけると、放たれた黒剣は轟音を響かせながら一直線に突き進み、そのまま目標の怪物へと寸分狂わずに吸い込まれていく。

 自身に向かう投擲物をかなり危険な物であると認識しているのだろう。回避することを許さない高速の刃を一切通さないに触腕で壁を作り、受け止めるべく待ち構える。


『グチャッ』


 剣と触手。両者がぶつかった瞬間、肉が潰れるような不快な音を撒き散らす。音は一度で留まらず幾重にも重なり、まるで工事現場の様に鳴り響く。

 剣が当たる度に一本、二本と触腕が破砕していくが、何本目かを犠牲にしてようやくと静止する。

 本体を直接傷つける事は叶わず、そして『ワンダラー』も、自身へと向かってきた脅威を止める事が出来た事により優位に立ったつもりでいるのだろう。自分の触腕に突き刺さった剣を自慢げに見せびらかせている。

 僕の武器を奪ったと勘違いしているのだろうが、すぐにその態度を一変させてやろう。

 『ワンダラー』が触腕に突き刺さった剣を抜こうとしたその瞬間、刺さっている部分が妖しい光を放ち、『ワンダラー』の触腕を少しずつ枯らしていく。


『――――――――!!』


 激痛が走っているのだろう。思わぬ攻撃を喰らった『ワンダラー』は、悲鳴を撒き散らしながら剣を抜こうと必死に暴れ始める。

 しかし、突き刺さった剣は抜ける気配が一向になく、触腕を通じて段々と本体まで浸食し始めていく。

 このまま浸食が進めばどうなるかは予想が付くのだろう。

 トカゲの尻尾切りのように触腕ごと引きちぎろうと引っ張るが、逆に触れた触腕まで枯れ始め、浸食が加速していく。


 黒いメダルに込められたのは攻撃魔法『ドレイン』。相手の悪意を浄化する事を目的とするのではなく、悪意の様に浸食して相手を喰らい尽くす事を目的とした魔法だ。

 『ワンダラー』の使う『悪意』を参考にして作り上げた為、初めは対比させて『善意』と名付けたのだが、もきゅからは何とも言い難い表情をされた。


「いいネーミングだと思ったんだけどなぁ」

「どこがっきゅ。善意と言うには効果が非人道的すぎるっきゅ」

「『ワンダラー』相手に人道も何もないでしょ。勝てばいいんだよ」


 浸食は一度入り込めば止まることがなく、相手が倒れるまで身体を蝕み続ける。そのまま体力尽きるまで一人相撲をしてくれていたら楽なのだが、『ワンダラー』もやられっぱなしでいる訳にはいかないのだろう。未だ健在な触腕を使い、握った街灯を思いっきり振り回して投げつけてくる。

 浸食されきる前に僕を倒せばよいと考えているのだろうか。

 そうなってしまえば魔法が止まるのは正解ではあるが、それを許す訳がない。


「いくよ!『ヒーロータイム』!」


 黄金に輝くカードを使い新たな魔法を発動すると、身体が光の膜に包まれる。

 そのまま飛んできた街灯に拳を合わせると、軽い力しか込めてないにも関わらず街灯はバラバラになり、原型がほとんど残っていない鉄クズへと変わり果てる。普通であれば、いくら魔法少女の身体能力があれども鉄の塊など思いっきりぶつかれば怪我の元になるが、ぶつけた拳には一切のかすり傷すら見えない。 

 この魔法は、とにかく深く考えず、魔法力を使ってハイパーにムテキになれるようにと考えて作り上げた、ヒーローによるヒーローの為の魔法だ。派手さもなく、身体能力を向上させるだけのシンプルな魔法ではあるが、その効果は絶大であり、武器を使わずともこうして戦うことができる。


「無駄無駄!そんな攻撃効かないよ!」


 街灯だけに飽き足らず、周囲に落ちている瓦礫やガラス片や看板などを片っ端から投げてくるが、その全てを拳で叩き落としていくのだが、『ワンダラー』はそれでも諦めず、今度は周囲に転がる車まで投げ始めてくる。

 流石に重量級の物質が高速で飛んでくるのには腰が引けてしまうが、自身の魔法を信じて蹴り上げれば、まったく問題なく破壊することが出来た。


「あ、やっばっ」


 自分の身を守る事だけを考えたせいで、飛んでくる車両のいくつかが背後の建物へと飛んでいくのを許してしまう。そのままぶつかってしまえば、被害が広がるのは目に見えている。

 『ワンダラー』を優先すべきか、車両を止めるのを優先すべきかを逡巡したことにより動き出しが遅れてしまい、そのまま激突するかと思った瞬間、水晶の壁が現れてそれを防ぐ。ぶつかった車は水晶を少し削ったが、その奥にある建物を傷付ける事はなかったようだ。


「後衛がいるってこんな感じなんだね。後ろを守ってくれるのは、確かに戦いやすいかも」

「過信は禁物っきゅ。その分だけクォーツに負担が掛かるっきゅ」

「分かってるって。さっさとトドメを刺しに行こう」

 

 気を取り直して『ワンダラー』へと向き直ると、残った触腕全てを使って大型トラックをいくつか持ち上げているのが見える。あれを投げられてしまえば、例え壊す事はできてもクォーツの力をまた使わせる事になるだろう。

 攻撃が一時的に止んでいる今こそ詰め寄るべきだろう。アクセルを使った脚で全力で跳びあがり、持ち上げている大型トラックの上から蹴り付けて踏み潰す。ひしゃげた鉄塊が『ワンダラー』の身体へと突き刺さり、枯れた部分はバラバラに砕け散る。

 衝撃に耐えられなかった『ワンダラー』は耐えきることが出来ず、その場で崩れ落ち、身体の一部はトラックの下敷きとなり身動きが取れない状態となってしまった。

 未だ戦意は薄れることなく、今も生きた触腕を振り回して虎視眈々と攻撃を狙っているのだが、最早これ以上付き合う必要もない。

 十分な悪意を喰らい尽くしただろう剣を『ワンダラー』から引き抜くと黒いメダルが強く光り、魔法の最終工程が発動する。

 剣が刺さっていた部分から棘の付いた植物の蔦が産まれ、『ワンダラー』を巻き込みながらどんどんと成長を続けていく。鋭い棘が突き刺さり、身体が歪む程の力で締め付けられている『ワンダラー』は苦悶の音を鳴らすが、成長し続ける植物は留まる事を知らず、とうとう両者の大きさが逆転する。

 『ワンダラー』が徐々に枯れていく代わりに、植物が段々と成長していく。

 最早養分となってしまった『ワンダラー』は触腕を振り回す力すら弱々しくなっていき、そのうち完全に動きを止めてしまう。


「『ブラックローズ』だよ。あの世まで覚えて還ってね」


 成長しきった植物は黒く綺麗な薔薇を咲かせ、荒れ果てた土地を染め上げる。

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