紫黒の薔薇
「そういえば、わたしは前衛と後衛、どっちをやったほうがいいかな?」
「ん?前衛と後衛?」
何やらぼーっと考え事をしており、心ここにあらずといった感じのクォーツに話掛けた後、正気を取り戻すかのように目の焦点を合わせた彼女から、そんな提案をされる。
前衛と後衛。言葉だけならば言っている意味は理解できる。要するに、協力するにあたっての陣形を決めようということなのだろう。それぞれで好き勝手に動いた結果、味方の邪魔をするようなことになったら、目も当てられないだろうし。
とはいえ、一人で戦い続けている僕はそんなこと考えたことすらないし、そもそも前衛と後衛に分けてどんな役割があるのかすら知らない。そもそも言葉で説明されても、その通り動けるとは限らないし。
なので。
「てきとーでいいんじゃない?即興で組むわけだし」
「だ、ダメだよ!せっかく協力するのに、それじゃ一人で戦っているのと同じで、意味ないよ!」
「あー・・・確かに、それもそっか」
危ない危ない。誰かと一緒に戦うなんて考えてもなかったせいで、うまく連携が取れないくらいならと思わず思考放棄してしまった。協力しようといってるのに個別で勝手に動いたら無意味でしかないだろう。
やる前から失敗だったり、リスクだったりを考え過ぎるのは僕の悪い癖なのかもしれない。もっと恐れずに行くべきだ。
しかし、陣形を決めるにしてもまずはやるべき事を聞かなければいけない。それも、『ワンダラー』の元に辿り着くまでの間に。
「それじゃ、前衛や後衛が何すればいいか簡単に教えてよ」
「うん。えっと、前衛の人は主に『ワンダラー』と相対して動きを抑える役割があって、後衛の人は浄化魔法を使って悪意の排除をしたり、被害が広がらないように支援をする役割があるんだよ」
「なるほど。後衛は悪意を浄化するのが主な役割なんだね。前衛二人で短期決戦とかはしないの?」
「『ワンダラー』を早く倒すのは勿論大事だけどどうしても時間は掛かっちゃうし、一番大事なのは安全重視だよ」
僕としては悪意ごとさっさと消し飛ばすのが一番楽な方法ではあるのだが、多分それは普通の戦い方ではないのだろう。そもそも浄化魔法は攻撃手段ではなく、どちらかといえば防御手段のようだし。
『ワンダラー』と直接相対する前衛と、後ろから視野を広げて支援をする後衛。どちらを選ぶかなど言うまでもないだろう。
「それじゃ、僕が前衛をするよ。浄化魔法は勿論使えるけど、素人の僕が支援するのには向いてないだろうし」
遠くから狙撃する事はできるが、正直誰かの動きに合わせるよりも正面から戦う方が自分の性には合っている。前衛として暴れるだけならば後衛よりも深く考える必要もないだろうし。
「前衛の方が危険だし大変だけど、大丈夫?」
「いつもは一人で戦ってるし、二人になってより危険になる事はないでしょ。それに一緒に戦う以上、女の子を前衛に出すのは心苦しいかなー」
「・・・貴女も女の子でしょ」
そういえばそうだった。女の子として結構慣れてきたとはいえ、たまに男の思考が出てきてしまうのは気を付けないといけないな。そのうちボロを出してしまいそうだ。
共闘する為に簡単ではあるが陣形を決めた後、残すは『ワンダラー』を倒すのみと目的地への歩を進める。
その景色を例えるならば、まるで隕石のような巨大な物質が高所から叩きつけられたかのような、そんな惨状を見せていた。
駅前であるこの場所は日が沈み切ってはいないこの時間であればまだまだ人が集まっていてもおかしくはないはずであり、周りに構えた商店からも照明の光や煌びやかな看板のイルミネーションが輝き続けているような、そんな一つのたまり場にも使われるような場所だった。しかし、今目の前に映し出されている光景からは想像するのは難しいだろう。
道路を構築し整えていたコンクリートは隆起して、あるいは埋没して白線の繋がりが見えず、逃げた人々によって残されたであろう車はひしゃげたものやひっくり返っているものまである。その周囲の建物も崩壊とまではいかずとも、ガラス張りのショーウィンドウや壁の一部が崩れ、中には鉄骨がむき出しになっているのだって見える。周辺に設置されたスピーカーからは避難警報を告げるアナウンスが響き渡っており、石材や木材やガラスなど、建築等に使われていたであろう様々な物質が散りばめられたその中心には、普段確認できている粘液状の身体よりも硬質化しているように見える『ワンダラー』が存在していた。
強烈な悪意と肌に響くような威圧感を放つその怪物は、本来ならすり抜け、何の障害にもならないはずである足元に転がる数々の残骸を踏み潰しながら、着々とこの惨状を増やし続けている。
『真化』した『ワンダラー』が、この場を支配していた。
「よりによって真化してる奴かー・・・。いつかは戦う事にはなると思っていたけど、今じゃなくていいのに・・・」
遠くからでも破砕音が鳴り響く音が聞こえた時、こんな予想はしていた。
目撃情報すら滅多にない真化した『ワンダラー』。クォーツが戦っているのを見たことはあるので危険性は十分に理解しているが、勿論僕自身が戦った事などなく、絶対に勝てるなど断言はできない相手だ。
『ブラックローズなら勝てるっきゅ。慎重なのはいい事だけど自信を持つっきゅ!」
「分かってるって。僕だって今更、負けるつもりで挑む気はないよ」
前までだったら負けた時の事ばかりを考え、逃げる事を前提に行動を組み立てていただろうが、今は勝つことを前提に考える事にしている。それにきっと、クォーツはピンチになったとしても、逃げだすような事は躊躇って戦い続ける道を選ぶだろう。そんな窮地に陥ったとしたら無理矢理にでも連れていく気はあるが、そんな未来は来ないことをここで証明してやる。
「あ、あの!ブラックローズさん・・・!前衛と後衛を、交代しない?」
「そりゃまた、どうしてさ?」
「あれは、真化といって、変異して強化された『ワンダラー』だよ!とっても、危険なんだよ!私は戦った事があるから、だから、私が前衛になったほうがいいよ!」
そう訴えかける彼女の手は震え、恐怖をしているようにも見えたが、僕を見つめてくる目はしっかりとした決意を持って輝いていた。
前衛と後衛。より危険な方をわざわざ交代しようと提案してくるのは、彼女がそれだけ優しく、そしてヒーローとしての心をどれだけ持っているかの表れだろう。
でも、同じヒーローとして、それを呑む事などできるはずがない。
「あれが真化してるのは、分かってるよ」
「だったら・・・!」
「関係ないよ。あれが真化してようが、してまいが。僕が倒すべき、敵でしかないよ」
正直に言って、僕の今の心境は初めての『ワンダラー』討伐の時と然程変わらない。緊張もしていれば恐怖だってしているし、自身の力がどれだけ通用するかだって、信用をし切れていない。
しかし同時に、これを乗り越えてこそのヒーローであるという想いだってある。だからこそ、ヒーローは格好いいんだという想いがある。
そう考えれば、目の前にいる化け物など、僕が輝く為の踏み台でしかない。
こうして話している間にも『ワンダラー』は動きを止める事はなく、やがて周囲を廃墟へと変えてしまおうと動き続けている。クォーツはどうしても自身が前に出るべきだと主張をするが、ここでお喋りをしている場合ではないだろう。
「僕が前で、君が後ろだ。協力をするなら、約束事は守るべきだよ」
「・・・危なくなったら、撤退するんだよ!」
絶対に自分では守らないだろう約束事を押し付けてきたが、是非ともその言葉は自分自身に掛けて欲しいところだ。
彼女の声援?を背に受けながら、触腕が持つ街灯を振り回してあちこちを傷つけ回る『ワンダラー』の下へと、一直線で突っ込む。こちらへ背を向けている怪物は全く気付く様子もなく、自身を止める者などはいないと慢心しているのか、周辺の注意すらしようとしない。絶好の機会だ。
「うおおおおりゃあああああ!!!」
速度をそのまま剣を振り下ろし、怪物を一刀両断しようと肉薄する。
当たる直前にこちらに気づいたのか濁り切った赤い瞳が視線を寄越すが、その反応はあまりにも愚鈍すぎる。
『ワンダラー』の触腕ごと身体を半分削り取るような形で斬り放そうとし、振り下ろしきれなかった部分から一気に剣を引き抜く。予想以上に『ワンダラー』の身体は硬く、一刀両断は出来なかったにしても、先制攻撃としては十分だろう。
「ふぅ・・・。こんばんは。楽しそうな事してるね?」
攻撃を受けて身体を震わせている『ワンダラー』は、明らかに怒りの感情を露にし、赤い瞳の輝きは更に不気味さを増している。通常の『ワンダラー』とはまた違う威圧感に圧倒されるが、実態は手負いの獣。虚勢だと思えば恐れる事はない。
「それに、小鳥遊ちゃんが見てる前で、格好悪い所は見せられないしね」
あの友人は僕がローズである事など分からないだろうが、僕は彼女の活躍を知っている。そして、熱いヒーローとしての魂を感じさせて貰った。
だからこそ、同じようにヒーローを応援する友人として、今度は僕が活躍を見せる番だろう。
右手を前にして剣を突きつけ、左手ではカードを隠し持つ。
紫色の宝石は妖しい輝きを増し続け、風に揺れる紫黒の髪が、脆弱な闇を食い尽くす薔薇の様に広がる。
場は整った。
今こそ、格好良く名乗りを上げる瞬間だ。
「悪を滅ぼすヒーロー!ブラックローズ参上!」
構えた剣が、世界の敵を映し出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます